52話 首狩りアルガー

 ふらりと一歩を踏み出したアルガー。辺りを血とともに赤で染める落ち葉がカシャリと音を立てた。


 横一文字に構えた長剣が木漏れ日に妖しく輝く。


「───ハァ!!!」


 アルガーのマントが翻った。そう思った瞬間には、アルガーの姿は盗賊の向こうにあった。

 手には韋駄天のビッツ君の首を提げていた。


 かつてビッツ君だった物体はその場にバタンと転がった。


「流石はアルガー隊長だ!」


「首狩りアルガーは今も健在だったか!」


「え、く、首狩り……?」


 アルガーは兵士たちの歓声など気にもとめず、アルガーは次の敵を見定める。


「ま、待ってくれ……!降参だ!」


「今更?」


 マントが翻った次の瞬間、やはり盗賊の死体がひとつ増え、アルガーの手には二つの首が提げられていた。


 片手であの長剣を操り、しかも敵の首をかっさらうとは。普段は父や歳三の影に隠れるアルガーも、十分に化け物だ。


 それは首狩りアルガーなどと言う、恐ろしい二つ名も付けられる。いや、そうでもしないと、我が父という異次元の強さの男と肩を並べることなど出来ないのか。




 結局、アルガーが参戦してから一瞬で、盗賊たちは物を語らぬ屍と化した。

 新技を試す歳三や、持て余した魔力をここぞとばかりに使い次々に魔剣を召喚する父と違い、アルガーは粛々と一撃で盗賊を仕留めた。


「アルガー……、そんなに急ぐことないだろ……?」


「ではウルツ。自分で言ったことくらい守りなさい。肩透かしをくらった魔王領遠征から暴れ足りないのは分かっていますが、余りに楽しみ過ぎです。仮にも彼らは盗賊として本気で我々を殺しに来ていたのですよ?それをあなたは───」


 父がアルガーに説教されている姿は、息子として見ていて恥ずかしい。タリオが居なくてよかった。


「──────ふぅ。……さて、魔物が集まっては大変だ。死体も回収して次の街まで運ぶぞ!武器や身に付けているものも忘れずに集めろ!盗品を持ち主の元に返すんだ!」


「は!」


 アルガーの指示で、兵士たちは一斉に剣を納め、後片付けに移った。


 父は少ししゅんとしながら血塗れの鎧を拭いていた。

 歳三も血糊でべっとりとした刀を振るい、布で拭き取ってから鞘に納めた。


「ふふふ。個人規模の戦いでこのレベルとは……。これが十万、百万と集まった戦争ではどうなってしまうのでしょう……。ふふふ……」


 結局、最後まで楽しそうにしていたのは孔明だけだった。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 情けない父の姿を垣間見た戦いだったが、改めてこの数名だけで小国を蹂躙することもできるのではないかと思うほど興奮したのも事実だ。


 盗賊の頭領は名前すら分からぬまま生首に成り果てたが、この規模で動いていたということはそれなりに幅を効かせていただろう。

 それを片手間で瞬殺する辺り、帝国の英雄と冠される父や最強のウィルフリード陸軍の片鱗を伺えた。


「今度は我々が先行します。問題はこちらで対処しますのでごゆっくりお休みください」


「ううむ……」


「お、おう……」


 アルガーはぶっきらぼうにそう言い、兵たちを乗せた馬車に戻るとすぐに走り出した。

 私たちの馬車もそれに続く。


「年甲斐もなくはしゃぎ過ぎたな……」


「あァ……。近藤さんに怒られるより怖かったぜ……」


 二人は苦虫を噛み潰したような顔を見合わせそう言う。


 まぁ、何はともあれ無事に森を抜けることができてなによりだ。


「───父上。そう言えば、アルガーはどんなスキルを持っているんですか?あの身のこなし、常人とは思えません」


「うむ。アルガーは基本的な身体強化系のスキルしか使えないぞ。貴族の出ではないからな」


「そ、それであの剣戟を!?」


「そうだ。一般人の到達できる最高点はアルガーだろうな。もしアイツに貴族のような特殊スキルがあれば、間違いなく俺よりも強い」


「そんな事があるんですね……」


 父がそこまで言うならそうなのだろう。


 二人は王国との大戦を共に戦い抜いた戦友だ。

 あの強さは、幾度の死線をかいくぐって来たからこそと言える。


「それに、怒らせたら母より怖いぞ……」


 母があんまり怒っている所を見たことがないから分からないが、アルガーはだいぶ怖かった。


 歳三は崩れた髪を整え、腕を組んでぼんやり流れる景色を眺めている。

 孔明は鉄扇をどこかに仕舞い、また羽扇を出して何やら考え事に耽っていた。





 森を抜けしばらくすると、一つ目の目的地、リーンの街が見えてきた。


 いつの間にか日も傾き初め、後ろを振り返ると紅葉に染まる森が、紅の海のように蠢いていた。


 先に到着したアルガーらが門番と話しているのが見えた。

 事前に連絡をする暇もなかったので、恐らくあちらも突然の客に困惑しているだろう。


 少しすると兵を乗せた馬車が門を通され、街の中へ消えていった。


 私たちの馬車も門に差し掛かり、門番がこちらに近づいて来た。

 父が馬車を降り、門番と話す。


「ウルツ様、長旅お疲れ様です!お話はアルガー殿から伺いました!すぐに領主に連絡しますので、このまま来賓用の別荘へお進みください!案内の兵が先導します!」


「突然の訪問、すまないな。了解だ。ザスクリアにもよろしく伝えといてくれ」


「は!」


 門番が敬礼をしながら後ろに下がった。


 ザスクリアとはこの街の領主の名前だろうか。


 父が馬車に乗り込むと、再び御者は馬を歩かせ始めた。

 前には一騎の騎兵が先導している。





 なんやかんやあったが、こうして私たちは一つ目の街リーンへ入ることができた。

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