3
アイスでも買ってやれば歩くかな。
保育園に向かって歩きながら、途中のコンビニを見てまたため息をひとつ。
結局俺の労働の対価は、春に消える確率が高い気がする。
土日に遊んでの買い食いとか。
なっちゃん見ていい?って、外でその呼び方はやめてくれって何回言ってもやめない春が、スーパーの入り口のとこにあるガチャポンを、目をキラキラさせて見て、でも絶対やりたいって言わない春がかわいすぎて、ついついどれがいい?ってやったり。
今日もアイスとか。
まあ、いいんだけどさ。いいんだけど。
家事と弟の世話に勤しんでたら彼女を作り損ねたっていう悲しい現実が、な。
ちょっと前にコクられて、ちょっと待ってって、考えさせてって。
クラスメイト。わりとしゃべるやつ。夏くん夏くんって。
ちょっとかわいいかも?とか思ってたやつ。
途中まで一緒に帰ったり、遊びに行かない?って誘われたり。
でも。
家事と弟の世話に勤しんでたら、見事にもういいって。
軽くショック。答えを先延ばしにしてたのは俺だけどさ。もうちょっと待っててくれてもって。思うだろ。
そこに更にお迎えをプラスされたら、俺これからもレンアイどころじゃねぇじゃん。
「春がもうちょい大きくなるまでか………」
しょうがねぇしょうがねぇってブツブツ言いながら保育園に着いて、お迎えってどこに行けばいいんだよってキョロキョロしてたら。
「なっちゃーーーーん」
だからやめろって外でその呼び方‼︎しかも声デカイわ‼︎の、春の声。
隣には、青いエプロンの先生。
あー、何だっけ。担任が確か男の先生でって言ってた気がする。
春は基本ゆず先生の話ばっかだから、名前が出てこないけど。
「なっちゃん‼︎」
ダッシュしてぼふって飛びついてきた春をうおってなりながら受け止める。
お迎えに来てるのが俺だけで、他に居なくて。
「わり、遅くなった」
「母ちゃんは?」
「ん、うちにいる」
心細かったか?って心配になって、しかも母ちゃんじゃなくて俺だし。
ちっこい春の頭をぽんぽんしてやった。
春は何なのか、なっちゃんだなっちゃんだってむぎゅむぎゅくっついてくる。
くそぅ、その呼び方が恥ずかしいけどかわいいじゃないか。
その時、だった。
「おかえりなさい。こんにちは」
すっかり存在を忘れてた、先生の声。
に、そっちを見て。
「え?あ………」
見て。
「初めまして。らいおんぐみの副担任、
え。
しばしフリーズ。
かがやゆずき?かがやゆずき。ゆずき。………ゆずきって。
ちょ。
ちょっと、待て。
「え?あ、えっと、あの」
「春くんの大好きなお兄ちゃんのなっちゃんって、ちょうど今教えてもらってました」
「ねーっ」
「ねー」
春とにっこり笑い合う、かがやゆずき先生。
ゆずき先生ってもしかして。いや多分。
『ゆず先生はすっごいすっごいすーーーっごいかわいいんだよ‼︎』
『おれ大きくなったら絶対ゆず先生と結婚する‼︎』
って、春が毎日のように言ってる、『あの』ゆず先生、なのか?だよな?いやでも。
「え?ああ………兄の夏です」
って、かろうじて挨拶はした。けど。
けど。けどけどけどけど。
女じゃねぇし‼︎勝手に女って思ってたけど‼︎いやいや思うだろ、結婚するって言ってたし‼︎
でもでもでもっ。
かっ………かわいい。ちょっと待って、この先生マジかわいい。超かわいいんだけど。
男、だろ?男だよな?女要素ないよな?背俺と同じぐらいで、胸ぺったんこで青いエプロンで履いてるジャージにも女要素ないし。
けど。けどけどけどっ。
地毛なのかパーマなのか、少し長めでふわんってなってて、ちょっと猫っぽい形の目。くりんってなっててキレイな二重。すって通った鼻に、ちょうどいい感じの唇。ってか、ちょうどいい感じの唇って何って突っ込みたい。だから何だって、厚いとか薄いとかデカイとか小さいとかじゃないやつ。バランスが最高っていうか。その。唇だけでなく全体も。
え、男でそれってなくね?だよ。かわいい要素全取り?なんだけど。
単純に俺好みなだけ?え、俺、こういう顔が好みなの?
その後何喋ったか、俺は全然覚えてない。
それぐらい、この先生かわいい、で、いっぱいで。
ドキドキ、した。ドキドキどころじゃなくてパニクったわ。
ゆず先生と春がよく分からない挨拶をして、俺もどもって、ちらってゆず先生を見た。
にこって笑うゆず先生が。
………か、かわいい。
そして。
かわいいって思う自分が。
………実に、後ろめたい。
「春、アイス買ってやるからうちまで歩けよ」
今日は高いやつでもいいぞ。買ってやる。
何かどうにもこのドキドキが、後ろめたくて。
「えー、だっこ‼︎」
「だっこじゃねぇ、歩け」
「おんぶ‼︎」
「重いんだよ、おまえ」
「いいじゃん‼︎だっこ‼︎おんぶ‼︎して‼︎」
後ろめたい、から。
「………ったく、しょうがねぇなあ」
「本当に仲良しなんだね、春くん」
「うん‼︎」
堀田夏、今年18になる17歳。高校3年生。
母はBL作家。
弟は保育園の先生に恋する年長児。
そして。
「じゃあね、春くん。また明日」
「ゆず先生、ばいばーい」
「ばいばーい。転ばないよう気をつけてね、なっちゃん。さようなら」
「え?あ………うん。さ、さようなら」
なっちゃん。
なっちゃんって、おい、マジか。
その呼び方はジュースみたいだし女みたいだから、外ではするなって。
………するなって。
なっちゃん。
か。
やべぇ。
母ちゃん。
俺、母ちゃんがどんな本を書いてんのかは知らないけど。
多分。
いいネタが目の前に、できた、かも。
「春」
ごめん。
「明日からお迎え、俺が行くから」
今日から俺たち。
………ライバル、かも?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます