152話 手を取り合って

「それでは、ありがとうございました。後のことはよろしくお願いします」


「ああ。……屋敷の外まで送ろう」


 ひとまず今後の方針が定まったところで私たちはすぐに戻る流れになった。


 婚約についてどのような形で正式に決定されるかは分からないが、それよりも目の前には亜人・獣人たちとの共生について考えなければならないことが山積みなのだ。むしろ本来はそちらを重点的に取り組む課題に据えていた。

 行政の根本的な見直しに軍事研究と、私もやることが沢山残っている。


「そういえば、デアーグ殿はどうやって私に謁見の詔勅が出ていると知ったのですか?」


「内部に協力者がいる……、というのもあるが、今回は前近衛騎士団団長が私の元にやって来て知らせてくれたのだよ」


「へ、ヘルムート団長がこちらにいるのですか!?」


 追放とは名ばかりで、実際は処刑されている可能性すら考えていた。

 先の戦争で共に命を懸けて戦った団長がいるというなら、会わずに帰るなどできるはずもない。それに今回の件の礼も言わなければ。


「今団長……、いや、元団長はどこに!? 彼に会わせてください!」


「分かった。外で待たせているレオ殿の連れと一緒に彼の所に行こうか」





 なんでもヘルムートは近衛騎士団を首になった後は命の危険を感じたため、中央の勢力下ではなく、それでいて力のあるエアネストに身を寄せていたらしい。

 流石にあちらも白昼堂々元団長を暗殺は風評的にできない。


 しかしいつまでもここには居られないので、もう数日エアネストで休んだら素性を隠し、身柄を特定されないよう旅に出る予定だったとのことだ。

 私たちと入れ違いにならなくて良かった。


「──団長!」


「──! ……そうか、間に合ったようで良かった……」


 ヘルムートは屋敷の敷地内にある離れを間借りしているとのことだ。

 私たちが離れを訪ねるとちょうど大きな庭園を散歩している彼に出会えた。


「団長のおかげです。本当に助かりました!」


「最後にお役に立てて光栄です。……私はもう団長ではないですから」


 いつもの煌びやかな近衛騎士の鎧がないからだろうか。それとも彼の美しい顔が戦場よりもやつれているからだろうか。

 そう呟くヘルムートからは覇気が感じられなく、酷く弱々しく見えた。


 だが、私は彼の本当の強さを知っている。

 彼はこんなところでくすぶっていていい人間じゃない。行く宛てもない放浪の旅をしていていい人間じゃない。


「……いえ、団長と呼ばせてください。私にとって貴方は国を護るために戦った近衛騎士団の団長なのです。……そしてもし良ければ、私の所に来てくれませんか? ファリア騎兵団の団長として」


「な──! しかし私は……」


「確かに皇帝直属の騎士であった貴方から見れば、ファリアのような敵国のすぐ横の辺境で騎兵をまとめるなど、役不足かもしれませんね」


「いやそういう意味では……」


 私の少々意地悪な言い回しに、ヘルムートは心から申し訳なさそうな顔をする。


「どうか力を貸してくれないだろうか」


 私は手を差し出す。


 彼は周囲を見渡した。父もデアーグ公爵も、ただ黙って頷く。

 この場にいる皆が、ヘルムートが共に来てくれることを望んでいた。それだけの信頼と実力を、彼は長年帝国に仕えて築いてきたのだ。


「……分かりました。それではご厄介になるとしましょう。これからよろしくお願いします、レオ様」


 団長は私の手を固く握った。


「……団長!」


 書類上の身分で言えば、侯爵と騎士だったのが公爵と平民にまで差が開いてしまった。しかしそんなつまらないものなど関係ないことは、誰もが知っていた。

 良くも悪くも実力派の私たちの派閥にとって、彼の立場は揺るがないものである。


 元近衛騎士団団長ヘルムート=ヤーヴィスが常に私の傍にいてくれるというのは、護衛に歳三がいるのと同じぐらい安心できた。

 彼はこれからの不安を拭う希望になり得た。


「それでは団長、お話したいことが沢山あるのですが、私たちはやることが山積みで一つ一つ説明する時間も惜しいほどなのです」


「はい……?」


「なので、詳しい話は空でお伝えします」


「そ、空?」


 私が手を掲げて合図をすると、ハオランたち竜人は一斉に人型から竜形態になった。


「ま、まさかとは思いますが──」


「はい。そのまさかです。……デアーグ殿、見送りはここまでで大丈夫です。お世話になりました」


「お気を付けて」


「はい。……それじゃあ、行こうか──」






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





「──うぉぉぉぉぉ!」


 初めて乗る竜人に、団長は向かい風に金の長髪をなびかせながら必死に背に掴まっていた。


 団長は僅かな身の回り品をまとめるとそれなりの重量になったのでハオランの背に乗ることになった。

 そうなると押し出された私はルーデルに乗せてもらうことにしたのだが……。


「ルーデル! もっとまっすぐ飛んでくれ!」


「もう急ぐ必要はないんだろ? なら折角だから人を乗せた時の機体性能の低下具合を確かめる良い機会じゃないか!」


 竜人よりも大きな翼を持つルーデルは本来もっと安定した飛行ができる。しかし常に任務の最中に身を置くルーデルにとって、戦闘がなければ安定した飛行より限界に挑んだテスト飛行が優先される。

 上下左右に激しく揺さぶられる私は、その吐きそうな最悪の気分を抑え込むのに必死だった。


 そんなこんなで帰路は余裕を持って四日かけ、父たちはウィルフリードに、私たちはファリアへと戻ったのだった。

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