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「夏、今日から春の保育園一カ月500円でお願い」

「………は?」

 

 

 

 

 

 それはある日の夕方だった。

 

 

 

 

 

 ただいまって学校からスーパー寄って、両手にマイバックで帰って冷蔵庫に色々詰め込んでたら母ちゃんに言われた。

 

 

 

 

 

 母ちゃんはリビングのテレビの真ん前に鎮座して、ハマりにハマってるアイドルグループのコンサートDVDを見てた。

 

 

 母ちゃん曰くそのアイドルグループはネタの宝庫で、どんだけスランプになっててもそのグループを愛でればネタが湧く………らしい。俺には分かんないけど。分かりたくないけど。

 

 

 

 

 

 確かに数日前まですげぇ顔でうんうん唸ってたのに、今はメモを片手に嬉々としてる。

 

 

 

 

 

「母ちゃん今から明後日の締め切りまでごいごい書きたいし、新しいプロットもできて早く書き始めたいから、送り迎え行ってる場合じゃないの‼︎早く書かないと忘れちゃうの‼︎春ももう泣いたりしないからお願いっ」

 

 

 

 

 

 いやいやいやいや。

 

 

 母ちゃんよ、それはダメだろ。締め切り前の大変な時ってのは分かるけど、早く書きたいってのもいつものことだけど、一カ月500円ってことはこれから俺が毎日ってことだろ?

 

 

 母ちゃんなんだからそこは母ちゃんが行かなきゃダメだろ。違うのかよ。よそは親が行くんだろ?って行ったことないから分かんねぇけどさ。

 

 

 それはやっぱ春がかわいそうじゃね?

 

 

 

 

 

 って、言ってんのに。

 

 

 母ちゃんは俺に行ってくれってそればっか。

 

 

 で、さすがに。

 

 

 

 

 

 キレるだろ。だって。

 

 

 

 

 

「そんなに仕事が大事なのかよ⁉︎春の送り迎えより仕事のが大事なのか⁉︎」

 

 

 

 

 

 春はまだ、小さいんだ。

 

 

 

 

 

「あんたたちと仕事は別物で、別物過ぎて比べる対象にならない。ただ。………ただ、私はあんたたちにどれだけ迷惑かけたって、やっと堂々とできるようになったこの仕事を、絶対に絶対に失いたくない」

 

 

 

 

 

 母ちゃんは見たことないぐらい真面目な顔でそう言って、自分の部屋に戻って行った。

 

 

 

 

 

 静かになったリビング。もう見る人の居ないそこに、アイドルグループのノリノリな歌が流れてた。

 

 

 聞き過ぎて歌える。この歌。

 

 

 

 

 

 親が離婚してるって、今はそんなに珍しくない。

 

 

 俺のクラスにも結構居るよ。

 

 

 俺は別にいいけど、春はさ。

 

 

 父ちゃんのこともほとんど知らないから、せめて母ちゃんが構ってやれよって。

 

 

 

 

 

 俺、思う。けど。

 

 

 

 

 

 お迎えの時間って、そろそろか?

 

 

 

 

 

 母ちゃんは部屋から出てこない。

 

 

 

 

 

 しょうがねぇなあ、もう。

 

 

 

 

 

 いきなり俺が行って泣いたらどうすんだ。

 

 

 いつもは車なのに俺とだと歩きだぜ?ちゃんと歩くのかよ。

 

 

 

 

 

 けど、知ってる。

 

 

 

 

 

 母ちゃんは、まあその内容はともかく、その仕事が超好きだ。

 

 

 締め切りが近づくと飯が手抜きになるとか、殺気立ってて怖いとか、かと思えばリビングの隅っこで小さく丸くなって書けないようって拗ねてるとか、それを春が母ちゃんお菓子あげるから元気出してーって懐柔してるとか、色々だけど。

 

 

 

 

 

 書けたって、できたって、ありがとうって、あんたたちのおかげって、俺らの好物をこれでもかってぐらいテーブルに並べてる母ちゃんは、自分の好きなことを仕事にしてる母ちゃんは、本当に仕事が好きで、好きを仕事にしてて、すげぇって、思う。思ってる。

 

 

 進路。俺は、全然決まってないから。とりあえず行けそうな大学にってだけだから。

 

 

 

 

 

 はあああああ。

 

 

 

 

 

 でっかいため息をひとつ。

 

 

 テレビを消して、玄関に向かう。

 

 

 

 

 

「結局俺らって母ちゃんに甘いよなあ」

 

 

 

 

 

 頭をバリバリ掻きながら、スニーカーを履いた。

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