65話 謁見
「それでは参りましょうか」
ファルテンは穏やかな笑顔で手を差し向けた。
「いよいよだなレオ」
「あぁ……」
私は深く息を吸い込んだ。心臓が高鳴るのを感じる。
自分たちなら上手くやり通しファリア獲得ができるのだろうという期待。だが下手をすれば、言葉通り首が飛びかねない恐怖。
孔明もやっと全てを飲み込み、真剣な目線を向ける。
「あまり肩肘張らずにいつも通りやれば良いのですよ。自ずと結果は付いてくるものです」
「そうだな。さぁ、行くぞ!」
「……はい!」
父に背中を叩かれ、一気に気合いが入った。
私は父と肩を並べ、ファルテンに従い歩き始める。歳三と孔明はその後ろを歩く。
異世界の英雄、土方歳三、諸葛孔明。彼らを従える私レオ=ウィルフリードは英雄王なんぞと呼ばれたりする……。
そして誇るべき帝国の英雄ウルツ=ウィルフリード。
父は魔王領まで出向き、少ないとはいえ魔物やモンスターを倒し北方での安全を確保した。
私たちは数倍もの兵力で虚を突き謀叛を起こしたファリアを鎮圧した。
何も恥ずべきことは無い。ただこの事を、王国の弱みという手土産を携えて陛下にお持ちするだけだ。きっと分かってくださるだろう。
一歩一歩、皇城の床を踏みしめ、心を落ち着かせる。
いくつかの階段を登り、かなりの距離の廊下を歩いた。
窓から見える皇都の街並みは、もはや私たちがどこから来たのか忘れてしまうほど小さく見えた。
皇城の奥は想像よりも静かであった。
すれ違う兵士たちは皆すぐに脇に避け、敬礼をして私たちが通り過ぎるのを待つ。もちろんそこに会話はない。
最後に、今までより幅が広くなった階段を登ると、そこには一際大きな扉があった。
今まで口を開かなかったファルテンがゆっくりと振り返り、穏やかに私たちに告げる。
「……この扉の向こうに陛下がいらっしゃいます。心の準備は良いですね?」
私は強く拳を握りしめる。
「はい……!」
「うむ。ファルテン殿、頼んだ」
父は私の肩に手を乗せ、ファルテンにそう言った。
その言葉を聞き、彼はそっと扉を押す。
中肉中背なファルテンよりも一回り大きいその扉は、彼が軽く触っただけで軽妙な音を立て開いた。
扉が完全に開くと、中から甘ったるい香水の香りが吹き抜けてきた。
ファルテンが姿勢を正し、レッドカーペットの上を歩く。
私たちもそれに合わせて謁見の間に足を踏み入れた。
中は眩しいほど明るかった。
天井は大きなステンドグラス。両脇の壁はほとんどが窓で、そこから風が入り込んでいるのだとカーテンの揺れが知らせてくれた。
逆光の中を前に進む。
と、その時、ファルテンが突然跪いたため、私の視界は一気に開かれた。
そして、遂にその人物に会えた。いや、ご尊顔を拝見した、とでも言うべきか?
金の玉座に君臨する皇帝。その男は白地に金の刺繍を施した服に赤いマントを身につけ、白髪が波打つ頭には輝く王冠が乗っている。
そして左の片肘を突き、右手で長く真っ白な髭をもしゃもしゃと触りながら、私たちを見下ろしている。
その横に座っているのは皇妃であろうか。真っ白なドレスにベールを纏っており、顔はよく分からなかった。
中央に皇帝、左に皇妃と来て、右には三人の人物が立っていた。
一人は頭一つ飛び出たのっぽで少しふくよかな男。彼は柔和な表情を見せ、この厳かな雰囲気の中でもリラックスしているように見えた。
もう一人は鋭い目付きの男。睨んでいる、とまではいかないが、どこか不快そうで面倒くさがっているような表情と立ち方をしていた。
一番端で立っているのは私と同い年という皇女だろう。彼女は床に引きずるほどの白と黒のドレスを着ている。その姿は十歳には見えないほど大人びていて美しかった。
「レオ、早く跪きなさい……!」
そう父に言われ、初めて父が頭を下げていることに気がついた。私も慌てて片膝を地につけて、母から習った臣従儀礼に従う。
頭を下げたついでに後ろをちらりと確認したが、歳三は刀を右脇に置き私たちの平伏を真似している。
孔明はいつものように手を袖の中で組み、前へ突き出し頭を下げる。なんとなく察したのかいつもより腰を落としているようだ。
「陛下!ウィルフリードからの者をお連れしました!」
ほんの少しの間を経て、陛下がその口を開いた。
「……ああ。もう下がって良いぞファルテン」
「は!かしこまりました!……では失礼致します!」
あれほどおめかしをしたのに、ファルテンはさっさと下げられてしまった。
ということは、私の前で壁をしていた彼が消え、何も隔てることなく陛下と対面していることになる。
「───帝国の英雄、ウルツ=ウィルフリード。そして英雄の子、レオ=ウィルフリード。良くぞ皇都までやって来た。我が名はカイゼル=フォン=プロメリトス。プロメリア帝国の皇帝である。……面をあげよ」
「は!」
父がスっと顔を上げたのを見て、私も陛下と視線を合わせる。その目は鋭く、どこか冷たく感じた。
「……その後ろの者はなんだ?」
陛下が私たちに問いかける。これは私がお答えしなければならない質問だ。
「はい!彼らは私のスキルで召喚した、異世界の英雄です!」
「異世界の……、英雄…………?」
「私の名は土方歳三。ウィルフリード陸軍副将並びに軍事治安部奉行にございます」
父や一応の主君である私にも砕けて話す歳三の敬語を初めて聞いた。だが、何故か様になっているから歳三はずるい。
「私は諸葛亮。字あざなは孔明。今は決まった役職に就いておりませんが、軍師としてレオ=ウィルフリード様に使えております」
国ではないので丞相まではいかないが、帰ったら孔明にもウィルフリードでトップクラスの位を与えなければと胸に刻んだ。
「……ほう、その方たちが…………」
団長、或いはその他の近衛騎士から聞いたのだろうか。陛下の口ぶりは歳三たちのことを知っているかのようであった。
「人物の召喚、それも世界すら超えた英雄の召喚という前例なき奇跡。レオ=ウィルフリードよ、褒めてつかわそう」
「はは!勿体なきお言葉!」
陛下に名前を呼ばれ、心臓が飛び出るのではないかというほど胸が高鳴った。
しかし、ただ天から与えられたスキルにお褒めの言葉を頂け何よりだ。
これなら本題であるファリア接収についても……などと、甘い期待が私の心に芽生えた。
この私の心のささいな揺れ動きが、後に「英雄王の上表」と呼ばれ歴史に残る大事件に発展してしまったのだった。
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