151話 親愛
「これはお前が産まれる前のことだ。マリエッタは現皇帝家の分家の娘だ。世間には知られていないが、皇帝家にはその血筋を確実に残すためいくつもの分家がある」
「由緒ある大貴族ならどこにでもあるな」
驚く私を横目に、デアーグは目をつぶって答える。
「ああ。そのうちの一つを俺にあてがわれた訳だ。しかし結婚することはできない。それで折衷案として、側室として傍に置いておくことになった」
つまり皇帝と父の妙な繋がりは血縁関係。そして「マリー」と呼ばれていた人物はマリエッタだったのだ。あの時の会話そういうことか。
「実の息子に生々しい話をして申し訳ないが、お前もいい年だから真面目に聞いて欲しい。俺は断じてマリエッタに手を出してはいない」
いつもは厳格そうな雰囲気を出している父が、あんまり真剣な顔で浮気の言い訳みたいなことを言い出すので、聞いているこっちもなんともむず痒い気持ちになった。
「分かってますよ父上」
「だから変に気負わなくていいし、お前の実の母はルイースだ」
「はい」
今は一人の父親として私に話をしているのだ。変なところに真面目なのが父らしい。
「話を戻そう。……当時は人々に知られていない裏で駆け引きがあったのだ。もちろん、マリエッタの件とは別に陛下には恩義を感じて帝国に忠誠を尽くしているがな」
そしてここまで話を聞いて、やっと父が私に何を伝えたいのか分かってきた。
「つまり、私と皇女を婚約させたのは必ずしも悪い方向に考える必要もないということですね」
「そうだ。確かに皇族という大きな首輪を付けられたのだが、逆に言えばそれだけの力が与えられたとも言える」
公爵という権力。皇族の妻を利用した中央への影響力。そうした力を手に入れたという見方もできるのだ。
「どっちにしろ、実際に皇女がレオ殿の元に来るまではどのような思惑が隠されているのか判断のしようがない。今は警戒を忘れず、次に備える他あるまいな」
父は皇帝を信頼し、皇女との婚約も何らかの配慮が隠されていると考えている。デアーグは皇帝を含む中央全体を敵視し、皇女との婚約も何らかの陰謀が隠されていると考えている。
ある意味で私たちは今隔たりを感じながら話し合いを続けているのだ。
だからこそ父は本当は話したくなかったであろうマリエッタの事を打ち明けてまで、婚約の話を擁護したのだろう。
デアーグの考えでいけば、私ごと切り捨てた方がリスク管理がしやすいのだから。
ここまで現皇帝家の裏事情を知ってしまえば、デアーグとて私たちを簡単に裏切ることはできない。余計なことを知っているというのは時にマイナスになる。
それに、裏切るより利用した方が価値があると思われることができた。
悲しい繋がりではあるが、政治では綺麗な手だけで全てを掴むことはできない。多くのものを掴める手は、細く美しい指などではなく沢山汚し傷ついたごつごつの手だ。
私はそれを父の横でずっと見てきた。
「我には人間の政治など興味はないが……、レオ、そなたは婚約について思うことはないのか?」
私の横で置物だったハオランが突如口を挟んできた。
「どういうことだ? もちろん私も警戒はしているが……」
「そうではない。……妻を娶ったことによる心境の変化はないのかと聞いている」
「ああ、そういうことか……」
先ほどまでの高度な政治的意図の読み合いから一転して、急に世間話レベルの質問が飛んできたのでかえって悩んでしまった。
重い空気を察したハオランなりの気遣いなのだろうか。
「正直言って全く実感が湧かない。皇女殿下とお目見えしたのもこれで二度目だ。それにいきなり婚約などと言われても結婚というもの自体想像もできないな……」
前世では孤独に情けない死に方をした。残した家族も存在しない。
貴族に生まれたからには自由な恋愛などできないと覚悟はしていたし、したいとも思ってはいなかった。それでいいと、少し前までは自信を持って言えた。
「夫婦というものも、決していいことばかりじゃない。それが政略結婚ならなおさらな」
デアーグはどこか重みを感じる言葉を私に送った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……多少話が逸れたが、戦争の結果と条約については一切の文句なし。レオ殿の婚約も、必ずしも悪いとは限らない。今日の出来事はそうまとめても良さそうだな」
「はい。私としては亜人・獣人たちのと協力関係を許されるというだけで、満足のいける結果でした」
私の言葉にハオランも頷く。
「それではこの内容について私から他の貴族に連絡しよう。レオ殿の名前も添えてな。……それとウルツ殿の名前を付けて送る。ウルツ殿とっては重荷なのかもしれないが、私たちのこの集まりは貴殿への憧れが半分だからな」
「ああは言ったが、名前を使うぐらいならどんどんやってくれ」
「とにかく、レオ殿の婚姻の話を周りの貴族がどう思うかが問題だ。レオ殿本人がどう受け止めるかは置いといて、な」
「はい……」
私が結婚するかなんて他の貴族からすればどうでもいい。結局は皇族という中央を代表する爆弾が派閥の内側に投下されたのが問題なのだ。
「連絡の内容はこちらで上手いこと言い訳したものを用意する。私の知り合いの人間にもなるべく良い噂を流すよう頼んでおく」
「よろしくお願いします……」
細かい政治の内容はヴァルターらにいじられても、流石に婚約というビックニュースまではひっくり返せない。
だからこそ、確実に来るその時に今は備えるしかないのだ。
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