24話 けじめ
私が外に足を踏み出した瞬間、バルンが叫び出した。
「お前が戦うことを恐れ城に引きこもっていたから私は負けたのだ!何が帝国の英雄の息子だ!おかげで我が兵は無駄死にだ!私も殺されるのか?さぞ憎いだろうな!私はお前には殺されない!」
何が言いたいのか全く分からないめちゃくちゃな文法。しかし、その言い草は私の怒りを頂点にするのに十分だった。
「貴様の私利私欲とバカげた無益な戦いに付き合わされた被害者はこのウィルフリードだろうが!どの口で被害者振ってるんだこの蛆虫がァ!!!」
私はバルンの髪を掴み引き倒した。椅子に縛られて受け身も取れないバルンは頭を地面に打ち付ける。
私は仰向けになったバルンの胸を踏みつける。
「ガァッ……!」
私は腰の剣に手をかけそれを振り下ろす!
……と、腰に手を当てて気がついた。そう言えば私の剣はあの時に捨てたのだった。
やはり剣は捨てておいて良かった。そうでないと、このバルンの頭は胴体と永遠の別れを告げることになっていた。
「レオ殿、落ち着いてください。お気持ちは分かります。しかし、敗軍の将の言葉ほど虚しいものはありません。気にしたら負けですよ」
団長が私を諌める。
私はバルンの胸から足をどかした。
「クソ……」
「彼はこれから耐え難い拷問にかけられ、洗いざらい吐かされることでしょう。それに、反逆は死罪です。レオ殿が自らの手を汚さずとも、その願いは届けられることになるのです」
「……取り乱してすまない、団長」
「いえ。……おや、お迎えが来たみたいですよ」
そう言われ私は後ろを振り向いた。そこにはタリオがいた。
「えぇっと……、剣が必要ですか?」
状況を察したらしいタリオがおどけてみせる。
「いや、その必要は無い」
「じゃあ帰りましょう!ウィルフリードのみんなが待ってますよ!」
「ああ。帰ろう」
私はタリオと共に、今度こそ外に出た。
中ではバルンが「早く起こせ!」と騒いでいた。だが、その場にいる誰も反応せず、その声は空虚に響き渡っていた。
───────────────
「歳三の容態はどうだ?」
私はまたタリオと馬に乗り、後ろから話しかける。
「マリエッタさんは凄腕の治癒魔道士ですね!一瞬で傷が塞がってましたよ!」
「……それは本当に治癒魔法の範疇なのか?」
「え?」
タリオが振り返って私の方を見る。
「危ないから前を見てろ。……治癒魔法とはせいぜい傷が癒えるのを早くしたり、病気の症状を和らげる程度の能力のはずだ」
「うーん、私みたいな平民にはそういう凄いスキルについてはよく分かりませんね……。でも、歳三さんが助かったのならそれでいいんじゃないですか?」
それはその通りだ。だが……
「仮に治癒魔道士だとしても、なぜそのレベルの使い手がただのメイドに従事しているんだ?……それほどの能力なら働き口はいくらでもあるはずだ」
「うーーーん……。まぁ、難しいことはいいじゃないですか!街は守れた。歳三さんやゲオルグさんも助かった。それにレオ様の初陣が勝利で終わったんですよ?今日くらい、頭も体も休めて、パァっとやっていいんじゃないですか!?」
「まぁ、そうなんだが……」
マリエッタの出自がどうであれ、ウィルフリードの一員であることには変わりない。ここはタリオの言う通り、一件落着だということにしよう。
「そうそう!街に戻ったら、まずはいつもの広場で勝利宣言をしてください。何やらまたチラシ作りに勤しんでる方もいましたよ」
それはシズネら文官だろう。早速、復興への第一歩を進み出したというわけか。
街の復興には民たちの協力が欠かせない。我々に非は無く、戦争には勝った。堂々と、それでいて力強く訴えればよい。
どんな風に演説すべきか考えているとすぐに街が見えてきた。
燃えていた街や北門、そして跳ね橋は鎮火したようだ。
しかし、この様子ではしばらく北の方からの出入りは厳しそうだ。崩れた壁はいつまた崩落し始めるかも分からない。
私たちは大きく迂回して西門のほうから街に入っていった。
街では既に人の流れが回復しており、物資を運ぶ人や買い物に出かけている人もいた。五日間の抑圧から開放された民たちの顔は、いずれも晴れやかだった。
「セリルじゃないか!」
大量の荷物を前に指示を出しているセリルを見つけた。どうやら彼は無事だったようだ。
「おおこれはレオ様。この度はおめでとうございます。このウィルフリードをお守り下さりありがとうございました」
「いや、商店の協力がなければ今日という日は迎えられなかっただろう。改めて例を言わせてくれ」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「所で、その後ろにある荷物は?」
セリルが振り返り説明する。
「これは今夜、戦勝記念の宴で振る舞われる食材の準備です。そうだ、是非レオ様もいらしてください!民たちも喜びます」
「ありがとう。時間があれば顔を出してみるよ」
「お待ちしております」
そう言いセリルは頭を下げる。
このような特別な日に、中央商店が取り仕切って宴をやるとなれば、自然と名も売れ、人々の記憶に残るだろう。早くも先を見越した行動を始めるセリルに感心せずにはいられなかった。
「それでは、私はこれから演説があるので失礼するよ」
「私も後から行きます。楽しみにしてますよ」
お得意の営業スマイルと共にセリルは荷物を持って去っていった。タリオも再び馬を進める。
───────────────
「着きましたよレオ様。準備はいいですか?」
広場には既に大勢の民が詰めかけていた。彼らは手にチラシを握りしめ、ある者は友人の方を抱き、ある者は恋人と手を繋ぎ、歓声を上げながら私が話し始めるのを待っていた。
台の前ではシズネがそのチラシを配っており、そこには
『英雄王レオ=ウィルフリードの勇姿!帝国の援軍を率いて自ら戦場を駆け巡る姿はまさに英雄であった!』
などと書かれている。
嘘ではない。嘘ではないが私の功績などそんな華々しいものではない。
こうして伝説とは勝手に作られるものなのだと、私はそう思った。
どこかくすぐったく、どこか誇らしい。
「レオ様、鎧はそのままでいきますか?」
「あぁ。そのほうが雰囲気がでるだろ?」
そう私は笑ってみせる。
「なら、剣をお忘れなく」
タリオは自分の腰に着けた剣を鞘ごと私に渡す。
「忘れてたよ。……それじゃあこれだけ預かっていてくれ」
私はタリオの剣を腰に着け、空の鞘を渡した。
「はい。……それじゃあ、頑張ってください!」
タリオは敬礼し微笑む。
「あぁ!」
「レオ様だ!」
「始まるぞ!」
私が台に登ると、歓声はよりいっそう大きくなった。
「今日はよく集まってくれた!」
私が話始めると場は静まり返り、誰もが耳を傾ける。
「五日前、突如ファリアが帝国に反旗を翻し、卑劣にも軍のいないこのウィルフリードへ侵攻してきた。まさに多勢に無勢。我々は耐えるしか無かった」
民は真剣な眼差しを向ける。
「そして今日、遂に強行突破を試み、田畑を荒らし、壁を破壊し、街に火を放った」
「ファリアを許すな!」
「奴らに裁きを!」
ブーイングの声があがる。私はそれを手で制して続ける。
「我が軍は敵の三分の一にも満たない兵力だった。しかし!勇敢な我らのウィルフリード軍、冒険者、傭兵団の連合軍が反撃に転じ、敵を抑えた!」
「いいぞ!」
「私の息子は軍に務めているのよ!」
「そして今、皇都から帝国近衛騎士団を中心とする援軍が我らを救いに来た!」
「おぉぉぉぉ!!!」
「帝国バンザイ!!!」
「帝国一の精鋭部隊である彼らは我がウィルフリード軍と力を合わせ、逆賊ファリアの軍を一挙に蹴散らし、見事この街を守ったのだ!」
私は両手を広げ声高らかに宣言する。
「ここにウィルフリードの勝利を宣言する!!!」
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