第一章

1話 Hello World

 目を覚ますと、そこは知らない天井だった。


 だが、病院のようではない。その天井は白くもなければ蛍光灯もない。石と木でできた造りだった。


 周囲を伺おうと頭を傾けるが、思うように動かない。手足の感覚も違和感がある。


「あぅあんあ、あぁ(なんなんだこれ)」


 まともに喋れやしない。脳性まひ、植物状態、そんな言葉が頭に浮かんだその時だった。


「あら〜!あらあらあら!」


 遠くから女性の声が聞こえてきた。よかった、私は一体どうなって、、、そう言おうともがくが、やはり上手く発音できない。


「あなた!レオが喋ったわ!」


 あ、私ですか?あの、レオとはどちら様で・・・?


「本当かルイース!」


 今度は男性の声が足音と共に近づいてきた。

 次の瞬間、目に入ったのは長くストレートの金髪を後ろでまとめ、美しいドレスを身にまとった女性。その横には頬に大きな古傷、顎髭を蓄えたガッチリとした男性。


 その二人に覗き込まれていた。


「あっあ、、、あぅあ?(えっと、これは・・・?)」


「きゃあ!」

「おぉ!」


 二人が突然大きな声を出すもんだから驚いてしまった。


 顔を見合わせながら笑顔で話している。


「ほらね!レオが初めて喋ったのよ!」


「今日はお祝いだな!今からでも食事を豪華なものに変えてもらおうじゃないか!」


 あの、この状況は・・・。二人の間で困惑していると、ふと、女性の横に従うメイドらしき人が持っている銀食器に目がいった。そして、そこに写った自分と思われる人物の姿に卒倒する思いだった。


 タオルに包まれたむっちりとした体に、つぶらな蒼玉色の瞳。つるつるの頭には薄く金髪の産毛が生えていた。


 な、なんじゃこりゃあ!!!!


 叫べるならそう叫びたい気分だった。


 

 まさか自分が生まれ変わるなどと思っていなかった。いやそもそも、生まれ変わり自体未だに信じられない。


 よく分からないが、初めて喋ったということはどうやら自分は一歳未満の赤子らしい。


 さっきから聞こえるこの二人の言葉は明らかに日本語では無かったが、何故か自然と意味が分かった。これが赤子の吸収力・・・?


 そんな生命の神秘は置いといて、これからどうすべきか考えなければならない。


 と言っても無力な赤子にできることなど何も無い。精々気味悪がられて捨てられないように赤子らしく振る舞うことだけだった。






───────────────


 五年間、ひたすらこの世界について勉強した。まさかとは思ったが、どうもここは地球とは全く異なる世界のようだ。


 魔物が跳梁跋扈し、剣と魔法と硝煙に満ちた世界。まさに異世界と呼ぶに相応しい世界だ。


 


 教育係からこの国の言語や歴史、世界情勢など様々なことを学んだ。一からまた何かを学ぶというのはまた楽しいもので、図書室に籠ることも少なくなかった。今日も屋敷の立派な図書館で世界地図を眺めている。


 まず、ここはアリンタール大陸の中央に位置する最大の国、プロメリア帝国。どうやらそこの一貴族であるウィルフリード家に産まれたようだ。


 まさか自分が貴族の跡取りに生まれ変わるなんて。


 広大な領土と強力な軍事力を持つ大国らしい。その華々しい版図を支えるのは苛烈な徴税や徴兵。長年に渡って帝国民は生活苦を強いられている。


 帝国民は人間が中心だが、軍事力・技術力の為に様々な種族と共存し、魔物を使役し兵器として使っているそうだ。


 西にあるのはファルンホスト王国。伝統と正義を何より大切にする、人間中心の国だ。


 王族を中心とした封建制度という政治体制をしていた。


 実はこのファルンホスト王国こそ、帝国が長年戦争をしてきた相手で、お互いの国民はお互いを憎しみあっている。


 北にある魔王領の拡大により、数年前に「反魔王共闘同盟」を結び一時停戦はしているが、いつその戦火が火蓋を切ってもおかしくないという。 


 

 南にあるのがアキード自由協商連合。この時代背景には珍しく国の代表が民主主義国家であり、連合と言うだけあって、小さな国々が集まってできている。


 北の魔王領に接していないため、比較的安全であることから人や様々な種族が集まり、最も経済と人口が栄えている国である。


 なお、「反魔王共闘同盟」に参加しているが、魔王領に接していないため軍事力の提供ができない。代わりに、帝国と王国に武器や物資を輸出している。


 実は、これが帝国と王国の戦争を長引かせている遠因であり、悪くいえば戦争ビジネスで儲けている国だとも言える。


 大陸の東には亜人・獣人の国がある。彼らは人間が王である国に従うのを嫌い、言わば少数民族の自治区のような形で共生している。


 

 そして、もうひとつ分かったことがある。

 それは異世界から来たという太古の勇者が存在するということだ。この世界には自分の他にも転生者がいるのかもしれない。


 だが、帰る方法などが記された本はここの図書室には無かった。


 帰れなかったとしても、日本にいた時よりも遥かに豪華な食事、大きな屋敷、夢溢れるファンタジーな世界。


 取るに足らない日本での生活よりも、今はこちらの世界の方が心地よくすら感じる。


 


「レオ様、お勉強中に失礼します。旦那様がお呼びです。書斎の方までとのことです」


「ありがとう。すぐに向かうよ」


 彼女がこの広い屋敷を管理するメイド長兼教育係のマリエッタ。彼女を直々に遣わせたということは、余程大切な事なのだろう。


 今思い返してみれば、確かに昨日父がなにか言っていたような気がする。だが、あの時は魔法について調べていて聞き流してしまった。


 ちなみにだが、私には魔法の才能(魔力)がないようだ。なので強力な魔法で敵を一掃!とはいかない。せっかくの異世界だと言うのにそれは残念でならなかった。


 なんとかならないかと調べている時に父に声をかけられたので、内容を覚えていない。

 これもちなみにだが、魔法石と呼ばれる魔力を込められた石を使えば擬似的に魔法を扱えるらしい。


 それを武器に組み込んだものや、風呂を火の魔法で温めるなど汎用性が高い。


 ・・・おっと、また物思いに熱中するところだった。これ以上父を待たせてはいけない。


 そう思い私は急いで書斎のある二階へと向かった。

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