143話 謀略

 その後も面談を続け、全ての種族の代表者と今後について話し終えた頃には真夜中になっていた。


 結論としては、人狼族やエルフなどの森に住む予定の者たちは森に一番近いウィルフリードへ。その他少数人でやってきた者たちは、一度人間の生活を体験してみるということでリーンへ送った。

 魔導通信機があったおかげでこの辺のやり取りも段取り良く進んでまだ早く終えることができた。





 それからというもの、私は内務に追われていた。

 先の戦争で戦死した人数を埋めても有り余るほどの人口の増加により、都市運営に多少歪みをきたしていた。


 大量に押し寄せる建築許可に、種族間で起きたトラブルの対応。そうしたものをひとつひとつ目を通して沙汰を下し、書類にサインするのも毎日続けば疲れも溜まってくる。


「レオ様〜、次の書類をお持ちしたにゃ〜」


 ちなみに猫人族は本当に働き先が見つからなかったので仕方なく屋敷で私の手伝いをさせている。


「ありがとう。そこに置いといてくれ」


「……レオ様〜、仕事ばかりで溜まってないかにぁ〜? いつでも夜のお相手するから呼んでにゃ〜」


「…………」


「──はいはいレオくんは忙しいから仕事が済んだら早く行きなさい」


 ……定期的に訪れるシズネとはあまり仲良くないようだった。


 正直に言って代わる代わる毎晩私の寝室へ侵入を試みる彼女らは早急につまみ出したい。

 今のところは歳三が扉の前で待ち構え、そのまま一晩猫人族を連れてどこかへ行くので私の安眠は守られている。歳三がどのように彼女らを宥めているのかは知らないし知らなくていいと思っている。


 私などはまだ内政だけに務めていればいいが、孔明は激務が続いていた。


 失った兵の補強。各種族たちの強みを活かした新たな編成。空軍の創設。

 これらを内務と共に並行して行うので、流石の孔明も平静を装う目の下にはクマができていた。


 ルーデルも最初の数日はほとんど空を舞っていたが、近頃はドワーフたちの工房に通いつめていた。

 恐らく自分の武装を作らせる為だろうが、きっと他の兵器についても何らかの協力をしてくれるはずだ。


 兵器と言えば銃の研究も始めた。

 ルーデルに歳三、そして私の三人の銃の知識を持つ者がいる訳だがなかなか上手くはいかないものだ。


 まずアサルトライフルのような連射可能な銃はほぼ実現が非現実的ではない。もっともポビュラーかつ構造も単純なAK-47ですら百近い部品があるのだ。

 これらを中世の科学力・工業力で1mmの狂いもなく作るのは不可能だった。


 ではリボルバーのような単純かつ小型なものならどうか。残念ながらこれも難しい。

 火薬が発展途上であり、小型の銃は暴発するか不発に終わるといった具合で話にならなかった。


 中世には中世らしく黒色火薬でも使えた火縄銃のような、かなり弱い銃ならなんとか形にはなった。

 しかしこの世界はフルプレートの鎧を装備した兵士同士の戦いが主である。これを撃ち抜くには火薬も銃本体も十分な威力が出せなかった。


 そして魔物すら有効ではないので驚きだ。

 ゴブリン程度ならわざわざ単発しか使えない銃より剣の方がマシであり、逆にオークなどには焼け石に水レベルのダメージしか出せない。


 斉射なら多少効果は見られたが、それなら弓矢でもいい。なんならエルフの風の魔法を乗せた弓矢の方が威力がありそうだ。

 それに魔導師の攻撃の方が強力であり、せいぜい弓兵の一部を置き換える程度の活用法しかないのだが、そこまでの資金を投入するだけの有効性もなかった。


 そんなこんなで、強力な銃器開発の前に科学力・工業力の底上げが急がれた。





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 それからひと月程経ち、内政状況の変化が落ち着いた今度はファリアの収入源である収穫の季節が顔を覗かせる頃、ウィルフリードから入電があった。


「『デアーグ=エアネスト公爵より緊急連絡。レオ=ウィルフリードに皇城参列の詔勅下る。しかし使者は来ない。皇帝の命に叛いたとして処刑する策謀あり。期限は三日後の朝。至急皇都へ参られよ』……とのことです…………!!!」


 そう伝える通信士の声は震えていた。


 私も流石に命を狙われているとは思わず、椅子から崩れ落ちる程の衝撃を受けた。


 シズネは口を手で覆い、目を丸くして私に哀しみの目を向けた。歳三の刀を握る手は怒りに震えている。孔明もかつて見たことないほど深く溜息を吐き、鋭い視線で虚を見つめた。


「通信機があって良かったな。急いで向かうぞ」


 ルーデルはそう言いながら専用の軍服に着替える。


 ファリアから二日で皇都などたどり着けるはずもない。優秀な伝令を使っても最速で丸三日はかかる。

 優秀な伝令ですら今すぐ出ても三日後の朝には間に合わないのに、特殊なスキルも持たない私が間に合う可能性は皆無だ。


「奴らが馬鹿でなければ道中にもそなたの命を狙うべく刺客を差し向けるだろう。地上は危険だ。急ぐのであれば尚更皇都へは空路で向かおう」


 ハオランもこんな状況の中、前向きに行動してくれる。


「分かった。……生きていれば用件は先の戦争についてだな。恐らく他の貴族にもお呼びがかかっているだろう。ウィルフリードに寄り父上と話したい」


「了解した。だが人間を運べる竜人は十名しかいないのだ。少数精鋭で行くぞ」


「……十人まで絞るとなると、私と父上は絶対。それに歳三とアルガー。これで四人か」


 あと六人。流石に中央の精鋭暗殺者に対してタリオでは役不足だ。

 能力的にはアルドを連れていくのもいいが、彼はウィルフリード諜報部としてカウンターテロを担当してもらった方がいい。


「孔明、案はあるか?」


 武力面で見れば孔明は戦力外だ。今回はファリアに置いていくことになる分、向こうでは私が知恵を巡らし舌戦に勝たなければならない。


「そうですね……。各部族の長、などどうでしょうか。彼らが応じてくれるかは別問題ですが……」


 迷っている時間は残されていない。一か八か、彼らの選択にに賭けるしかない。


「ハオラン、今から二時間後に私と歳三をウィルフリードまで運んでくれ。その間、手隙の竜人は人虎、人狼、その他強い亜人・獣人の族長に協力を要請してきてくれ」


「了解だ」


 仮に集まらなかったら最悪、適当にウィルフリードの騎士や腕っ節の冒険者を雇えばいい。


「──各員、皇都への準備を始めろ!」

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