141話 面談①

「──えー、蜥蜴人族(リザードマン)の代表の方、どうぞ」


 午後からは面談の為、右に孔明、左に書記官を置いて応接室に詰めていた。


「失礼します……」


 入ってきた男は柚葉色をしたやや光沢のある鱗が全身を覆い、ギョロっとした目で私を見つめた。蜥蜴人族はトカゲをそのまま二足歩行にしたような見た目をしている。


 そこが彼ら亜人・獣人が言う「上位種」「下位種」といった区分の由来だろう。竜人や人狼はほとんど人間に近い姿と本来の獣の姿を使い分けるが、蜥蜴人や犬頭族(コボルト)は獣をそのまま立たせたような姿である。


「蜥蜴人族の代表アイデクスです。ハオラン様の言い付けにより、我々蜥蜴人族もこちらでお世話になりたく参りました」


 無骨な見た目や声とは裏腹に、アイデクスは丁寧な言葉使いで深々と頭を下げた。


 私は内務官がまとめてくれた書類をめくる。


「リザードマンは水場があれば住処はどこでもいいとの事だったが、ファリア近くの川でも大丈夫だろうか。本来リザードマンは沼地を好むと聞いているが……」


「水の気があれば岩場でも大丈夫です」


「なるほど。では家屋などの用意は必要か? 他にも要望があれば今聞いておこう」


「そうですね、特にありません。ただ食事は川や湖で魚を獲るのが我々の生活スタイルですので、地元漁師の方とトラブルにならなければよいのですが……」


「分かった。その点についてはこちらから話を通しておこう。元からファリアは農業中心だからそこまで心配する必要はないぞ」


 私の言葉を受けてアイデクスは安心したように「ありがとうございます」と頭を下げた。


「それでは次は仕事についてだ。何か担当したい仕事はあるか?」


「いえ、どんな仕事でも精一杯やらせて頂きます。……ただ我々は細かい仕事が苦手な種族です。文字を書けぬ者がほとんどで、できることは限られています」


 彼の手を見るにペンを持つのは難しそうだ。


「よし、では街の警備を任せよう。その分兵士は訓練に充てる時間が増えるのでな」


「それでは我々も戦争の際は遠慮なく最前戦に置いてください」


「……いや、それは場合による。それが必要だと考えればそうするし、そうしないかもしれない。私は亜人・獣人だからと言って命の重さを差別したりはしない」


「…………! ……分かりました。レオ様のお心も知らずに無礼なことを申しました。大変申し訳ありません」


「頭を上げてくれ。私はあなた方の上位種・下位種といった考え方は採用しない。長年の文化を否定もしないがここでは無駄に竜人に対して萎縮する必要もない。……今の話はハオランにな内緒でな」


「なッ……! そ、そんなことが……! ……本当に貴方は伝説に登場する神のようなお方だ……。本当に……! 本当にありがとうございます!」


 “伝説”というワードが聞こえてきて私は若干ドキリとしたが、竜人に伝わるそれとは関係ないよかった。


「今日のところはこんなところだな。また何かあれば遠慮せず伝えに来てくれ」


「ありがとうございましたッ……!」


「あっ、ちょっと──」


 アイデクスはぼろぼろと涙を流しながら応接室を後にした。

 あれでは廊下で待っている次の代表者が何事かと驚いてしまうだろう。


 だがアイデクスは私の声も届かないほどおんおんと声をあげて泣いたまま去っていった。





「リザードマンは良い性格をしているな」


「はい。戦場で見た獣人とは違った姿に、私の中の意識を改めねばと思いました」


 蜥蜴人族とはファリアの人々も上手くやっていけそうだ。





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





「次どうぞ──」


「よろしくお願いしますにぁ〜」


 入ってきたのは若い人間の女性に猫耳と尻尾を生やした姿の獣人。手元の書類によると、これは猫人族の女のようだ。


「名前をどうぞ」


「猫人族代表のミーツにぁ〜。人虎の野郎に言われて来てやったにぁ〜」


「ん? 猫人族は人虎に従っているのか?」


 ミーツの姿を見るに、猫人族は妖狐族と似たようにほとんど人間に若干の獣要素を合わせた見た目をしている。

 一般に彼らが言う下位種ではない。


「そういう訳じゃないにぁ? でもミーツたちは自分が得になると思った方に動くだけにぁ〜」


 イエネコのイメージが強すぎるが、猫とは世界中で自然界を破壊している強力な捕食者である。

 見た目のその甘い声に油断してはいけない。


「まぁ君たちがどう考えてここに来たかは自由だが。……それで、まずはどんな住処が必要だ?」


「レオ様の所がいいにゃ〜!」


「は? ……猫人族は十名来ているようだが、悪いが屋敷にそんなに招くことはできない」


「そんな〜、酷いにぁ〜。ミーツたちは家もなく野垂れ死んじゃうにぁ〜……。しくしく、にゃんにゃん」


 ミーツはわざとらしく椅子から崩れ落ち、大きな瞳から零れた涙を丸めた手で大袈裟に拭き取る。


 私は彼女の大根芝居に少々イラついたが、流して話を続ける。


「ゴホン! ……家は別にちゃんと与える。それでは先に仕事を決めよう。仕事場に近いところに家を用意する」


「仕事はひとつだけにぁ〜。そ・れ・は、レオ様へのご奉仕にぁ〜♡」


 そう言いながらミーツは筒を握るように手を丸めそれを舐りながら上下に動かすという大変下品極まりないポーズをしだした。


「──孔明、笑ってないでコイツをつまみだせ」


「……いえ失礼。ふふ、レオがまさか美女連環の計を使われるとは。ははは! ──痛たたた、あぁ、お腹が痛くなります!」


 孔明はリカードが呂布でこの女が貂蝉だと言うのか。だとしたら私は董卓ではないか。なんと不名誉な。


 抱腹絶倒している孔明と呆れ半分怒り半分の私の様子を見て、秘書官が慌ててミーツをつまみ出した。







「孔明。猫人族はまともな要望をまとめて書類として提出するまで屋敷に入れるな」


「了解致しました。……ふふ、ですがレオ、世継ぎについて考えるのも大切ですよ。あなたはもうすぐ十五。この国での元服を迎えるのですから」


「だとしてもあれはないだろう。あそこまでわかりやすいハニートラップもないぞ」


「ははは! そうですね! ああ可笑しい!」


 こんなに笑っている孔明は初めて見た。

 できればもっとマシなもので笑ってもらいたかったが。

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