144話 上洛

「父上、迅速な対応ありがとうございました」


「我が子の命の危機に立ち上がらない父親などこの世にいるものか。例え相手が陛下であったとしても、この命を賭してでもお前を守り抜く」


 私と歳三は竜人に運ばれウィルフリードにやって来た。専用の馬具ならぬ竜具のおかげで乗り心地は随分改善されていて良かった。

 ……まあ今は乗り心地だとか呑気なことを言っている場合ではないのだが。


「今ハオランを中心に各種族の長へ協力を頼んでいます」


「その方がいい。間違いなく本題は戦争の後始末についてだ。彼らがいる方が話は早く済む」


 第一に命を守る為の武力として。次に各種族を取りまとめる指導者として。どちらの力も持つ族長らが集まればこの上なく心強い。


「彼らを待つ間、孔明から預かった策についてお話します。……策と言っても、考えられるあちらの出方とそれにどう対処するかというだけのことですが……」


「いや、少しでも対策を練るべきなのは事実だ。他の貴族にも俺の方から連絡をしてある。後ろ盾は安心していい」


 私と父が話し合いをしている間、母は少し遠くから私たちの姿を見守っていた。

 きっと母もそれ以上のことはできないと分かっているから、私に何か言葉をかけることもしなかった。


 歳三は部屋の隅で刀の手入れをしている。歳三の和泉守兼定はもちろん、シフが打ち直した私の刀の手入れも頼んだ。





 味の感じない昼食を腹に押し込んだ昼下がり、ハオランたちが戻ってきた。


「本当は東の端まで行って他の種族にも当たりたかったが、距離的に限界だった……! 此奴を連れてこれただけマシだ……!」


 息を切らしながらそう言うハオランの背にはリカードの姿があった。


「き、協力してくれるのか!?」


「強き者には従う。これもまた原始の理だと竜人に教わった……」


 差し当たり誰か代わりの者が来ると思っていたので、まさかリカード本人が来てくれるとは思っていなかった。

 これは良い方向で予想外の出来事だった。


「これは人狼族の族長、ヴォルフです」


「俺も協力させて頂く……」


 ルーシャンはすぐ側の森に住む人狼族を当たってくれたようだ。


「こっちはエルフ王が息子、シャルフでございますわ」


「シャルフ=バルデマーだ。腕に自信はある」


 エルフの王子様はその辺の森で武者修行でもしていたのだろうか? 一抹の不安を覚えたが、今は彼の素性を探る暇もない。

 リーフェンのことを信じよう。


「蜥蜴人族も我ら程ではないとはいえ、我らの近縁であるため他の種族から比べれば強い方だ」


「こうも早く恩を返す機会を頂けて光栄です。この力、存分に発揮致しましょう」


 聞き覚えのあるこの口調はアイデクスだった。


「悪いがこれで全部だ!」


「ありがとう。よくここまで集めてくれた」


 運ばれる十名のうち、私、歳三、父、アルガー、リカード、ヴォルフ、シャルフ、アイデクスと八人が揃った。

 飛行組としてルーデル、ハオラン、ルーシャン、リーフェンも戦力に数えられるだろう。


「あと二人、ウィルフリードで探すべきか……?」


「レオ、妖狐族からカワカゼはどうだ? アイツはなかなか筋がいいぜ。立場的にも戦力的にも若干この面子からは見劣りはするかもしれねェが、それでも十分だ」


「もしファリアから連れてくるのであれば、レオ様、どうかタリオをお願いします先の戦争が如く親子身を捨つる思いで戦います」


「──深く考えている時間はないな。お前たち二人の推薦ならいいだろう。ハオラン、二度手間になって申し訳ないがファリアに戻り彼らを連れて来てくれるか」


 初めから彼らを選出すれば良かったなどと悔いる時間も私には残されていない。切羽詰まった状況ではこうした判断ミスから混乱が生じるものだと言い聞かせる。


「すぐに二名行かせよう。だがもう彼らの合流を待つ時間はない。どこかのタイミングで空路を合わせて空中で合流する」


 ルーデルと共に帝国中を飛び回り距離を測ったハオランがここまで言うのだから、相当時間的に追い詰められているようだ。


「分かった! ではすぐに行くぞ!」





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 それから私たちは寝る間を惜しんで皇都へ向かった。


 一番大変なのは間違いなく竜人たちだ。特に大柄な父を運ぶルーシャンと、リカードを運ぶハオランの顔には隠しきれない疲れが滲んでいた。

 適宜人型形態になり地上で休息を取ったが、竜人たちは三十分だけ泥のように眠りすぐにまた飛び立つという地獄のマラソンを繰り返した。


 一人で飛べるルーデルには全員分の装備や少量の食料を運んで貰っている。





 小柄なタリオとカワカゼを運ぶ竜人たちは二日目の朝に私たちに追いついた。

 しかしこの二日目時点で道程の半分ほど。積もる疲労の中、明日の朝までに皇都へ着いていなければならないのだ。


 竜人の背に捕まることしかできない私は自らの無力さを恥じた。


 もし、中央に近しいエアネスト公爵が情報を手に入れていなかったら? 彼が私の味方でなかったら?

 ヘクセルが通信機を開発していなかったら?

 竜人がいなかったら?


 どれが欠けても私は死んでいたのだ。





 そんな暗い気持ちが晴れたのは、朝日に白く輝く皇城の姿が見えてきた時だった。

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