150話 亀裂
私は包み隠さず、ファリア出発から皇都を出るまでの一切をエアネスト公爵に伝えた。
「……これはかなり荒れそうだな」
「私が居ながら申し訳ない」
「いや、ウルツ殿は隔離されていたのだから仕方ない。何もしないことが最善だっただろう」
それよりも、当事者でありながら何も出来なかった私の無力さが悔やまれる。
「そしてレオ殿の婚約……。手放しにおめでとう、とは言えないな」
「はい……」
「向こう側の狙いは明らかだ。今回の戦争を機に地方領主らによる派閥の中心となったレオ殿を引き抜こうとする魂胆が丸見えだ」
婚約、そして結婚となれば皇女はもちろんその世話係もおまけで大量についてくる。
私の動きを完全に把握され、内部工作や、ひいては最終手段として私の暗殺も簡単に狙えるだろう。
それに地方領主たちからの心象も悪いだろう。
中央に不信感を持つ私たちが集まったはずが、私だけ一抜けで皇帝家の縁戚となるのは不義と取られても仕方ない。
ついでに父も手網を握られ、ハオランを始めとする亜人・獣人たちと良好な関係を築く私を抑えることの影響力は大きい。
「それか、こう言ってはなんだが、敢えて帝国内では辺境であるファリアへ皇女を送り付けてその待遇を理由にレオ殿を処刑する飛び道具かもしれない」
「確かに、“ファリアに”という観点は重要ではある。皇女殿下には悪いが普通なら今の情勢を考えれば政略結婚の道具として王国に嫁がせる方が無難だ。それをファリアという帝国と王国の国境付近に皇族を置くのは、軍を集結させる理由付けか、それとも王国の攻撃を誘う餌か……」
私の命すら天秤にかけられていないのかもしれないのだ。皇女レベルの手札を切ったのだから、それはもはや国家間の規模で事態が動いても不思議ではない。
「まあ、陛下から宝剣を賜ったのだから既にレオ殿は公爵の仲間入りをしている。私のことも気軽にデアーグと呼んでくれたまえ」
「よ、よろしくお願いします、デアーグ殿……」
冗談なのか、特例で彼の階級と並んだ私を皮肉っているのか分からない。彼のどこを見据えているのか分からない深い目に見つめられると、皇帝と同じぐらい萎縮してしまうほどの恐怖を覚えた。
「ただ陛下とヴァルターで若干のすれ違いがあるのも気になる。ヴァルターの影響力はどこまで及んでいるのか、陛下はどれまでそれに逆らうことができるのか」
本来はこの国の全てを統べるはずの皇帝が、現実にはその実権を奪われている。
孔明でなくとも後漢末期の宦官と皇帝を思い浮かべてしまう。
「……万が一、陛下が現状の中央に与していないとしたら……?」
「どういう意味だ」
父の呟きに、デアーグは厳しく追求する。
「陛下の御歳にもなれば、先は長くない。となれば陛下は皇女殿下を外にやることで現状の中央を変える罠を仕掛けたのやも……」
「有り得ない。多少の衝突はあれど、国家の中心たる皇帝が中央の勢力に歯向かう利もあるまい。それこそ皇帝家の人間を少しでも多く中央に配置しその実権を握るべきだろう」
かつては中央側だったエアネスト家の人間のその言葉は、のしかかるようにとても重く感じられた。
「──待て、そう頭ごなしに否定しないでくれ。そう思うには理由がある」
「ほう? 聞かせてもらおうか」
「……できれば口外しないで欲しい。本人がそれを望んでいないからな」
父は視線を後ろに向ける。
それを見たデアーグは無言で手をヒラヒラさせて、メイドたちを下がらせた。
「歳三、すまないが──」
「いや、それはいい」
父が私の言葉を遮る。
これはつまり、父の言わんとしていることは私たちにも関係があるということか。
「……話せば長くなる。これは俺が若かった頃の話だ」
敢えて砕けた一人称を使い、それとは対象的な真剣な面持ちで語り始める。
実の父であるから一歩引いて冷静に聞くことができるが、この辺りの人心掌握というか、人の引き込み方は父が一枚上手だと思いながら私も耳を傾けた。
「かつては貴族に使える一介の騎士だった俺が、運良く天から授かったこの『魔剣召喚』のスキルで王国と戦い国を勝利に導いた。世間にはこんな大袈裟な伝わり方をしているが、その後まで興味を持って語る人間は少ないだろう」
確かに周りの人間も、そして父本人も戦争の話はよくしたが、その後の話はあまり聞かない。
「自分で言うのもなんだが、ただ強いだけの騎士を野放しにするのは危ない。例えば敵国に抱えられたりな。だから皇帝は俺に首輪をつけたがった」
手を組み前傾姿勢で淡々と語る父の姿には、何故か哀愁を感じた。
「一つ目が救国の英雄という名誉。どこに行っても英雄と讃えられるのは、最初こそ気分が良かったが次第に重圧へと変わる」
父の弱気な発言自体、初めて聞いた。
「二つ目は領土。ただの騎士から領主になったことで、簡単にはその土地を離れることができなくなった」
衆人の監視と領土という重たい足枷。この二つは私にも痛いほど分かる。
デアーグも軽く頷きながら聞いているあたり、これは貴族として生まれたからには誰もが一生付きまとうものだ。
「そして最後。レオ、お前のように、俺も皇族と結婚させられる所だったのだ」
「え……?」
「だが俺にはお前の母、ルイースがいた。しかしそんなこともお構いなしに一人の女性が送り付けられた。──マリエッタだ」
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