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 かっ………。

 

 

 

 

 

「なっちゃん?」

 

 

 

 

 

 なっちゃん見てーって母ちゃんとこから走ってきた春に、俺は思わず手で目を覆った。

 

 

 春はそんな俺に、なっちゃんどうしたのーってぐいぐいしてる。俺の手を外そうと。

 

 

 

 

 

「ほっときな、春。夏は今甚平の春がかわいくて萌え萌えしてんのよ」

「もえもえ?母ちゃんもえもえってなあに?」

「ん?萌え萌えって言うのはあ」

 

 

 

 

 

 俺は、今度は違う意味で目元を覆って、はあああああってため息を吐いた。

 

 

 保育園児相手に何を教えてんだ、母ちゃんは。

 

 

 

 

 

「ってか何で俺まで甚平?」

 

 

 

 

 

 時はしばし流れて、夏休み。

 

 

 今日は年の離れた弟、春の保育園の最後の夏祭り。それに行くための準備中だったりする。

 

 

 

 

 

 いわゆる受験生の学年なのに呑気なのは、俺がソコソコの進学校に居て、ナカナカの成績で、指定校推薦を狙ってて、よっぽどのことがない限り、俺的にイケると思ってるから。

 

 

 なりたいモノがまだはっきりしないから、させられないからと言ってな、俺は勉強をおろそかにはしてないんだよ。

 

 

 

 

 

 あんたのその真面目なところは、本当別れた父ちゃんにそっくりだわ。

 

 

 

 

 

 進学の話をした時に、母ちゃんはそう言って笑った。

 

 

 

 

 

 弟の春は保育園の年長で6歳。

 

 

 

 

 

 最後の夏祭りだからなっちゃん来てってずっとお願いされてた。

 

 

 何でも年長児伝統の和太鼓をやるんだとか。

 

 

 頑張って練習したから絶対絶対見に来てねって。

 

 

 

 

 

 でも多分。

 

 

 

 

 

 でもでも多分、春から言われてなくても行くって言っただろう夏祭り。

 

 

 

 

 

 だって。

 

 

 だって俺は。………俺は。

 

 

 

 

 

「そうだ、なっちゃん。今日はゆず先生きものなんだって」

「は?きもの?」

 

 

 

 

 

 一瞬意味が分からなかった。

 

 

 

 

 

 けど、『きもの』から『着物』に漢字変換できて、されて、へ?何で着物?って混乱してたら。

 

 

 

 

 

「春、着物じゃなくて浴衣」

 

 

 

 

 

 母ちゃんが笑って。

 

 

 

 

 

 俺は。

 

 

 俺は。

 

 

 

 

 

 ぼんって、浴衣姿のゆず先生が頭の上に出た。

 

 

 

 

 

「ゆっ………ゆず先生が、浴衣」

 

 

 

 

 

 ゆず先生が浴衣。ゆず先生が浴衣。

 

 

 

 

 

 浴衣。まじかそれ初めて聞いたぞ。浴衣って何だよ。どんな浴衣だ。甚平じゃなくてまさかの浴衣。

 

 

 んなの。

 

 

 

 

 

 ………んなの。

 

 

 

 

 

 絶対かわいいに決まってんじゃん。

 

 

 

 

 

 ブツブツ言ってたら視線を感じて、やべって見たら、母ちゃんがすげぇニヤニヤしながら俺を見てた。

 

 

 

 

 

 ………理解があっていいのか悪いのか。

 

 

 


 

 春は年長になって副担任になったゆず先生に恋をして、大きくなったら結婚するって言ってたりする。

 

 

 んでもって、母ちゃんに押し付けられて迎えに行った春の保育園で、あまりの可愛さに俺がまんまとずきゅーんってなったのも、ゆず先生。

 

 

 

 

 

 いや、俺は別にっ。好きじゃない。好きになってない。ずきゅーんって撃ち抜かれただけ。あの猛烈に激烈にかわいいあの顔に。

 

 

 

 

 

「写真一緒に撮ってもらったらいいじゃない。カメラ持ってく?」

「いや、いい。スマホあるし」

 

 

 

 

 

 わざわざカメラ持ってくってのもアレじゃね?って答えたら。

 

 

 

 

 

「………撮るのね?」

「え?あ、いやあの」

 

 

 

 

 

 母ちゃんの目がキラリと光った。

 

 

 

 

 

 いや、だからあの。

 

 

 

 

 

「撮るのね?カメラは持って行かないけど一緒に写真は撮るのねっ⁉︎」

 

 

 

 

 

 とーるーのーねーっ。

 

 

 

 

 

 って。

 

 

 バレリーナかよっていうようなポーズでくるくる回る母ちゃんと、とるとるーって一緒にくるくる回る春。

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 理解があっていいと取るか、ノリノリすぎて悪いと取るか。悩む。

 

 

 

 

 

「なっちゃんとゆず先生の写真はおれがとってあげるからねっ」

 

 

 

 

 

 そして悩む。

 

 

 

 

 

 だって。

 

 

 ………だって。

 

 

 

 

 

 ごめんな。春。

 

 

 

 

 

 お前が先に好きになったゆず先生にずきゅーんされて。ずきゅーんってなって。

 

 

 

 

 

 ………ごめん。

 

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