閑話2とある将軍の不安

 私の名前はゴルゴロッソ。歳は49。西部地方方面陸軍第一即応旅団【イージス】団長。今は対リンドバル帝国攻勢防衛作戦、作戦名【キック】を遂行するため、一個旅団と【クリサンサマム】騎士団を連れて作戦行動中。名将と呼ばれ、戦にも幾度となく勝利してきた。爵位は公爵。妻が二人と娘四人と息子二人の立派なパパだ。そして目の前にあるのは、敵の守りの要の砦・・・だったものだ。なぜ過去形なのかって?帝国旗は焼かれ、門は全てなぜか内側から開けられぬように外側から強固に固定されており、狭間 ※1や石落とし ※2からは赤黒い液体が流れ、石落としの下には壮絶な顔で手足や首などが向いてはいけない方向を向いて息絶えている敵兵がゴロゴロ。中には上半身だけ転がっている死体もある。その中から覗く胃や腸、肝臓などの臓腑が気持ち悪い。


 はっきり言おう。








 吐きそう。うっぷ


 周りでも死体を見慣れたはずの古参の兵でもリバースをぎりぎりのところで我慢しているようだ。私も思わず口を押えてしまう。あたりには血と胃液と未消化物や吐瀉物の匂う何とも形容しがたい状態となっている。この中でこの事後処理をしなくてはならない。あぁぁぁぁぁぁ考えたくもない。それよりも気にしなくてはならないのはなぜこの砦が落ちたかだ。吐き気を何とか我慢しながら指揮を執る。とにかくここからいったん離脱しよう。






「報告。イージス戦闘団兵の約半数以上が体調不良により戦闘不能。クリサンサマム騎士団も、四分の一が戦闘不能。それらの者の救護処置のために残りの兵に手伝わせており、その残りの兵も炊事などにより手が離せません。よって現在わが旅団は戦闘に回せる兵員が一個大隊規模に縮小致しました。さらに物資が通常時よりも大幅に速いペースで消費しています。特に毛布、テント、水、医療品、桶の消費量が深刻です。」


 思わず両肘を机について頭を抱えた。一個大隊。旅団規模の部隊が戦わずして大隊規模にまで縮小してしまった。しかも一応本陣の防衛戦力は除いてあるがたった大隊。しかも寄せ集めで統率も何もかもあったもんじゃない。これで何ができるってんだ。ハァ。


「敵の砦を調査した結果、置き手紙があり、共に敵の機密文書の本体と思われる紙とその写しを見つけました。それによるとこの惨状はあの・・・」

「まさかアイツか?」

「あいつです」

「うちの精鋭の心を叩き折ったあいつか・・・」


 そいつは彗星のごとく懲罰部隊にやってきて、そして模擬戦で騎士団のの精鋭をことごとく破り、強さの秘訣を問いに来た奴にはマンツーマンで毎日やっているらしいトレーニングをやらせたところ三つ目くらいで失神してしまったという話。しかも、こいつは鍛冶に覚えがあるらしく、ただのなまくらを何とか使えるくらいにまで仕立て上げてしまった。特にこいつが持っていた刀は切味、強度ともに最高レベルとなっていた。実際私も刀を砦の鍛冶場で打ってほしいと頼んだが、設備がないと言われ断られてしまった。なんでも作るときは専用のふいごと窯が必要で、ここの砦にはないらしく、さらに『玉鋼』というのが必要らしい。そいつが言うには通常の鋼よりも鉄の割合が多く、不純物の量が少ないらしい。そして普通の鉄で代用しようとすると作っている最中に鉄が千切れたりすることが多く、もしそれをクリアしたとしても、脆い刀が出来上がるらしい。実際に、自棄になったバカが真剣で勝負を挑んだが、剣を一刀両断されていた。特に印象に残ったのは何度も打ち合ったにも関わらず、刀が折れなかったことだ。細剣と見間違えそうなほど刀の方が細いにもかかわらず、だ。更にはその受け方も見事であった。戦った後の刀を見せてもらったが、確かに刃はダメになっていたが、よく見ると受けた跡がついたのはほぼ一箇所に纏まっており、ただ刀で敵の攻撃を防いだだけではなく、敵の攻撃を正確に読み切り、そしてそこに正確に刀で防ぐという、卓越した技量がなくてはできない芸当であった。しかも本人によると刀の刃は研ぎ直せばまだまだ使えるというから驚いた。


「とにかく、兵を休ませろ。戦はそれからだ。それと、補給を要請して、順次送らせろ」

「「はっ」」

「それと、戦えない奴は出来ればキリシュル砦に送り返せ。前線に置いておく意味がない」

「了解しました。馬車の手配をします」

「いや、・・・撤退しよう」

「なぜです?」

「恐らくこの先の砦は全てあれのようになっているだろう。そうなるとこれ以上残存戦力をすり減らす訳には行かないし、それにそもそも攻め込む価値がないし、戦略的意味もない。それにもし敵とかち合ったときに一個大隊ではどうしようもない」

「了解しました」






 その一か月後、帝国の使者が休戦の提案をしてきたのは言うまでもない。資料によると、その使者は終始ガタガタと震えていたという。

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