54話 女傑、ザスクリア=リーン
「領主様がいらしたぞ!」
使用人たちの騒ぎ声に、私たちは料理を貪る手を止めた。
「ザスクリアのやつが来たか!」
父はナプキンで口を拭った。まだ髭にソースがちょっと付いている。
「ハァーイ!ウルツ!無事に魔王領から帰ってこれたようで何よりだわ!」
「うむ!そっちも健勝そうでなによりだ!」
「え?じょ、女性だったんですね……」
父と共に戦った軍人と聞いていたから、てっきり男だと思っていた。
ザスクリアと呼ばれる彼女は、父と同年齢と考えれば三十そこらのはずなのに、二十代前半と言われても怪しむ余地もないほど綺麗だった。
波打つロングのブラウンヘアーと程よく焼けた肌が健康的な雰囲気を出している。
だが、グレーのズボンに黒のジャケットを合わせるといったカジュアルな格好の下には、筋肉の角張りが見て取れた。それは父に見る騎士の姿だった。
「レオ君も生きてまた会えて嬉しいわ!」
「えっと……、援軍ありがとうございました。おかげさまで生き長らえました。そしてまたって言うのは……?」
「まずは〜!……お礼を言えて偉い!」
そう言うとザスクリアはしゃがんで私と同じ目線の高さに合わせ、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
それはあまりにいきなりのことで、私は動揺を隠せなかった。
「ま、忘れててもおかしくないわ!一度だけ、レオ君が六歳の誕生会で挨拶しただけだものね!」
そういえば、居たような気がしないでもない。なにぶん極度の緊張の中で、沢山の貴族と挨拶をして回ったのでほとんど覚えていない。
「いやはや、ザスクリア!援軍感謝する!今日はその礼をしに来たのだが、返ってこのように気を使わせてしまってわるいな!」
「援軍の礼はあの盗賊たちの首でチャラにしてあげるわ。どの道軍を出して討伐する予定だったから。そ・れ・と……」
彼女は立ち上がり、今度は父の方へ歩く。
「お髭にソースがついてるわ。ルイースちゃんが怒るわよ?」
そう言うと、彼女は指で父の髭をなぞり、そのソースをそのまま口に運んだ。
「おぉ、これは失敬……」
「───うん!ウチのシェフの腕は確かね!」
あーあ。これは母上に告げ口せねばなるまい、と思った。
母を怒らせるのはザスクリアの方だ。
「それで?アルガー君はまだウルツの保護者をやってるわけ?いつでもウチに移籍していいのよ?」
「は、ザスクリア様。勿体ないお言葉感謝します。ですが、今もウルツ様には大変お世話になっており、そのお誘いはお断り申し上げます」
人前ではちゃんとしてるアルガーは、胸に拳を当て敬礼しながら頭を下げる。
「あらあら、またアタシ振られちゃった?」
「いい加減お前も所帯を持ったらどうだ」
「……そんな親みたいなこと言わないでよ…………」
ザスクリアはわざとらしく肩をすかしてみせる。
「───で、アタシが来たのに手も止めないコイツらはなんなの?」
そう言われて始めて歳三と孔明はナイフとフォークを置いて立ち上がった。
「こ、これは私の部下が失礼しました……!」
たまらず私が即座に謝った。
「ふぅん、レオ君がいっちょ前に家来引き連れてきたんだ……。オシャレな腕輪までして……。すっかり大人になったね!」
「ふふふ、これは大変失礼致しました。私は諸葛孔明。レオの軍師として召し抱えられております。以後お見知りおきを……」
「俺は土方歳三っていうモンだ。レオの護衛なんかをやってる」
孔明に至っては、ザスクリアの出方や対応を試しているのか、それともただお腹が空いていたのか分からない。
歳三は元から飄々としているので、それほど気にとめていなさそうな様子だ。
「護衛って……。ウルツやアルガー君がいれば、軍隊でも寄越さない限り大丈夫でしょ?そして軍師なんて雇って、どうしたのよウルツ」
「いや、この歳三は俺と一騎打ちで負けずとも劣らず。軍師殿の実力は計り知れないが、レオの能力によると相当の手練てだれのはずだ」
歳三はどこか小っ恥ずかしそうに鼻を擦った。
孔明は羽扇の下で不敵な笑みを浮かべている。……いや、もぐもぐ咀嚼してるのか?あれ。
「ウルツと同じレベルの化け物がそうそういてくれてはたまらないわよ。ん?もしかしてあの日に戦ってた人……?……まぁ、レオ君を守るには十分そうではあるわね」
ザスクリアはそう言いつつも、なお疑いの目を歳三に向ける。
見慣れない服装に見慣れない武器。そして顔つきも異なる歳三をそうそう認めることが出来ないのは、武人の意地なのだろうか。
そして余程父のことを信頼しているのだ。
確かにあの日は歳三が敗北したとはいえ、それなりに戦えていた。それでも認められないのは、やはり生死を共にした戦友への厚い信頼から来るのだろう。
「……てことは、こっちの軍師様もレオ君のスキルから……。ちゃんと能力を使いこなせて偉い!」
「あ、ありがとうございます」
母の優しい感じとは違い、かなり勢いのあるザスクリアとの出会いに、私は終始押されっぱなしだった。
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