145話 下知
「壁上の見張りに見つかったら面倒だ! 一度降りてくれ!」
「了解だ」
「駄目だレオ! 皇都へ入るのに無駄な手続きをさせられて時間を稼がれる可能性がある! 直接向かうしかない!」
「ですが父上──!」
皇都を幾重にも囲う巨大な壁の上にはトレビュシェットやらバリスタやらが大量に並んでいる。
見張りがまともに働いていれば、私たちは一瞬で撃ち落とされるだろう。
「なんだレオ! 敵の対空砲火に突っ込むのは初めてか!?」
「お前はともかく竜人たちは回避行動はもう無理だ!」
そもそも、そう言うルーデルとてソ連軍の対空砲に何回も撃ち落とされて死にかけている。
「舐めて貰っては困るな! 竜の力を持つ選ばれし種族の意地を見せろ!」
「族長の言う通りだ! このまま突っ切る!」
「──なんて無茶を!」
ハオランのハンドサインにより私たちは一時散開。そしてそのまま皇都の外壁へ一直線に向かう。
そして案の定見張りに見つかり矢や石の礫が飛んでくる。
『高度を落とせ! 真下に向かっては撃てない!』
通信機によるルーデルの指示の元、私たちは急降下で加速し地面すれすれを飛ぶ。
この速度には壁上兵器の照準も間に合わない。
『外壁さえ乗り越えれば皇城まで安全なはずだ! 流石に皇都の内側へ打ち込んで来ることはない!』
超低空飛行で壁に限界まで近付き、その勢いのまま今度は壁に沿って垂直に上昇する。
この無理な軌道に強烈なGが襲いかかってくる。脳の血液が不足し一瞬意識が飛んだ。
ブラックアウトから抜け出すと壁上の真上だった。
「だ、誰だ貴様ら!」
「弓を射掛けよ!」
『そんなもの当たらないぞ! ハハハハ──!』
ルーデルは兵士を煽るかのように彼らの頭上すれすれを行き来する。
私たちはルーデルが兵士の気を引いている間に、何とか皇都の外壁を乗り越えることができたのだった。
「ここまで来たらいっそ皇城の門ではなく城の入り口の真ん前に降りよう!」
『了解した』
本来皇城の警備を総括している団長に言えば問題なく入れるはずだが、それならいっそ後から謝ればいい。
正確な時間は指定されていないが、こうしている今も刻一刻と遅参による処刑の可能性は高まりつつあるのだ。
皇都を、と言うよりこの世界の街を見下ろすのは初めての体験だった。
無秩序に建設された外周の住宅地エリアから、中央に向かうにつれ計算された防衛施設としての街並みへと変化していく様子は、こんな状況でなければ楽しめる景色だっただろう。
橋を渡って堀を越える。本来はそのはずの場所を私たちは遥か上空から通り抜けた。
昔来た時はその大きさに圧倒された城へ続く門もこうして飛び超えれば何の意味も為さない。
城は山の中腹から頂上辺りにあるため、高度が上がり竜人たちも飛ぶのが苦しそうだった。
私たちが皇城の前の広場に降り立つと、地上を警戒する警備の兵士たちは大声を上げながら私たちを取り囲む動きをみせた。
「それではハオラン以外の竜人たちは待機していてくれ。必要があれば孔明の策に従い、ハオランからルーシャンに連絡を入れる」
「分かった」
「ルーデルもそちらの指揮を任せる。上空でバレないよう待機だ」
「了解」
ハオランとその段取りを確認した後、ルーデルとルーシャンたち一行は雲の合間に消えていった。
「さて、では堂々と正面から行こうか」
「ここで騒ぎを起こせば流石に無視できまい」
当然兵士たちは皇城に入れまいと私たちの進路を阻んだ。
「何者だ! い、一体どうやってここまで来たんだ!」
「私はレオ=ウィルフリード。陛下に呼ばれたので急いでやってきた。どうやってと聞かれれば……、さっき見た通り竜人に運んでもらった」
私がそう説明しても兵士たちは槍を下ろさない。
まあいきなりとんでもない方法でやってきて貴族の名を語るなど、簡単に信じる方が警備の兵としては失格だ。
「悪いが急いでいるんだ。胸章を見るに君たちは近衛騎士だろう? 団長を出して貰えるか。その方が早い」
「──団長は私だが」
そう言って出てきたのは見たこともない髭面の男だった。
「は……?」
「何やらうるさいと思って来てみれば……。お引き取り願おうか。地位のある貴族ならきちんとした手順を踏んで陛下の御前に来て頂きたいものだ」
男はいやらしい目つきでそう皮肉を放つ。
「ヘルムート団長はどうしたんだ……?」
「ああ、奴なら先の戦いでの近衛騎士の惨状を詫びて辞任したのさ。あれでは近衛騎士などと言える強さはなかったということだ。だからこの俺、イロニエが新団長として奴の尻拭いをしてやってるのさ」
「そんなはずないだろ……!」
責任感が人一倍強く、仲間思いな団長がそんな簡単に自分の仕事を投げ出して辞任するはずない。
十中八九、あの戦争を口実に排斥されたのだ。
「ま、そんなことはどうだっていい。──皇城の警備を務める近衛騎士団、その団長のこの俺が命じる。どうぞお引取りを」
周りにいる騎士たちも槍を下ろさない。
それは怪しんでではなく、我々を本気で追い返すために実力行使も厭わないというメッセージだ。
私たちが本気を出せば、所詮一般人の域を出ない騎士など英雄たちの力で粉砕できる。しかし皇城の敷地内で刃傷沙汰など起こせば重たい処分は免れない。
「……クソ! ここで終わりなのか……!」
父も歳三も、他の連れてきた者たちも私の判断を待っている。
こんな時孔明ならどうする……? やはり護衛だけでなくブレーンとして彼を連れてくるべきだったか……?
いや、そんなことを考えるだけ無駄だ。
だが真面目に考えたとて凡夫の私には良策など浮かばない。
皇都に着けば誰かが助けてくれてなんとかなるなどという私の甘い考えが完全に打ち砕かれた、その時だった。
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