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春が楽に連れて行かれるようにしてゴールした。
けど、当たり前だけど運動会は続行中で、春たちがゴールしてすぐパン‼︎ってスターターピストルの音がした。ゆず先生ともうひとりの先生はゴールテープを持ち直してる。
それでもゆず先生は春に何かを言ってて、指をさしてた。
指をさしたのは、別のところから走ってきた女の先生。春にあっち行こう的に言ってる。ジェスチャーがそう。
手。
楽が春の手を離さなくて。春が困ったみたいに先生と楽を交互に見てる。
楽は、先生がみんなのところに居てって言ってるっぽいのを無視して、一緒に行く気満々で春の手を引いた。
「私ちょっと行ってくるわ」
「………あ、うん」
一緒にその一部始終を離れた応援席から見てた母ちゃんが、まわりの人にすみませんって言いながら行った。
春のことは心配だけど、俺まで行っても邪魔だろうし仕方ないし、こういう時は俺より母ちゃんの方が春もいいだろうって分かってるから俺はそのまま応援席に残った。
春の次の出番まで間があくなら移動しよう。
そう思ってプログラムを開いてチェック。
次の春の出番は、今やってるかけっこの次の次の次。『大きくなったよ見て見てレース』。
誰が考えるんだろ、このタイトル。
先生ってすげぇなって変なところに感心しつつ説明文を読むと、ざっくり障害物レース的な感じだった。
色んなことができるようになった、成長した自分たちを見てくれっていうレースらしい。
かけっこはもう終わる。次の次の次じゃ、そんなに間はないと思う。
派手に転んで膝から血が出てるっぽかった。
大丈夫か?間に合うか?出られるか?
先生と楽と手当てに行って見えなくなった春を、見えないのに目で追った。
かけっこが全員終わって、年長がまた音楽とこう先生の笛に合わせて退場してく。
退場して、ゆず先生とこう先生がアイコンタクトと小さなジェスチャーで何か伝え合ってるのが園児の間からチラッと見えた。
そのままゆず先生が、春が連れて行かれた方に走ってくのも。
俺はここで見て、待ってるしかできないんだけど、できないからこそ、落ち着かなくて。ずっと、始まった年少クラスのダンスじゃなく、そのもっと向こう側ばっか、見てた。
「あ」
年少クラスのダンスが終わった頃に、春がゆず先生と楽と手を繋いでらいおん組の前に戻るのが見えた。
母ちゃんは『お母さん』なのに手も繋いでなくて、3人の後ろを歩いてる。
………まあ、想像するに?
春のケガしたとこを洗ったり消毒したり絆創膏を貼ったりが終わって、楽はもしかしたらずっと手を繋いでたのかもしれない。
終わって、じゃあ行こうかって、ゆず先生が春の手を取った。
心配で行ったものの、結果母ちゃんは何もできず、大丈夫?大丈夫?って声をかけるだけだったのかな、と。
その流れで外に出たからの、それ。
離れてるから、春のケガがどの程度かとかは分かんないけど、痛いかもだけど、それでも普通に、引きずったりしないで歩いてるから、多分大丈夫。
時々ゆず先生が春を覗き込んで何か言ってる。
春が頷く。
楽がそれをじっと見てる。
………母ちゃんが後ろをついてく。
………母ちゃん。
母ちゃんがすげぇ気になったけど、何してんだって。
同時に楽?って、俺は。そっちもすげぇ気に、なった。
おい、楽、お前って。
ゆず先生のハツコイが保育園の時って聞いてる。相手は先生。しかも『男』の。
だから。
え。だから、何だよ。俺。
だから。
………だから、だよ。
後でゆず先生に聞いてみよう。
楽は、もしかして。
そう考えれば思い当たる節しかない、から。
今日、夜、ゆず先生に会ったら聞いてみよう。
もしかして。
なあ、もしかして、さ。
楽、お前。
春のこと………好きなの?
楽ぅ。春ぅ。
向こう側。
まだ手を離さないでいる楽に、俺はまた、泣きそうになった。
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