49話 一報
午後からはまたシズネとの勉強だ。今日は帝国史の授業。
「───という結果、今の帝国があるんだね」
「帝国の歴史は戦争の歴史、と言って過言ではありませんね……」
大抵の場合、自国の歴史書は、いかに自分たちが正当な歴史を歩んだ上で今があるのかを書き連ねるものだ。そのため、他国を落とし自国を脚色した信憑性に欠けるものが出来上がる。
しかし、妖狐族という第三者目線で編まれた歴史書は、屋敷の図書室にあるそれとは比べ物にならないほど参考になった。
最初は魔物やモンスターから身を守る為に集まった人類。しかし、脅威とのバランスが崩れた際に現在の国へと分裂したのだ。
魔物との共存を模索し、血を分け合った亜人・獣人。
得た土地を、宗教の力と王権で守ることに徹した王国。
逆に戦うことでその領地を守ろうとした帝国。
安全な南方を開拓し、繁栄を目指した協商連合。
誰が正義で誰が悪かなど、決める権利はどこにもない。
「それでも、幸か不幸か魔王の強大化により『反魔王共闘同盟』が生まれ、今の戦争のない時代ができたんだよ」
「しかし、それももうすぐ失効。危険な状態がやってくる……なんて話を前にもしましたよね」
「そうだねぇ。だけど忘れちゃいけないのは、歴史は後ろを振り返るだけじゃなく、前に目を向けた先にもある。ってことだよ」
「確かに。これから私たちが、いや、今も歴史の上に立っているんですね」
「その通りだよ!」
シズネは飛びっきりの笑顔でそう言った。
シズネから教わる勉強が楽しい以上に、この表情を見るために頑張っている節がある。
だが、今日はどうやらこれで終わりのようだ。と言うのも、ファリア調査へ向かわせた諜報部員、つまりはアルドが帰還したとの知らせが入った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「得ました情報によると、コイツが間諜スパイで間違いありません」
「待ってくれ!そいつはデタラメだ!」
アルドは、一人の男をひっ捕らえた兵士と共にやって来た。
会議室には父と母、アルガー、そして歳三に孔明と勢揃いだ。ウィルフリードの中枢が屋敷に集まっている。
「悪いがこちらに嘘をつく利もないのでな。とりあえず身柄は拘束させてもらう。家も調べさせてもらうぞ」
「クソ!」
父は必死に抗命する男に対し、厳格に対処した。窓は修理したとしても、貴族たるウィルフリードに実害を加えその名誉を損なった罪は重い。
「君、その男を尋問室に送れ。洗いざらい吐かせるんだ」
「は!了解しました!───行くぞ!」
男は抵抗しながらも兵士に連れられて行った。
……命があるうちに白状すればいいが。
「それでアルドよ。詳しく聞かせてくれ」
父の言葉にアルドは黙って頷く。
「それでは報告申し上げます。……と、その前に、私の独断でレオ様に直談判しファリア調査へ赴いた事、この場を借りてお詫び致します」
「レオが初めから指示した訳ではなかったのですか。画竜点睛がりゅうてんせいを欠きましたね、レオ」
「え?」
始め、孔明の言っている意味がよく分からなかった。困惑した表情で彼を見ると、少し呆れ顔で説明してくれた。
「レオ。あなたがしたことはウィルフリードの防衛。そうですね?」
「あぁ、そうだが……」
「勝ったのなら、最後まで積極的に解決へ関わるべきです」
「それはどういうことだ?調査は近衛騎士団に任せたのだが……」
「良いですか?それだと、ウィルフリードとしてしたのはあくまで自分たちへの火の粉を振り払っただけ。最終的に事態を収束させたのは皇都側ということになります」
私は孔明の言葉に耳を傾け、反論はしなかった。
「では例えばファリアの領地没収となった時、ウィルフリードにそれを要求する権利はありますか?」
「領地併合まで強気に出ることは出来ない……、と?」
私の答えに孔明は満足そうに頷いた。
「そうです。そしてあのファリアなる土地は今のウィルフリードに足りないものが全て揃っている」
「そうね。正直に言って、ウィルフリードよりあそこは良い土地よ。もし、最初に与えられた土地があそこなら、ウィルフリードの人口は今の倍はいたわ」
母がそこまで絶賛するとは。
確かに、恵まれた肥沃な大地。清流が流れ、最近では鉱物資源も見つかった山々。帝国内でも随一の良物件と言える。
「もしファリアが手に入れば、あの穀倉地帯から取れる作物で、今の底を尽きかけたウィルフリードの食料庫を満たせるでしょう」
「……そうだな」
「それに、レオが以前言っていた、ウィルフリードの人口問題について。ファリアやその周辺の村への移住という解決法も考えられるわ」
大規模な農業に人手はいくらあっても良いということか。
「それに、俺としては採れる鉱物も気になるなァ。もしかしたら、火薬が作れるかも知れねェぜ?」
もし火薬が手に入れば、間違いなくこの世界の戦争の歴史を変えることになるだろう。時代を変えるほどの力が火薬にはある。
「……私が大変なチャンスを掴み損ねたと理解した。…………むしろ私から礼を言わせてくれアルド。君のおかげで助かった」
「いえ。レオ様の成長のお役に立てたのなら光栄です」
そう言うと、普段はポーカーフェイスなアルドは少し微笑んだように見えた。私に大切な事を気付かせるためにわざわざこの状況を作ったのだろうか。
改めて、幻影魔法使いという精鋭の偉大さと、主人への献身さに頭が上がらない思いでいっぱいだった。
「レオも何か得るものがあったようで何よりだ」
父はその大きな手を、私の肩に乗せてそう言った。
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