66話 英雄王の上表
「───さて、本題といこうか」
「は!」
「まずは我らが英雄ウルツ。北方魔王領遠征の任、ご苦労であった。……その内実を本人の口から聞かせよ」
「有り難きお言葉!……魔王領につきましては、既にご報告申し上げたように、魔物やモンスターの活動は著しく衰退し、これも陛下の度重なる憂慮による北方遠征の成果と思われます!」
父は、恐らく用意していたであろう口上をスラスラと話した。その言葉に陛下も満足したのか、ゆっくりと頷いた。
「うむ。近年奴らの攻撃が活発であったが故に帝国の英雄を差し向けたのだ。だが今後はそのような心配もないだろうな」
「は!」
「それでは遠征にかかった費用と僅かばかりの恩賞を送ろう。……持ってまいれ」
陛下が軽く手を上げ合図をすると、どこからともなくの二人の兵士が現れ、一つの大きな箱を運んできた。
その箱をドスンと父の前に置く。
「確認せよ」
「では失礼致します」
父が帝国の文様が施された箱を丁寧に開けると、中には帝国の大金貨がぎっしり詰まっていた。
「そしてもうひとつ。北方の平定を成したとして北鎮将軍の位と勲章を授けよう」
「しかし陛下!私は何も……!」
「よい。帝国の英雄が魔王を鎮めたとあれば民らも安心するであろう」
「…………!陛下の民を思いやるその深慮、感嘆の思いでございます!」
「ふ……。こちらへ参れ」
父は言われるままに前へ進み出た。
その様子を見て、第一皇子が横の台に乗せてあった剣と勲章を陛下に手渡した。
「……ここに長年の魑魅魍魎との戦いに終止符を打った功を賞して、ウルツ=ウィルフリードに地位と名声を約束する!」
「謹んで頂戴致します!」
父は小さなケースに入った勲章と剣を受け取った。
またあの服に勲章が増え、父の部屋に飾られる剣所を想像すると、私まで誇らしくなった。
「次に、レオ=ウィルフリード」
「……ッァ!は、は!」
他のことを考え浮かれていたからか、突然話が私に変わって盛大に噛んだ。
「ははは!そんなに緊張しなくて良い。お前と同い年の我が娘など、ここに立っているだけでも精一杯なのだ」
「も、申し訳ございません!」
皇女殿下は陛下の言葉に、ほんのちょっとムスッとした表情を見せた。
横の第二皇子は早く終わりたそうにつま先をカタカタと忙せわしなく動かしている。
第一皇子は相変わらず、のほほんとした顔でこちらを見ているだけだった。
「ああ。……ではレオ。本題はもちろんファリアの反乱についてだ」
「は!」
「父の不在を狙ったファリアに対し、寡兵ながら見事撃破したその勇姿、ヘルムートから聞いている。英雄の子に恥じぬ働き、褒めてつかわそう」
「あ、ありがとうございます!」
「して、ウィルフリードでは『英雄王』などと呼ばれているようだな」
それが陛下の耳に入っているのはまずいかもしれない……!
皇帝が治めるこの国において王を名乗るなどというのは、あまりに挑発的過ぎる……。
「た、大変不遜な真似をどうかご容赦ください!」
「いや、なに、怒ってはいない。……その異世界の英雄を引き連れ戦う姿はさながら『英雄王』と称するに値するだろう」
「か、寛大なお心、感謝申し上げます!」
絶望に取り囲まれるウィルフリードの人々を勇気づけるためにシズネが書き記した『英雄王』のチラシ。なんとか、彼女を含め我々の首が飛ぶことはなさそうでよかった。
「我が怒っているのはむしろバルン=ファリアだろう。……彼奴の処遇、如何様にすべきか、忌憚なき意見を申してみよ」
それは年端もいかない『英雄王』とやらの実力を試しているかのようであった。
だが、私たちには一枚の切り札がある。アルドが掴んだこのファリアと王国との関係を示す証拠。それを使うのは今しかないと、私は確信していた。
「陛下!それついて重大な機密事項を入手致しました!」
父が懐から一枚の紙を取り出し、陛下に献上する。
「…………ほう。……それで、これを我に見せてどうしようと言うのだ?」
あくまで冷静を装っているが、紙に書かれた内容を読んだ時、微かに目を見開いたのを私は見逃さなかった。
「恐れながら申し上げます。……もう幾月の後に、王国との同盟は解消されてしまいます。そこでこの書状は王国にとっての『弱み』となり、交渉を優位に進めることができるのではないかと愚慮致します」
「……確かに。それで、お前の要求はなんだ?タダでこれをくれてやるという口振りではないな?」
私は覚悟を決めた。
「は!此度の戦いで、ウィルフリードの城壁は破られ、街は火の手に包まれました。更に、卑劣なるファリアの蛮行により周囲の畑は荒らされ、収穫前の作物は刈り取られました」
「……で、なんと申す」
「……ファリアは以前より帝国の腹を満たす穀倉地帯としてその役割を果たしています。加えて、近頃は鉱山の開発にも着手したとか。それは建築に使う石材の産出も含まれる。───つまり、彼らは私たちが最も欲しているものをちょうど持ち合わせているのです!」
「…………」
「我々に!ウィルフリードに!ファリア併合の許可を頂きたく存じます!」
「バカなことを言うな!」
そう口を挟んだのは第二皇子だった。
「たかだか向かってきた敵を倒しただけで、なぜ攻めてもいない領地を奪おうなどと考えつくのか!……父上!このようなふざけた真似を許してはなりません!」
第二皇子は眉を吊り上げながら、離れた私まで唾が飛ぶのではないかと思うほど語気を強めながら叫ぶ。
両隣にいる第一皇子と皇女殿下は無反応だ。
「黙れボーゼン」
「……な!ですが此奴らは!」
「黙れと言っているのが聞こえないか」
「…………クッ!」
第二皇子ボーゼンは渋々引き下がる。しかしその目は蛇の如く私を強く睨みつけていた。
「レオ=ウィルフリードよ、お前の言いたいことは分かった。そして、この書状が王国との交渉において相当な価値のあるものだともな」
「ご理解頂き感謝申し上げます!それでは───」
「だが、ボーゼンの言う通り、それだけで自ら占領した訳でもない領地を簡単に与えることはできない。……それが英雄の子、『英雄王』レオ=ウィルフリードであったとしてもな」
「そ、そんな……」
初めから厳しい交渉であるとは分かっていた。
だが、アルドの掴んだこの情報と、陛下の私たちに対する想像以上の好感触には期待を抱かざるを得なかった。
ウィルフリードの未来を大きく左右するファリア併合。それを否定された今、私の心は完全に打ち砕かれた。
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