第28話 ホルガローテンと彼の選択

 帰宅したら母に聞かれた。白兎の母親から電話があって、白兎の行方が分からずどこにいるか知らないか、と。

 あの道を経て帰ってきたから正規ルートよりは帰宅時間も遅く、その電話があったのは正規ルートであれば確実に帰宅していた時間だった。


 それに続けて、けれど俺からの折り返しは必要ないとも言われた。今朝白兎を家まで迎えに来たし、白兎から話を印象良く聞いていた母親は、当然俺は白兎の行方など知らないだろうと思い直したらしい。「まさか同じ中学で同じクラスメイトだった子が、そんなことに巻き込まれるなんてね」と母親は憂い顔をしていたが、まさか自分の息子がそうなった原因であるなど夢にも思うまい。


 白兎の母親も、本当の理由は知るべきではない。

 本当のことを話したとして、そんな荒唐無稽なことなど信じないだろう。俺だって自分の身にそんなことが降りかからなければ信じなかった。

 言っても言わないでも、彼女はずっと白兎を探し続けるのだろう。神楽坂高校の行方不明事件の、あの母親のように。



 帰宅後、そんな話を聞いた俺は母親とともに夕食を摂り、早めに風呂に入って自室へと戻った。学校からの宿題を終わらせた後で、早速作業に取り掛かる。


 制服のズボンからハンカチを取り出して、中を開き紅葉を取る。リビングから拝借してきた新聞紙にそれを挟んで、室内にある重そうなもの(漫画とか漫画とか漫画)を上に積みこんで、これを一日放置すると。


 これは午後授業間の休憩時間にスマホで検索し、調べた葉っぱの保存方法。やり方は押し花と似ている。

 後は明日の工程で色々やって……あ、どっかでフォトフレーム買わないと。駅前のショッピングモール寄って帰るか。


 ――ベアも言っていた。犠牲にした子達の分も頑張って生きなきゃ、と。忘れるな、これがお前のやったことだ、と。

 だから俺はこの紅葉の葉を永遠に残すことにした。俺の犯した罪を忘れないよう、白兎との思い出を忘れることのないように。これは俺にとっての戒め。もう二度と、白兎にしたような間違いは犯さないための。


 戻れない。戻れない。もう、逃げられない。

 普通でいたかった。平平凡凡な、どこにでもいる男子高校生でいたかった。



 ……とセンチメンタルになっていたら、勉強机の上に置いていたスマホがバイブの振動で震え出した。俺はスマホの横の置き時計を確認する。

 二十時五十六分。振動は未だ続いている。スマホを手に取り相手を確認する。ベアだった。ギルティ。


「お前明日裁判だから」

『えっ? もしもしも何もなくいきなり?』

「オカルト思考に染まって一般常識のないお前に告ぐ。ギルティ」

『俺何の罪で有罪!? さすがに今日は何もなかったかなぁって、最終確認の連絡網なんだけどぉ』


 俺とお前しか繋いでいない連絡に網は要るのか。


「何となく正規ルートじゃない、俺と京帝で帰っていた道を歩いて帰ったら普通にいた。最後のお別れに来てくれたんだと思う」

『それ普通のテンションで報告する内容じゃないと思う。いたんだ。会話とかした?』

「お前も普通に聞くな。何か知らんが口全然動かさずに去って行ったから、してない」

『ふぅ~ん。じゃああっちにとっては寿じゃなく、優先しに行ったわけね。にゃるほど』


 納得してフンフン言っているベア。話が終わったのならもう切りたいのだが。


『ねぇねぇ、俺の知っているお話お一ついかが?』

「どうせ俺に拒否権はないんだろ。話せ話せ」

『じゃあねぇ、取り替え子って知ってる?』

「聞いたわ。みぃーんないなくなっちゃった! テヘペロ!」

『それしか覚えてないの? あと前は突っ込まなかったけど、俺テヘペロ言ってないし。あと俺の口真似、ムンクが真顔になりそうなほどチョード下手くそぉ。何とかならないの?』

「お前だって口笛練習しろ。何だ、ぴーぷーって」


 お互いがお互いの何かをダメ出しし合い、『覚えてるんならいいけどさー』と口にしたベアから、別の話が飛び出した。


『とある国の民謡で、ホルガローテン。でもそれ、元々とあるところで起きた伝説が元になったんだってさ。小さな村で、ある夜にその村の若者達がダンスで楽しく過ごしていて、途中に変な男がフィドル……まぁバイオリンっぽいものっていうか? それ持って勝手に乱入して、勝手に演奏始めちゃったのね』

「とんだ不審者だな。許すなよ村の若者」

『ただその不審者が奏でてる曲がさぁ、チョー妖しい曲だったわけ。誰も聞いたことなかったんだって。で、そんな不審者が奏でる曲を若者が気に入っちゃって、もうどうしようもなくてね! それに合わせて皆、「イェーイ、パーティタイムだぜぇー!」ってイキり始めちゃって』


 クラブか。ディスコか。陽キャか。

 不審者に踊らされるなよ。警察行けよ。あ、小さな村だから警察ないか。


『ダンス始めちゃったのはいいんだけどさ。ダンスやめたいのに、「あれぇ~? やめられないよぉ~?」状態になったんだよねぇ』

「言わんこっちゃないわ」

『不審者が演奏やめないから、皆朝まで踊り明かしたよ。絶対次の日筋肉痛だよね。チョー痛いよねアレ。そんで実はこの不審者の正体、なんと不審者に化けた悪魔でさ! 悪魔に音楽を介して操られて踊っていた若者達はみぃーんな、村から連れ去られて死ぬまで踊らされた。死んだ後は魂抜かれて、骨だけが残ったんだよね。嫌だよね、死因が踊り疲れ死って』

「何だ踊り疲れ死って。死因絶対別にあるだろ。悪魔もそれ不審者に化ける必要ないだろ。もう悪魔の姿で行けよ」

『今日も突っ込みが冴え渡ってるね、寿!』


 うるさいわ、俺はもう電話切りたいんだよ! しかも今回のオカルト、すごく嫌な予感しかしない。もうヤダ。絶対分かってるやつだよコイツこれ。


 俺はこれ見よがしに大きな溜息を吐いた。


「お前。取り替え子メインじゃなくて、こっち本命だっただろ」

『だって寿が変なことしそうだから、釘刺しとこうと思ってぇ』


 思ってぇ、じゃないわ。

 ああもう、京帝と白兎だけじゃなくてベアの人間性にも気づかなかった俺、本当何なんだ。ただのオカルトマニアじゃなかったぞ。……まぁベアがオカルトオカルトうるさいのも、そっちの勉強メインなのも、理由が理由だったことが分かったけど。


『寿ぃ。分かってるよね?』


 最終確認のように聞いてきた。

 答えたくなかったので無言を通すと、スマホの向こうで溜息吐かれた。


『俺さ、何で寿とは一緒にいるか分かる?』

「友達だからじゃないのか?」

『そう。友達だから。忘れないでね?』


 そう言って、通話が切れた。

 俺は把握した。完全にベアは

 そして俺もベアの言いたいことが分かった上で、けれど言われたからといってそれを変える気はなかった。俺は物心ついた時からずっとだった。今更変えられないんだよ、ベア。


 画面が暗くなったスマホに視線を落とし、暫くそのまま物思いに耽る。そうして気持ちの整理を終えた俺は、ベッドに横になって就寝する。


 部屋は、暗闇に染まった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 アパートで母親と二人暮らしの俺、朝母親に叩き起こされる。何故かその日に限ってスマホのアラームが耳に届かずいつもより遅い支度をし、それでも朝食は味わって食べてから玄関を出た。

 アパートの階段をカン、カンと降り、学校に向かうために正規ルートの道を向く。


「おはよう」


 声を掛けたのは、俺を待ち伏せしていた人物に対して。挨拶は人としての基本なので、特に見知った人物には必ずする。

 苦笑して、その人物へと問う。


「なに? 俺達、昨日別れただろ? もう一緒に登校はしないぞ」


 俺を待ち伏せしていたのは、昨日別れた元カノである――――京帝 真妃乃。その顔は無表情ではない、とても穏やかな表情をしていた。

 その視線が俺から逸れて、違うものを見つめる。

 視線の先にあるのは、未だに俺のリュックの取っ手部分にぶら下がっている、カラスのキーホルダー。その様子を見て、正しく理解する。


 ちゃんと伝わっていた。俺の意図。



『俺、先輩とはもう会わないと思うので。だからこの道に来ることも、もうありません。だから、俺はここには来ません』



 ――俺はもうこの道には来ない。だから、お前が俺に会いに来い。



『カラス、先輩好きなんですか? 俺、そんな好きじゃないので。後ろでぶら下がってるコイツだけで十分です。不細工ですけど愛着沸いてて、俺のお守りなんですよ』



 ――ちゃんと目印のキーホルダー付けているから、間違えずに、俺のところに来い。


 目の前にいる、 に。俺は。



「……お前は京帝 真妃乃じゃない。お前は一体、何だ?」




 ニタァ、と。


 目の前にいるモノの口角が、上がった。



 そして俺は初めてソレの口にした言葉を、己の耳で聞いたのだった。

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