23話 決着
タリオは剣を抜き、笑みを浮かべる。
「私なら大丈夫ですよ!さぁ!早く!」
「クソ……!」
歳三は後ろで項垂うなだれているばかりだ。
「義勇兵の皆さん、最後のひと踏ん張りですよ!」
「おう!」
どう考えてもまずい流れに、私は表情を固くする。
その時だった。
突然岩が崩れるような音が鳴り響く。
遂に壁が完全に崩壊したかと思い見上げた。しかし、壁は半壊しているがそれ以上崩れてはいない。
立ち込める煙の奥に目をこらすと、段々とそのシルエットが近づいて来るのが分かった。
敵も後ろを振り返る。すぐにそのシルエットの正体が分かった。
「援軍だ!」
「バカな!本当に来てたのか……!」
軽騎兵が十騎、列を成して狭い街の道を駆け抜けてくる。
「こっちだ!」
私は叫んだ。
「おい!逃げるぞ!」
敵は途端に逃げ出すも、時すでに遅し。逃げようとする敵兵は背後から迫る騎兵になぎ倒され、生き残った敵兵は武器を捨て降伏することしか出来なかった。
「間に合って何よりです!」
先頭にいた男が私に話しかけてきた。
岩が崩れるようなあの音は、騎兵が崩れた岩の上を駆け抜ける音だったのだ。
「助かった!感謝する!……外はもう片付いたのか?」
「はい!既に掃討しました。降伏するものは拘束しまとめてあります。ファリア領主らは近衛騎士団が逃がさずに捕らえることが出来たようです」
「おぉぉぉぉ!!!」
「俺らの勝ちだ!!!」
「帝国バンザイ!!!」
義勇兵たちは雄叫びをあげる。
「そうか……」
私も目頭を熱くせずには居られなかった。
「外にウィルフリード家の旗が刺さっていたので、慌てて私たちの部隊はこちらに向かいました」
あの旗は最後まで役目を果たしたと言う訳か。
今度は我らが官軍だぞ歳三。帝国の、錦の御旗は我々の元にあるのだ。
そう言いたい気分だった。だが、歳三の容態は芳しくなく、話すのは辛そうだ。
「タリオ!やはり私は一人では馬に乗れない!お前が歳三を屋敷の治療室まで連れて行ってくれ!」
「全く、しょうがないですね」
馬をタリオに引き渡す。
私は私で、この戦いにケジメをつけなければいけない。
「では歳三を頼んだ!」
「はい!」
タリオは後ろ手に手を振り、街の中心へ駆けていった。
「それで、ええと……」
「私たちはミドラ侯爵家の兵士です。私は部隊長として送り出されたアルドと言います」
「すまないがアルド、私を近衛騎士団の元まで連れて行ってはくれないだろうか。少々すべきことがある……」
アルドは私に手を伸ばす。
「心中お察しします。どうぞ!私の背中で良ければ!」
「ありがとう」
手を掴むと、アドラは私を引き上げてくれた。そして馬は街を出て丘の方を目指す。
───────────────
外では戦いは本当に終わっており、敵味方関係なく負傷者の収容が始まっていた。これから始めなければならない戦後処理を思うと、頭が痛い。
丘を登っていると、まだ刈り終えていない畑がめちゃくちゃになっているのが見えた。食料の確保や、農民への補償も必要だ。
そんなことに思いを巡らしていると、すぐに援軍が仮の陣地にしている所に着いた。これはファウルの本陣があった場所だ。
「ありがとうアドラ」
「いえ!では私たちはこれで」
「あ、」
アドラは爽やかな笑顔と共に去っていった。これは帰りはまた別の人に頼まなければいけない。
いや彼らにも仕事はあるのだから当然だ。私の部下でもなければタクシーなどでもないのだから。
「ヘルムート団長」
私は門番に通してもらい、陣幕の中へ入っていった。
中では奥に団長が鎮座している。机を挟んで手前には、憎きファウルの領主と、その補佐役であるだろう男が椅子に縛り付けられている。
「これはレオ殿、わざわざこちらまでいらしたのですか」
団長は立ち上がり軽く微笑んでみせた。改めて彼を見ると、歳は二十代後半ぐらいか、かなり若く見えた。
鎧を脱ぎ、軍服姿の彼の胸には数々の勲章と準貴族の称号があしらわれていた。その若さでこの地位まで上り詰めたというとは、畏怖の念を感じずにはいられない。
「この援軍のお礼はいずれ必ず……。それよりも……」
私は目の前で項垂れる男を睨みつける。歯はギリギリと不快な音を立て、握った拳に自分の爪が突き刺さる。
「ええ、まずは目下の問題をどうするか、ですね」
「私はこんなガキに負けたのではない!!……まさかこんなに早く皇都から援軍が来るなんて……!話が違うじゃないか!」
「黙りなさい!」
「なんだと!?」
ファウル領主が汚く唾を飛ばしながら叫ぶのを、補佐の男が慌てて止める。
「ほう、「聞いてた話」ですか、それは興味深いですね」
「くっ……、このバカが……」
男がボソリと呟くのを私は聞き逃さなかった。
「確か領主の方はバルン=ファウルと言ったな。お前は?」
私は男に問いただす。
「俺はコード。コード=リアリスだ」
「ということは、あなたは旧貴族の出身ですか」
この国で苗字が許されているのは貴族だけだ。大抵の場合、苗字は家名である。しかし、そのような土地がないとなると、その苗字を名乗る人物は今は廃された旧貴族ということだ。
「あぁ。俺は十数年前までこのリアリス国の王子として育てられた。……帝国の侵略を受けるまではな!」
「なるほど、だいぶ状況は飲めてきましたね」
これぞ帝国主義の最大の弊害だ。
武力という最も単純明快な方法で相手を服従させる。しかし、奪った土地に残されるのは恨みと憎しみだけだ。
孫子の兵法で知られる古代中国の孫子はこう説く。
『百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり』
戦争は金も人も大量に使い潰す。戦いになった時点で勝とうが負けようが、最善とはいえない結果しかないのだ。
「詳しくはファウルの領地や屋敷を捜索すれば真相も明るみに出ることでしょう。レオ殿、後のことは我々にお任せを。最終的には皇帝陛下の裁断が下ることになるので」
団長は少し長い金髪をかき上げながら私の方を見てそう言う。長旅と、戦いで疲れているのは彼らも同じだ。
「それよりレオ殿は領地にお戻りください。きっと家の者や民たちも心配していることでしょう。」
「お気遣い感謝する」
「帝国からの復興支援についても、追々指示が下るはずですのでご安心ください。とにかく、まずは戦いの傷を癒し、しばしの休息が必要だ」
そうだ。この無益な戦いが始まって以来、まともに気を休める時間などなかった。
「では私はこれで失礼します」
そう言い、私は陣幕に手をかけ外に出た。
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