50話 王からの召喚

「それでは本題へ戻ろうか」


 父が声色を変えてアルドへ向き直ると、アルドは一枚の紙を取り出した。


「結論から申しますと、ファリア反乱に関わる第三者の決定的な証拠は出ませんでした。私を含め、皇都からの調査団が到着する頃には既にファリア家の手の者が、証拠品諸々を焼き払った後でした」


 流石にそこまで馬鹿ではなかったか。あのバルン=ファリアは間抜けに見えたが、その副官であるコード=リアリスなる男は頭が切れそうに見えた。


「そこで調査団とは別に、コードなる副官を調査しました。これがその調査結果です」


「うむ。───これは……!」


「はい。やはりあのリアリスという家名は旧貴族のものでした。……それもファルンホルス王国の」


「やはり帝国に干渉してくるとしたら王国しか無いだろうな。だが、この事実を手にしたのは大きいぞ!」


 もちろん、コードが全てを白状した可能性もある。そう言えば、リアリス国の王子だったとかなんとか叫んでいたような…。

 いずれにせよ、コードの身柄が皇都にある以上、尋問で吐くのも時間の問題だったか。


「そして、これがリアリス家が今も王国側との繋がりがあった証拠です」


「なんだと!?」


 思わず私が叫んでしまった。


 コードが帝国に侵略された国の旧貴族であったことは、激情し口を滑らせた、あの場にいた団長らと私は知っている。

 だが、現在もその繋がりがあるというのは全くの別物だ。


「それでは間接的にファルンホルスの差し金ということではないか!」


「落ち着きなさいレオ。……残念ながらこれだけで王国を糾弾するのは厳しいですよ」


「何故だ孔明!ウィルフリードは王国のクソったれのせいでこうなったんだぞ!それに歳三だってあんなに……!」


「まァ話を聞こうぜレオ。俺は気にしてねェさ」


 本人がそう言うなら、私にそれ以上何か言う権利はなかった。


「良いですか、レオ。先程まで、この一件はファリアとウィルフリードの、言ってみれば地方で起きたよくある反乱事件です」


 反乱などよくあってたまるか、と言いたいところだが、実際帝国の現状がこれでは反論の余地などない。


「しかし、そこに弱いとはいえ王国という国の存在が出てきた。もちろん帝国も彼らを見逃してやるつもりはないでしょう。ですが…………」


「だが、流石の帝国も「反乱を裏で操っていた男と関わっていたかもしれない」という理由で開戦はしないだろうな」


 確かに、和平のパフォーマンスの為の、先の魔王領遠征だ。確実性に欠ける証拠を開戦理由にするとは考えにくい。


「ただ、交渉手段の切り札として、次の同盟についての会議で使うかもしれないわ。それなら、私たちも感情のまま王国へ抗議するのではなく、帝国への交渉に使いましょう」


「義よりも利を取るのですか……!」


 どうしても納得出来なかった。

 あの無益な戦いの首謀者は山を越えたすぐ横にいるのに、何もすることが出来ないなんて。


「大人になりなさい、レオ。帝国の目線は亜人・獣人の国へ向いています。今更我々のために王国へ向けさせることは出来ません」


「悔しいかもしれないが、アルドが手に入れたこのカードを無駄撃ちするのはあまりに惜しい。……今の我々が得れる最大の結果を目指そう」


「…………分かりました」


「臥薪嘗胆がしんしょうたん。今は耐えるときです。いずれ来るその時に備えて……」


 帝国が簡単に戦争という手段を捨てるとは思えないのも事実だ。無論、王国側も帝国への復讐を諦めるつもりも毛頭無いだろう。

 ならば、必ずその時はやって来る。


 私はその時までに、父をも超える存在になろうと決意した。


 帝国の思惑に従うだけでは無い。自らの意思で軍を率い、そして王国へ復讐するだけの地位と力を……。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 奇しくも、第一歩目はすぐにやって来た。

 あの会議から三日後、皇都から書簡を携えた伝令が到着したのだ。



「ご苦労……。ん……?」


 父が受け取ったと思うやいなや、父はすぐにその紙を私に手渡した。


「レオ、これはお前も自分で読むのだ」


「はい……?」


『魔王領遠征について、ウルツ=ウィルフリード。ファリア鎮圧戦について、レオ=ウィルフリード。両名は以下の期日までに皇都プロメリトスへ参上せよ』


 書簡の下部には『帝国歴二四一年十月一日』と記載されていた。


「待てよ、今は九月の末……って、一週間後じゃないか!」


「これは明日にでも出立せねば間に合わないな」


 かくして、私にとって初めての皇都への旅が幕を開けるのだった。




 まずは何よりも急いで準備だ。貴族が手ぶらで行けるはずもない。


 正装は以前、私の次期領主宣言を行ったあの服だ。しかし、あれは六歳の時のもので、今の私には小さ過ぎた。

 幸いにも、子どもの成長に合わせて丈は調節できる作りだったようで、すぐに採寸をして服飾職人の手に渡った。


 他にも、剣や勲章といった、貴族の威厳を示すための装飾品も用意せねばならなかった。


 父のように、既に公的な身にある貴族は当然常備しているが、まだ十五歳の成人も迎えぬ私にその用意がある訳もない。

 今回は父のおさがりを付けて行くことになった。


「レオ、お供に誰を連れて行く?今回ルイースは召集がかからなかったので、内政に専念してもらうつもりだ。母はいないぞ」


 父の問いに、少しの逡巡の後にこう答えた。


「護衛に歳三を、そして孔明も連れて行くべきでしょう」


 タリオ、すまん。今回はお留守番だ。


「それが良いだろうな。せっかく長時間かけて皇都へ行くんだ。見聞を広めるいい機会になるだろう」


「では彼らにもすぐに準備をさせます」


 と言っても、歳三も孔明もあれが正装みたいなものだ。


 歳三はコートにベスト、そして懐中時計とスカーフといった、当時としては最先端の洋服を着こなしている。

 普段は外している懐中時計とスカーフを付ければバッチリだ。


 孔明は鶴氅かくしょうという、鶴の毛を混ぜて織られた純白の着物に身を包んでいる。頭には綸巾かんきん、別名で諸葛巾とも呼ばれる頭巾を被っている。

 いつも通り羽扇を持てば、立派な軍師の象徴にすら思える。





「ほう?俺がこの国のお上かみに会えるってのか?そいつは楽しみだなァ!」


「ふふ、皇帝の器に値する男か、この私が見極めましょう」


 事情を説明しに行くと、二人とも大変乗り気だった。


 歳三の想像する天皇とも、孔明の想像する蜀皇帝劉備とも、この国の皇帝は違うだろうが、それは会ってみれば分かる。


 そんな人の心配よりも私の心配だ。

 言ってみれば我々貴族の上司とも言える皇帝に謁見する以上、粗相の無いよう気をつけねばならない。

 最悪首が飛び、領地も消えることになるだろう。


 後で母から礼儀指導も受けることになっている。


 こうして皇都への準備は慌ただしく進む。

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