53話 新たな街

 リーンの街並みは落ち着いていて綺麗だった。

 ウィルフリードのような活気はないが、程よい自然と人々の共存といった雰囲気だ。


 ウィルフリードは対王国最前線の街だから、防衛施設がガチガチになっている。

 対するリーンはウィルフリードよりも皇都側で、さらに王国とは森を挟んでいるため城壁も低く、開放感を感じる。


「リーンは人口一万に満たない程の小都市だが、ザスクリアは少ない兵を率いて俺と共に戦場を駆け抜けた英雄だ。レオも挨拶しておくに越したことはない」


 父は私にそう言う。


 考えてみれば、この世界に生まれてこの方ウィルフリード以外に出かけたことがない。せいぜいウィルフリードに属する周辺の村程度だ。

 つまり、外の人間と会うこと自体初めてだ。


「分かりました!」


 私は新たな出会いに胸を躍らせ、少し不安の混じった思いを抱えながら、もう少しだけ馬車に揺られた。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「こちらがこの街の迎賓館です!」


 馬車は我が家よりは少し小さい屋敷の前に止まった。


 迎賓館の前にはアルガーらを乗せていた馬車も止まっている。


「ようこそいらっしゃいました!本日はこちらにお泊まり頂くよう領主から言伝を預かっております。領主が来るまで暫しお待ちくださいませ!」


 中から人当たりのいい老人が出てきた。どうやら彼がこの迎賓館の主人らしい。


「何の連絡も無しにすまないな」


「いえウルツ様!お荷物お持ち致しましょう!」


 私たちは馬車を降り、主人に案内されるまま中へと足を踏み入れた。


「…………へェ!コイツはスゲェじゃねェか!」


 中は絨毯が敷き詰められており、天井にはシャンデリアがあった。

 うちの屋敷も劣ってはいないが、ここまで豪華絢爛を尽くしてはいない。


「リーンの街は皇都とウィルフリードやファリアなどの街との中間地点。宿場街として発展したのですよ!───と、これは失礼…………」


「よい。ファリアの話は終わった事だ。……いや、これから、とも言えるがな」


「それで皇都まで……。それはそれは…………」


 慌てて頭を下げる主人に父が応じる。

 リーンもファリアと剣を混じえた以上、腫れ物扱いも仕方ないように思える。





「長旅お疲れでしょう。それに盗賊に出くわしたと伺っております。まずはこちらにお掛けください!」


 主人が手を指す先、長机の上には、大量の料理が並べられていた。


 湯気立つスープの香りに、思わず私のお腹が音を立てた。

 朝は急いで適当に詰め込み、昼は盗賊のせいで食べ損ねていた。


「このような美しい場所でご馳走にありつけるとは、まさに紅灯緑酒こうとうりょくしゅ!レオ、早く食べましょう!」


 孔明は羽扇を仕舞い、隠しもせずに満面の笑みで私にそう言った。

 歳三も、言葉には出さずとも、待ちきれないといった様子で唇を舌で濡らしている。


「父上!」


「あぁ、頂こうか!」


 父の言葉を聞くと真っ先に飛びついたのは孔明だった。


「まさに垂涎の一品!ほら、レオも食べましょう!」


「落ち着け孔明、料理は逃げないさ」


 父が一番奥に座り、私はその横に座った。


 私はナイフを手に取り、特大のステーキを切り分けフォークで突き刺し頬張る。

 噛めば噛むほど肉汁が溢れ出し、口の中に幸せが広がった。


 左に座る父も、右の歳三と孔明も、空腹を満たすためには余りに豪華な食事を堪能していた。

 男四人が肉にがっつく姿は、マリエッタが見れば卒倒するだろう。


「美味いなレオ!うちでも毎日これを出してくれよ!」


「流石のウィルフリード家と言えども破産してしまうよ」


 ハハハと食卓に笑い声が飛び交った。


 こんな楽しい時間を過ごしたのは久しぶりだ。そう思いながらスープに口を付けたその時だった。





「───ん?おぉアルガー、どこに行っていたのだ!さぁ、お前も一緒に頂こうかではないか!」


 アルガーはまだどこか機嫌を悪そうにしていた。


「どこに行ってたも何も、盗賊共の後始末ですよ!ちゃんとこの街の冒険者ギルドに届けて来ました」


「そうか!それはそれは!さぁ早く食べよう!」


「はぁ…………」


 なんだかんだ言って、アルガーも空いている席に着くと、美味しそうに料理を食べていた。

 どちらかと言うと酒の方がよく進んでいたようにも見えたが……。


「そうそう、兵たちには金を渡して街の店で食べるように言っておきました。彼らにはこの街の宿で寝てもらいましょう。我々だけここに泊まって、兵士は野宿でらあんまりですからね」


「それがいいな!」


 ちゃっかりアルガーもこっちに泊まる気なんだと思いはしたが、口に出すのはやめておいた。


「そう言えば、アルガーにはまだ孔明を紹介していなかったな」


「はい、レオ様。軽くタリオから聞いてはいますが……」


 それはろくでもないことを聞いたに違いないだろう。


「これは失礼致しました。私は諸葛亮孔明。レオの軍師としてこちらの世界へ参りました。以後お見知り置きを……」


 孔明は食事の手を止め、腕を組みお辞儀をした。


「アルガーよ。そのうち軍師殿の腕試しをしたいのだが、どのようにやれば良いと思うか?」


「…………はぁ。うちのトップがこの調子で申し訳ありません。どうかレオ様は正しい方へ導いてあげてください」


「ふふふ、分かりました……」


 ……アルガーはこの先も苦労人枠なんだろうなと思った。

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