142話 面談②

「──次どうぞー」


 イカれた猫人族の次は、全く正反対の気難しそうな髭面ドワーフがやってきた。


「ドワーフ代表シフバウアー。シフでいい」


 ぶっきらぼうにそう言う彼は、私たちが用意した低めのソファに腰掛けた。


「それではシフ、面談を始めよう。……まずは住居について。何か要望はあるか?」


「無い。人間が造った家など住みたくない。ワシらはワシらで勝手に造る」


 わざわざファリアへ移住を望んできたものだから大抵の種族の者たちは好意的なのだが、彼はどうやらそうではないようだ。


「了解した。それで次に仕事について、探掘と採鉱を半分に、もう半分に武器や兵器の製造をお願いしたいのだが……、どうかな?」


「やりたい奴がやりたいことをやる。それがワシらの生き方だ。何を作り何をするかは強制されない」


「……ドワーフの生き方。……それはできるだけ尊重しよう。だが人には決められた役割というものが存在する。役割を果たさなければ居場所は与えられない。それはドワーフの社会でもそれは同じではないのか?」


「…………」


 シフは黙り込む。


「別に無理やりここへ連れてきた訳じゃない。やりたいことをやるのは、法律の範囲内であれば自由にすればいいが、それは遊んで暮らしていいという意味ではない。そうだろう?」


「奴隷のような扱いを受けるのであれば帰らせて貰おうか」


「そうは言ってないだろう。エルフの森で説明会を行った時にも安全な住居や十分な金銭を提示した。私たちの求めることに協力してその対価を受け取る。このことに同意したからここまで来たんじゃないのか?」


「…………」


 正直この場で彼がごねる理由が分からなかった。


「何か不満があるなら先に言ってくれ。後がつかえているから無駄な駆け引きはなしでいこうじゃないか」


「……皇都に囚われているザークはワシの弟だ」


「ほう……」


 囚われているという強い表現から、彼の怒りが伝わる。


「幾度の帝国の侵略により、ワシらドワーフは何人も攫われ帝国で武器を作らされている。自分が作った武器が次の同胞を殺すことになると知りながらな」


「…………」


「周りの奴らがここに希望を見出したようだが、ワシ個人としては帝国の人間であるお前さんを信用できん」


「それは……、一帝国民として帝国の非道を詫びよう……」


 シフは頭を下げる私になんの言葉も掛けてはくれなかった。


「恥ずかしながら初めてそのことを知った。……ザークとは一度会って話したことがある。私の刀も彼の作品だ」


「弟に会ったのか!?」


 シフの仏頂面が初めて崩れた。


「ああ。……帝国のしたことを擁護するつもりはないが、彼は元気だったぞ。帝国は戦争によってその版図を広げることに妄執しているが、逆に言えばそのために必要なことも大切にする。ザークは広い工房を与えられて割と自由にやっていたぞ」


「…………そうか。ならいいんだ」


 彼の中にある怒りは帝国への不信感や弟の身を案じる気持ちからだろう。


「良ければ私が一筆書こう。私の許可証があれば皇都にも入れるはずだ。いつでも会いに行けばいい」


「…………」


「そしていずれはザークもこちらで暮らせるよう、上に働きかける。それでどうだろうか」


 シフの眉がピクリと反応した。

 もっとも、その上が応じてくれるかは別であるが。


「そしてシフにはこの、──このザークが打った刀を打ち直して欲しい」


 私は切先が折れた仕込み刀をシフに手渡す。


 刀を受け取った彼はまじまじと刀を眺め、刃を抜きザークの銘を目にすると落涙した。


「……分かった! 弟の想いが籠ったこの刀、ワシが預からせてもらう! 他の奴らも協力してくれるはずだ。だから弟のこと、どうかよろしく頼む」


「約束しよう」


 何とか折れてくれた。私の計画にドワーフの技術力は欠かせない。やっと必要なピースが揃ったのだ。





「それではシフ。次が本題だ。……これらを見てくれ」


 私は大量の紙を取り出す。


「な、なんだこれは……!」


 そこにはヘクセルの開発品の設計図が書かれていた。


「これは序の口だ。まずはこれを量産するためのアドバイスが欲しい。これは人間でも作れる。工程の簡略化や素材の最適化など、是非ドワーフの知恵を借りたい」


「こんなもんが実在するなんて信じられないが……」


 そう言いつつも設計図を真剣に見つめる彼の眼差しは、往年の職人そのものだった。


「では次にまだ実在していないものも見て欲しい」


 私は続いて鍵付きの箱から、仰々しいまでの丸秘マークを記した厚紙を取り出す。


「…………? すまねぇが、これはワシにも理解できん……。さっきのはまだ分かるが、これは本当に作れるのか……?」


 そこには、怪我の治療中のルーデルを椅子に縛り付け書かせた近代兵器の数々が記されていた。

 専門外である戦車や野戦砲などは外観だけだが、専門分野である航空機に関しては武装からエンジンまで事細かに説明されている。


「数百年、下手したら千年以上未来の技術力ではないと無理だな。……人間には。どうだ、ドワーフならどこまで再現できる?」


「正直なところ、何も分からんと言うしかない。やってみないと分からないが、やれるかも分からん。それしか言えん」


 私の問いかけに応じてはいるが、彼の頭の中は初めて見る工業製品に埋め尽くされている。


「この情報は口外厳禁だ。場合によっては暗殺部隊を向かわせこの情報を知るものを始末することも有り得る」


「ああ、そうした方がいい。お前さんの言うことが間違っていないと、ワシにもそれぐらいは分かる」


「金はいくらでも出す。それはこの横にいる孔明の仕事だ。だからドワーフたちにはこれを再現することを目指して欲しいんだ。どんな大きな工房でも何人のドワーフでも集めてくれていい」


 孔明のスキルで天候による不作もなく、私の近代的な農業知識によって農業が行えるファリアは金には困っていない。

 今後は鉱山からの収入も増えるだろう。


「……正直、こんなもんが作れるなら死んだっていい。そう思うぐらいこれはとんでもない魅力があるぜ」


 武器の勝手な作製は帝国ではご法度である。しかし中央との対立が目に見えている今、もはやそんなものに縛られる筋合いもない。


「とりあえずお前さんの希望に添えるかはともかく、一度仲間に持ち帰らせてくれ」


「それは再現に向けて働いてくれるということでいいか?」


「こちらから作らせてくれと頭を下げたいくらいにはな」


 時代を動かす者は、いつであっても戦いを恐れてはいけない。

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