51話 盗賊襲来
「さぁ、行こうか!」
次の日、まだ朝日も登りきらない頃、私たちは皇都へ向けて出発した。
父一人で兵士百人に値すると言われるぐらいなので、正直に言うと、この辺りの森に出る盗賊やモンスター程度には警備も要らない。
だが、それでは格好がつかないということで、アルガー率いる別働隊も共に皇都まで行くことになった。
貴族の乗る高級馬車とはいえ、男四人が座るとかなり窮屈に感じた。
香で焚きつけた長い髪を風で揺らす孔明と、単純にハンサムな歳三でなければ耐えられなかっただろう。
「道中、ファリア鎮圧戦で援軍を差し出してくれた領地に立ち寄り礼を言うことにする。今日はリーンで一泊だ」
「分かりました」
皇都から急行で援軍が来たおかげで私たちは助かった。それは団長が騎兵のみの編成で、ウィルフリードまでに通る領地から騎兵を借りて少しずつあの大軍を作った為だ。
ヘルムート団長には直接礼と食事を振舞ったが、同じく援軍を出し救ってくれた地方領主たちにはまだだった。
そう言えば、三日ほどで着くはずのウィルフリードの南にある、ウァルリアとか言ったか、の領主には後々別の意味でお礼参りに行かなければならないな……。
そんな物思いに耽ふけりながら流れる景色を眺めていると、 真っ赤に染まる森に差し掛かった辺りで、退屈そうな父と歳三が表情を一変させるような事件が起こった。
「───!……と、盗賊です!その数二十……、いや三十はいます!」
騎手の兵士がそう言い馬車を止めると、即座に父と歳三が左右の扉から飛び出した。
「アルガーァ!手だし無用に願うぞ!」
「ほーん、旅の楽しみはやっぱりこうじゃなきゃなァ?」
すぐ後ろをついて来ていたアルガーらの馬車から四人の兵士が降り、私の乗る馬車を取り囲むように護衛する。
「運の無い盗賊たちですね……。よりによって襲った馬車がこの国一の英雄だとは……」
アルガーは呆れ顔でそう言うと、気だるそうに剣を抜いた。
「この世界で、人間同士の本気の戦いは初めての見ますね。……楽しみです」
いつの間にか降りていた孔明は、いつもと違い鉄扇を持っている。その細い腕でどこまで戦えるのか分からないが、自衛ぐらいは出来そうだ。
自分だけ馬車の中で守られているのも、きまりが悪いのでお飾りの剣を抜き孔明の横に立つ。
自分でも、孔明よりかは戦えそうに思える。
「これだけの護衛に立派な馬車……。相当な身分のお方に違いねぇ!金目の物を奪ったら、ガキは攫って身代金でガッポリいこうや!」
私をガキ呼ばわりしたことより、父と歳三に勝てると思っているのが勘違い甚だしい。
自分と相手の力量も測れないような彼らはいずれ身を滅ぼしていただろう。それがほんの少し早まっただけだ。
「『魔剣召喚』!双剣カッツェ&ハウンド!」
一対多数を相手にするならとにかく手数が必要だ。
状況に合わせて自由に武器を出せる『魔剣召喚』も、その武器を巧みに扱える父の技量も素晴らしい。
「それじゃあ、命乞いはないってことでいいな?まァ、今更お楽しみを取り上げられるってのも困るんだがな!」
歳三は鞘から刀を抜いた。
西洋の鎧ごと叩き斬るような剣と比べ、本来日本刀は斬れ味に特化しているため、重装の相手や連戦には向かない。
だが、ろくな装備もなければ構えすらなっていない盗賊を倒すには十分事足りる。
それに、この前の戦いで多少の連戦なら可能だと分かった。召喚される際、歳三本人だけでなく刀にも何らかの補正がかかっているのだろうか。
どの道、「ケケケケケ」と猿のような声を上げる盗賊たちの運命は既に決している。
「この人数相手に、立ち向かうのはたった二人だけとはな!坊ちゃんももっといい護衛を雇うんだったな!」
リーダーらしき男のその言葉に、アルガーはただただ溜息をつくだけだった。
「やっちまえ!」
男の掛け声と共に数人の盗賊が、何故か短剣を大きく振りかぶって突撃してきた。
そう思った刹那、飛んできたのは盗賊たちの首だった。
「バカな!」
「こいつは楽でいいなァ!ウルツ!」
「歳三!お前はレオを守る事を忘れてはいけないぞ!」
「あーあ。これ首届けないといけないんですよ?面倒臭いなぁ……」
楽しそうに血飛沫の中で舞う父と歳三とは対照的に、アルガーはずっと愚痴をこぼしていた。
「次はまとめて行くぜ?烈空斬一閃レックウザンいっせん!」
なんだか天候を支配しそうな名前だ。そんな歳三の新技はその名の通り空を裂き、遥か先で落ちる木の葉を真っ二つにした。
そう思った瞬間、歳三の正面にいた盗賊が同時に首を押さえて倒れ込んだ。
防御不可能、不可視の飛ぶ斬撃。
ファリア戦で苦戦を強いられた歳三が密かに編み出した新技だろう。
その口元には微かに笑みが浮かんでいた。
「やるではないか!それでは俺も本気を出すとしよう!」
父は双剣を少し離れた盗賊に投げつけた。
命中した盗賊は、ウッ!っとぐもった声を上げ倒れる。そして突き刺さった双剣は魔力の塵となって消えていった。
「『魔剣召喚』!闇の魔剣ドゥンケルハイト!」
父のこの魔剣を見るのは二度目だ。
「影喰いファントムバイツ……!好きに喰い散らかせ!」
父は剣を地面に突き刺した。その剣先から黒い影が盗賊たちに真っ直ぐ伸びていき、龍のような煙となり盗賊たちの首に噛み付いた。
「なんだこれ!グァァァ……!」
「……ヒィィ!やめろ!やめてくれ!」
戦いは全くもって一方的な展開だった。
盗賊に弓兵の一人でもいればまた戦いは別なものになっていただろう。こんな森のど真ん中で毒矢を使われれば、治療に間に合わず命の危険があるからだ。
「───チッ!こんなんやってられるか!俺はこの隙に金目の物を盗んでトンズラさせて貰うぜ!」
そんなの言ってしまえば隙もクソもないのだが、小柄ですばしっこい盗賊が果敢にも防御網を突破して私の目の前までに来た。
「クッ!孔明!自分の身は自分で頼んだぞ!」
「ふふ、その必要はありませんよ」
「なんだと?」
その時、2mはありそうな長剣をブラブラさせながらアルガーが盗賊の前に立ちはだかった。
「ウルツ!あんなに大見得切ってこれですか!結局私がやらなければならない!」
「すまんなアルガー!お前がいると背中を預けたくなる!」
この二人の距離感、そして足りない部分を補うような関係性は、どこか憧れてしまうような所がある。
「はぁ……。初日から剣は汚したくなかったですよ……」
「ケケケ!余裕を見せれるのも今のうちだ!俺は韋駄天のビッツ!名前を覚えてあの世への手土産にするといい!」
明らかにリーチで劣る短剣を逆手に構えるビッツなる盗賊。
アルガーは返事もせずに一歩を踏み出した。
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