72

「僕⁉︎」

「アンタ」

「僕、そんなことしてないよ⁉︎」

 

 

 

 

 

 本気でびっくりしてるから、本当にそうなんだろうと思った、けど。

 

 

 一応さ。確認っつーか。

 

 

 春がまじ泣きしたんだ。嘘ついてるとも、思えないし。

 

 

 

 

 

「………お泊まり保育ん時も?」

「お泊まり保育?」

 

 

 

 

 

 聞いて、一瞬の間があって。そして。

 

 

 

 

 

「あ」

「あ?」

「あれか」

 

 

 

 

 

 ないって言ったのに、やっぱあるのかよって。

 

 

 まだちゃんと何でか聞いてないのに、すげぇむっとしたのが自分で分かった。

 

 

 あれって何ってすかさず聞いた声が、我ながら分かりやすく不機嫌なのが分かった。

 

 

 

 

 

「あれは、僕が転ばないようにって」

「それだけ?」

「それだけだよ」

 

 

 

 

 

 言い切って、ふふって笑うゆず先生。

 

 

 

 

 

「もしかしてなっちゃん。それはヤキモチ?」

 

 

 

 

 

 俺はむっとしてんのに、ゆず先生はやけにウキウキした感じで、しかも図星さされて、俺は余計にむっとした。

 

 

 

 

 

「………そうだよ」

 

 

 

 

 

 むっとしたまま正直に答える。

 

 

 隠したところでいいことないし。本当だし。

 

 

 

 

 

 お泊まり保育ん時にはもう俺のこと好きだったんだろ?って。なのに何触られてるんだよ。

 

 

 しかもたったそれだけのことなのに、こう先生の親切心からの手繋ぎなのに、俺ってちっさい男だな。知らなかった。

 

 

 

 

 

 むっとしたまんま、俺はゆず先生を抱き締める腕に力を入れた。

 

 

 

 

 

 俺のコノヒトに誰も触んじゃねえ。

 

 

 

 

 

「うわあ、うわあ、うわあっ」

「………何?」

「やだもう、なっちゃん、ヤキモチだよ‼︎嬉しい‼︎」

「え………嬉しい?」

 

 

 

 

 

 ちっさい男って思わないの?

 

 

 たかが手だ。それだけにこれ。ガキだって。俺が思ってるのに。

 

 

 

 

 

「嬉しいよ。だってそれって、なっちゃんが僕のこと好きってことでしょ?」

 

 

 

 

 

 さっき俺が言ったやつをまんま言われる。

 

 

 そんなの嬉しいに決まってるよって。

 

 

 その言葉に、むっとの『むっ』が、ふわんって消える。単純だ。

 

 

 

 

 

 コノヒトは、過去に好きな人もいて、一応付き合ってた人も居て、肉体的経験に至っては不特定多数居た。

 

 

 でもそれはいつも歪で、歪んでて、悲しいもの。だった。

 

 

 

 

 

 だから?

 

 

 変に素直に、俺の嫉妬に喜ぶゆず先生がかわいくて、そして、ちょっと………切ない。

 

 

 

 

 

「好きだよ。好きだからだよ」

 

 

 

 

 

 言うのもなしって、約束のはずなのに。

 

 

 言わずにはいられない。言いたくなる。どうしても。

 

 

 

 

 

「俺がアンタを、好きでいる」

「………なっちゃん」

 

 

 

 

 

 いつものふふ、じゃない。吐息の笑いに。

 

 

 やっぱり切なくなって鼻先にキスをした。

 

 

 ゆず先生はびっくりしたのか、びくってなって、ふふって照れを含ませて笑った。

 

 

 

 

 

「で、こう先生とは?」

「えー?だから、何もないよ?寝てる子の上に転んだら大惨事だからって、転ばないように連れてってくれただけ」

「本当に?」

「本当に。ただ………あ、何でもない」

 

 

 

 

 

 しまったって、そんな感じに、感じた。

 

 

 ついうっかり、的な。

 

 

 言っちゃダメなやつだって、言ってから気づくやつ。

 

 

 だからまたむっとして。何だよって。何隠してんのって。

 

 

 

 

 

 なる、だろ。普通。

 

 

 

 

 

「何」

「ううん。ごめん。何でも」

「何?」

 

 

 

 

 

 やばいってバツが悪そうに俺から顔をそらしてるから、その顎をつかまえて、戻す。

 

 

 

 

 

「………えっと」

 

 

 

 

 

 ゆず先生はちょっと言い澱んで。あのねって。

 

 

 

 

 

「別に、本人に聞いたとか、確かめた訳じゃなくて、僕がそうかなって思っただけのことなんだけどね………?」

 

 

 

 

 

 えっとって。

 

 

 目が慣れて、見えるゆず先生が困ったみたいに、目を伏せてる。言いにくそうに。

 

 

 

 

 

「俺のアンタなのに、手出されたらイヤだから何かちゃんと教えて」

 

 

 

 

 

 じゃないと、心配だろ。

 

 

『好きだよ』って、こう先生がすげぇ真剣に言ったの、俺は、目の前で見てるから。

 

 

 

 

 

「やだ、なっちゃんっ。俺のって、俺のって」

 

 

 

 

 

 ひゃああああ。

 

 

 

 

 

 じたばた。

 

 

 

 

 

 抱き締めてる腕の中で、するから。

 

 

 つかんでた顎を離して、両腕で抱き締めて、ぎゅって力を入れて、止めた。

 

 

 

 

 

「落ち着け。余計熱上がるわ」

「だって、だって、なっちゃんがっ」

 

 

 

 

 

 じたばた。

 

 

 

 

 

 ああもう。いちいちかわいすぎて話が進まない。

 

 

 しょうがないなって、ちょっとまじ目のキスをした。しっかり唇を合わせて。ちょっと長めの。

 

 

 

 びっくりしたのか声があがったけど、じたばたは、止まった。

 

 

 

 まだ下手くそな俺のキスに、じっとして、任せてくれる。

 

 

 

 

 

「………で?」

 

 

 

 

 

 唇を離して、続きを促す。

 

 

 

 

 

「僕とは何も、だよ?本当に転ばないようにって手を持ってくれただけ。ただ」

「………ん。ただ?」

「………こう先生は多分………っていうかきっと」

 

 

 

 

 

 同性も大丈夫な人、かな。

 

 

 

 

 

「………え」

「見ると、分かるから。ある意味僕の特殊能力?でも、本当にそれだけ」

 

 

 

 

 

 こう先生、が。

 

 

 

 

 

 嘘だろって思いたい俺と。

 

 

 やっぱりって思う俺。

 

 

 

 

 

 が、居て。

 

 

 

 

 

 あの『好きだよ』って、やっぱり本気で言ったんじゃね?って。

 

 

 言わないけど。ゆず先生には。

 

 

 絶対、言わないけど。当たり前だけど。んなの。

 

 

 

 

 

「ん、分かった」

 

 

 

 

 

 返事。そして、ちゅって、キス。

 

 

 俺のだよって。意味を込めて。

 

 

 

 

 

 絶対。100パーセント失恋でしかないって思ってた。

 

 

 けど、違った。成就した。奇跡的に。

 

 

 今はまだ、これ以上は進めないし、これからだって、表立って付き合うことはできない。

 

 

 

 

 

「絶対渡さね」

「え?」

 

 

 

 

 

 だから何だ。

 

 

 

 

 

 誰にも、渡してなんかやらない。コノヒトは。

 

 

 そのためにできること。俺ができることって、何だろ。

 

 

 

 

 

「寝よ」

「ああもうー。なっちゃんがかわいすぎて死んじゃう」

 

 

 

 

 

 どうしようー。僕ヤキモチ焼かれちゃったー。俺のって言われちゃったー。渡さねって言われちゃったよー。かわいいー。嬉しいー。どうしようー。もうやだー。

 

 

 

 

 

 こら、いい加減寝るぞって。

 

 

 最終的に俺が怒るまで、ゆず先生は俺の腕の中で、きゃあきゃあ言って、じたばたしてた。

 

 

 

 

 

 そして俺はこの日。

 

 

 コノヒトにずっと好きでいてもらえるような男でいる。そのためにできることをやる。努力する。していく。

 

 

 

 

 

 そう、ココロに、決めたんだ。

 

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