2話 父と母、そして私

「父上、失礼します」


 扉をノックし、子供には少し高いドアノブを回し中へ入ると、そこには精悍な顔つきをした男が座っていた。


 彼がこの人口五万人強のウィルフリード領をまとめる当主、ウルツ=ウィルフリード。この世界での私の父だ。


 父の横には美しい女性が立っていた。そう、彼女が母であるルイース=ウィルフリード。


「さぁ、こちらへいらっしゃい」


 母に促されるまま、父の座るデスクの前まで進んだ。


 父が真剣な面持ちでじっと見つめる。


「なんの用でしょうか父上」


「レオよ明日はお前の誕生日だな」


「はいそうです」


 なんだろう、誕生日プレゼントの相談か?それなら新しい本を・・・


「ではレオ、今日行くところがあったはずだ」


「えっと・・・」


「よもや忘れていたなどとは言わせんぞ」


 完全に忘れていた。なるほどそれで父上は少々お怒りのようだ。朝から図書室に引きこもっていてなにも覚えていない。


「すみません!忘れていました!」


 とりあえず謝っておくことにした。


 助けて母上!


「あらレオ、教会に行く準備は出来ているのよね?」


 優しく微笑みかける母。あぁ、完全に思い出した。


 この国の貴族は皆特殊なスキルが使える。それは普通の人々が使えるスキルや魔法とは一線を画した、貴族が貴族たる所以の特殊能力。


 六歳になる貴族は皆教会に行き、その能力を見てもらう慣習があるのだ。今日はそのために家族で出かける日だった。


「もちろんです母上!今すぐにでも出られますとも!」


「まぁよい。じゃあ早速行こうか」


 母の助け舟に、父も苦笑いで許してくれた。


「馬車の用意はできております」


 書斎を出ると、廊下にはマリエッタと数名のメイドが父と母の上着や荷物を持って立っていた。


「ありがとう。それじゃあ行ってくるわ」


「行ってらっしゃいませ」


 メイドたちの見送りの元、家族三人で馬車に乗り教会へ向かった。





───────────────


 何となく不機嫌そうに見えた父に顔を合わせることが出来ず、私は窓の外を流れる景色を見ていた。


 

 我が家は街の中心にあり、街全体は城塞都市になっていて、巨大な城壁が囲っている形になっている。あの石造りの屋敷は戦時には城の役割を果たすのだ。


 生活苦に喘ぐ住民と反乱の兆候さえある帝国にありながら、ここウィルフリード領は比較的栄えていた。それも、父の圧倒的な武勇と母の優れた治世にものだ。


 父は先のファルンホスト王国との対戦にて功績をあげ、この広大な土地を皇帝陛下から賜った。


 戦争中は荒れ果て犯罪にまみれた街だったが、王国との休戦協定により母がこの領地の政治に力を入れ、今のウィルフリードがある。


 街には冒険ギルドや傭兵ギルドなどがあり、様々な業種の人々がこの世界独特の組織を運営し働いている。


 

 それから少し行き繁華街へ出ると武器工房や商店などが立ち並ぶ広場がある。街の中心である我が家や兵舎、武器庫などと対照的に、ここら辺からが市民の住むエリアになってくる。


 繁華街の通りを抜け、城門から街の外へ出ると、そこには広大な田園地帯が広がっていた。


 張り巡らされた水路から、城塞都市の堀や生活水まで引いている。その一部はこうして畑に使われ、我々の腹を満たしているのだ。


 街の中の整備された石畳と違い、ならされただけのあぜ道は馬車をやたらと揺らした。


 

 目的地となる教会が丘の上に見えてきた。


「ねぇあなた、そろそろレオと口を聞いてあげたらどう?」


「・・・」


 痺れを切らした母が父の脇を小突いて言う。


「あの、父上・・・」


「確かに大切な日を忘れていたレオも悪いわ。だけどあなた昨日あんなにはしゃいで楽しみにしてたじゃない。『レオはきっと俺に似て剣術の才があるに違いない!』って」


「そ、それは・・・」


 照れ隠しからか、髭を撫でる。


 あぁ、父上。そんなに今日のことを・・・。それなのに忘れていた自分はなんて愚かなのだろう。


「まぁ、レオは私に似て優秀な政治を行う名君になるでしょうけどね」


 母が得意げに笑う。


「何!?男は戦場に立ってこそだ!」


 父もそう反論する。


「お前も俺のように立派な騎士になるのが夢だろう?レオ!」


 そういい父はガシガシと私の頭を撫でた。


 本音を言えば、命のやり取りをする戦場に立つのは怖い。その一方で、父の姿に憧れる少年心も持ち合わせているのも事実だ。


「騎士になるかは分かりませんが・・・父上のような立派な男になりたいです」


「そうか!では皇帝を目指すのもいいかもな!」


「またそんなこと言って・・・」


 父の手がより一層強くなる。六歳にして禿げちゃいますよ父上・・・。


 その光景に母も苦笑いだが、二人の気まずい雰囲気はどこかへ消え去っていた。


 

「到着致しました」


 御者がそう告げると、柄にもなく父が私の手を引いて教会へと歩いていった。


「あらあら。ふふ」


 後から降りた母も私のもう片方の手を取り、三人で教会の中へと入っていった。



「お待ちしておりました、ウルツ様、ルイース様、そしてレオ様」


 中へ入ると、首から十字架のペンダントをさげた神父が迎え入れてくれた。白髪に深く刻まれた皺。いかにも長年神に使えた神官という風貌だ。


 そんな彼が優しく微笑みかける。


「神父さま、明日はレオの誕生日なの。それで・・・」


「ええ、ルイース様、伺っております」


「では早速息子の鑑定をお願いしようか」


 父も母も待ちきれないといった様子だ。


 それもそうだ。跡取りが優秀な能力を持っていれば、ウィルフリード家はさらなる繁栄が期待できる。もちろん、その逆もだ・・・。


 いや、子供の成功を願うのはどの親も一緒か。


「そうですね、まずはレオ様。スキルについてはもちろんご存知ですよね?」


「はい神父さま。我々貴族が代々授かる特殊な能力のことです」


「その通りです。よくお勉強されていますね」


 そんな話をしながら奥の部屋へと案内された。


 

「例えばお父様の『魔剣召喚』はこの国でも唯一ウルツ様だけが持つ希少な能力です」


 父が先の大戦で活躍した最大の要因がこれだ。あらゆる属性の魔力を持つ剣を召喚し、圧倒的な力で戦況を一変させた。


 今のウィルフリード家があるのはこの力のおかげなのだと、寝る前に武勇伝を聞かされたものだ。


「お母様の持つ『慧眼』は人の本質を見抜く力です。その能力を使い、この街の政治体制を安定に導いたのです」


 帝国の政治は華族制度から成り立っており、どうしても腐敗政治に陥りやすい。しかし母はこの能力を使って優秀な人材を次々と採用し、街の運営に組み込んだ。


 冒険ギルドなどの積極的な活用も母の政策の一つだ。それ以外にも福祉や外交も一手に担っている。


 

「この能力というのは継承することも多く、代々その能力で土地を治める貴族がほとんどです」


 例えばこの国の王妃殿下は強力な回復魔法を発動させる能力だ。それは魔導師が使う治癒魔法や神官のみが使える神聖魔法とは比べ物にならない回復力を持っているらしい。


 病気に対して有効な科学力のないこの世界では、その能力はまさに特権階級に相応しい力だ。


 

「ではレオ様、この聖水を飲み先程の聖堂に戻りましょう。お二人は暫しここでお待ちを。私は先に準備を始めておきます」


「よろしく頼んだ」


「緊張しないでねレオ」


「では行ってきます、父上、母上!」


 豪快に聖水を飲み干す姿に母は苦笑いだった。父は私の肩を叩き、無言で背中を押してくれた。

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