キミガスキ

みやぎ

1

 俺の名前は堀田夏ほったなつ

 

 

 

 

 

 高校3年の17歳。夏休み真っ最中で誰にも祝ってもらえない8月生まれの17歳。

 

 

 母ちゃんと、保育園年長6歳の弟、春4月生まれのはると3人で暮らしてる。

 

 

 

 

 

 父ちゃんは俺が中1の時に家出した。ある日突然。

 

 

 母ちゃんに何でだよって聞いたら母ちゃんは言った。

 

 

 

 

 

『バレたのよ』

 

 

 

 

 

 真顔でそう言うから、何がバレたんだよ。浮気でもしたのかよ、父ちゃんはくっっっっっっそ真面目な役所の公務員なんだから、んなのバレたら即アウトだろ何やってんだよって思ったら。

 

 

 

 

 

『私がBL作家だってことがバレたのよ』

『びーえる作家?』

『ぼーいずらぶを書く作家よ』

 

 

 

 

 

 母ちゃんは至って真面目だった。

 

 

 

 

 

 ぼーいずらぶぼーいずらぶぼーいずらぶ。頭で繰り返すことしばらく。

 

 

 

 

 

 男、で、らぶ。

 

 

 

 

 

 俺は思わず後ずさった。

 

 

 母ちゃんはにやりと笑った。

 

 

 

 

 

『母ちゃんこれでも結構稼いでるから、あんたたちふたりを路頭に迷わすことはないわ。父ちゃんには悪いけど、これでコソコソしなくてすむと思うともうもうもうもうっ』

『………母ちゃん』

『世間一般に受け入れられないことは分かって書いてる。自分の愛する夫に受け入れられないことは悲しくて辛い。でも、夏。母ちゃんは、母ちゃんは、母ちゃんは‼︎ぼーいずらぶを書くことが大好きなのよおおおおおっ』

 

 

 

 

 

 メラメラメラメラ。

 

 

 母ちゃんの後ろに炎が見えた気がした中1の冬だった。

 

 

 

 

 

 その後父ちゃんと母ちゃんは離婚した。

 

 

 

 

 

 母ちゃんはそこそこ有名らしく、生活が激変したというようなことはなかった。

 

 

 毎日の中から父ちゃんがすうううって居なくなっただけ。

 

 

 最初は結構マメに父ちゃんと会ってたけど、父ちゃんは再婚して最近じゃあんまり会うこともなくなった。

 

 

 

 

 

 寂しいと、少しだけ思った。

 

 

 

 

 

「はるー、起きろー。はるー。保育園遅れるぞー」

 

 

 

 

 

 確かに生活は激変することはなかったけど、俺的に激変したことはある。

 

 

 

 

 

 父ちゃんが居た時はその仕事を隠すために母ちゃんがやっていた家事を、俺がほぼ請け負うようになったということ。

 

 

 洗濯一カ月500円。

 

 

 各種各場所の掃除各一カ月500円。

 

 

 皿洗い一カ月500円。

 

 

 

 

 

『働かざる者食うべからず』

 

 

 

 

 

 にやりと母ちゃんは笑って、俺は勤労高校生となった。

 

 

 1日でもサボれば500円は消える。

 

 

 俺はせっせと働いた。それぞれの500円をゲットするために。

 

 

 この俺の真面目さは父ちゃん譲りだと思う。

 

 

 

 

 

 今でこそそこそこできるようになったけど、最初は色々やらかした。

 

 

 色々やらかしたけど、母ちゃんは怒らなかった。

 

 

 任せた以上は任せる。そう言って。

 

 

 唯一どうしてもできなかった料理だけは今も母ちゃんがやっている。

 

 

 

 

 

 昨夜も多分遅くまで書いていただろう寝不足で髪の毛ボサボサで生きた屍状態の母ちゃんが、キッチンでガタガタしてるのを横目に、俺はまだ寝てる春を起こしに行く。

 

 

 

 

 

 保育園が嫌いで嫌いでずっと起こすのが大変だった春が、年長になってから変わった。

 

 

 

 

 

「春、保育園遅れるぞ」

 

 

 

 

 

 布団から飛び出てバンザイして寝てる春のぷくぷくのほっぺたをつつく。

 

 

 むにゅむにゅ動きながら、やだねむううういって丸くなる。

 

 

 

 

 

 つんつんつんつん。

 

 

 むにゅむにゅむにゅむにゅ。

 

 

 

 

 

「ゆず先生が待ってるぞ」

「ゆずせんせい‼︎」

 

 

 

 

 

 この一言は魔法の一言。

 

 

 ゆず先生がどんな先生なのか俺は知らないけど、ゆず先生ありがとうっていつも思う。

 

 

 

 

 

 あの春が。

 

 

 保育園が嫌いで嫌いで毎日毎日びーびーぎゃーぎゃー大騒ぎだった春が。

 

 

 がばって起きて、ごはんーーー‼︎って走って行った。

 

 

 

 

 

「大きくなったなあ、春」

 

 

 

 

 

 目頭が熱いぜ。

 

 

 

 

 

 気分は父親だと思う、堀田夏、17歳。それはまだ春のことだった。

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