第27話 彼女への終止符
相変わらず中庭に人がいない中、俺と真妃乃は最初の時のようにベンチに隣り合って座って弁当をつついていた。
そして相変わらず俺の弁当にブロッコリーが入っている。彩りを気にするのならキュウリでもいいだろ、母よ……。
交際を始めてから今までで一番静かな昼食を終え、話をするためにお互いを向き合う。真妃乃は穏やかに微笑んでいた。
「今日、一緒に食べてくれてありがとう。やっぱり寿くん、優しいね」
「うん。真妃乃とご飯食べるの、これが最後になるし」
「……そうだね」
俯いて自分の手を握り合わせ、声が小さく絞り出される。
「ごめんね、寿くん。どうしようもなかったの。私、本当に困っていたの。だって消えるなんて私、嫌だもの。まだやりたいこととか、したいこといっぱいあるの。将来の夢だってちゃんとあるの」
やりたいこと、したいこと、将来の夢。この子は、俺にはそれがないとでも言うのだろうか?
追及しても無意味だと知っているので、敢えてそれを言葉にせず別のことを聞いた。
「真妃乃の将来の夢って?」
「あのね、私、パティシエになりたいの。休日にお菓子作ってるって話したことあるでしょ? 家族だけじゃなくて、仲の良いご近所さんとかに試食してもらって。私が作ったお菓子で笑顔になってくれるの、それが見たくて。私今まで見た目でしか褒められたことなかったから、それがすごく嬉しかったの」
学年一の美少女である真妃乃。見た目も彼女の個性で誇れるものだと思うのに、それは本人にとっては喜ばしくないことのようだ。
俺は見た目もどこにでもいるヤツなので、容姿を褒められたことは一度もないから共感はできない。
「そうなんだ」
「うん。あの、ね。こんなことを聞くのはあれなんだけど、寿くんの将来の夢も、聞いていい?」
ベアの言い方を真似るなら、どーゆーことぉ?だ。
本人もあれと言っているので、ちゃんと自覚はあるようだが。
「狙われている俺の将来の夢、聞きたいのか?」
「だ、だって、寿くんだって誰かに移せるかもしれないじゃない。諦めないで」
「俺の優しい人間性を見染めてターゲットにしたのに、移せれるって思っているのか?」
「……!」
ハッとしたところを見るに、思っていたらしい。
矛盾しまくりである。こういうのを自分本位と言うんだろうな、間違いなく。どうしてそういう人間性に気づかなかった俺。
小さく溜息を吐き出してから、答えを返すために口を開いた。
「聞きたいなら話すけど。将来の夢というか、特に何になりたいっていうものはないな。強いて言えば、物心ついた時から思っていることがある。目立たずに普通に生きて何事もなく人生を終える。それが俺の将来の夢みたいなものだな」
「……それだけなの?」
「それだけって言うなよ。俺にとっては大切なことだぞ。俺みたいな普通な人間が目立ったら、芽を摘まれてポイされる可能性大だしな。何事も平穏が一番だ」
うんうんと頷く俺を黙って見ていた真妃乃だが、「人それぞれだもんね」と言って納得した。うん、何かその返答は心抉られるな。
とここで真妃乃からの話は終了したようなので、今度は俺のターンである。
「俺からも話があるって言ったと思う」
「うん」
「真妃乃、別れよう」
濁すことなく真正面から言った俺に、彼女は顔を歪ませた。
「どうしてとかは言うなよ。分かるだろ。俺達の間には結局何もなかっただろ。お互いがお互いに好きっていう感情がないのなら、交際するべきじゃない」
「……私、でも」
「俺の立場になって考えてくれ。真妃乃だって元彼に自分から別れを切り出したんだろ? それと一緒だよ。同情とか罪悪感で傍にいられても、俺だって困るんだよ」
握り合わせていた手がスカートをギュウゥと握り締める。そしてその瞳からポロポロと涙が落ちて散る。
「……ごめんなさい。自分から言えなくて、ごめんなさいっ! 優しい寿くんに最後まで言わせて、ごめんなさい!!」
肩を震わせて、とめどなく涙を流す彼女に一体どれだけの男が庇護欲をそそられるのか。守ってやりたいと思うのか。俺はもう、彼女に対してそんな思いは抱けないけれど。
そしてそれを見て、また一つ俺はこの子とあの子の違いを見つける。悲しいのか安堵からくる涙なのかは分からない。けれど泣いている。
白兎は泣きそうになっていても、結局泣いたりはしなかったのに。最期だと自覚していて、それでも最後は笑って俺に手を振り返してくれていた。
本当に変わった。本当に変わっていない。
強い。白兎。あんなに弱そうだったのに、本当はすごく、すごく強かったんだな。本当は男の俺が、お前を守ってやらなきゃならなかったのに。
俺は何度、お前に対して間違えていたんだろうな。
目の前で泣く真妃乃を――京帝 真妃乃を前にしても別の人間のことを考えている俺の心には、やはり目の前の存在に対して心を残してはいなかった。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
別れたので当然帰りは一人になる。
もう俺自身の正規ルートで帰っても良かったが、何となく足があの道を通るルートへと向いた。初めて一人で歩く、色々あったあの道。
それでも中庭と同様人っ子一人いないのは、まだ続いているからか。ベアに確認していないから分からないが、もしや俺には一週間の期限はないのではなかろうか?
俺自体がぽいモノのターゲットにされている訳ではないし、ターゲットの京帝 真妃乃の傍にいたからその次の観察対象として注目されていたに過ぎない。
俺が該当の言葉を言えばぽいモノは俺をターゲットにするけど、会話までしかけた……聞こえなかっただけで確実にやり取りしていたので、近くで見張られ続けるのでは?
俺、ターゲットにされて逃げられたヤツじゃないのに、気を付けないといけないのか。うわぁ……。まぁそれでも、もう関係ないんだけど。
げんなりしながら歩いていたら、突き当たりまで辿り着いた。空は普通に夕暮れで、赤と黄金のグラデーションが見ていてどこか懐かしい。
まず俺の進むべき道である右を見た。いない。
次いで左を見た。いる。
カラスはいなかったが、まだ先輩の形をしたぽいモノがそこに。
おっかしいなー。空は普通の色してるぞ? ……あ、そうか。学校の中庭や俺の教室の廊下にも出現していたよな、そう言えば。何だ、関係ないのか。
無言で見つめ合う。ぽいモノはやはり、穏やかな顔をしている。
「先輩。俺、ちゃんと彼女とケジメつけてきました。先輩も今からケジメつけに行くんですか?」
口が動く気配はない。俺は続けた。
「俺、先輩とはもう会わないと思うので。だからこの道に来ることも、もうありません。だから、俺はここには来ません」
この世のモノではない存在に、伝わるだろうか?
それでも俺は続けた。
「カラス、先輩好きなんですか? 俺、そんな好きじゃないので。後ろでぶら下がってるコイツだけで十分です。不細工ですけど愛着沸いてて、俺のお守りなんですよ」
穏やかな顔でずっと俺を見つめていた先輩は、初めてその顔を俺から逸らした。逸らして、その左の道を真っ直ぐに歩いて行く。
突然消えたりしないのか。成り変わりリアルだな。
俺が放った言葉の意味が相手にちゃんと伝わったのかどうなのか。
それは後日分かることなので、俺もアパートに帰宅すべく右の道へと一歩、踏み出した。
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