第26話 確認すること、されること
学校にも行かず暫く公園で過ごしていた俺は、当然のことながら大遅刻。
到着したのは二時限目の途中で、授業が終わるまで待っていても仕方なかったので扉を開けて教室に入った。まあ授業教師が担任だったこともあって、入りやすかったのもある。
遅刻することは当然学校に連絡していないので、普通に「ブラブラしていて遅刻しました」と正直に告げたところ、「……多田野に限ってな。何か悩み事でもあるのか?」と普通に心配された。すまん、先生。
平平凡凡の普通の男子高校生なので、授業態度も普通。
そんな普通の中の普通な俺が「ブラブラしていて遅刻しました」と普通に言ったものだから、不良の道に片足突っ込む一歩手前かと心配したらしい。すまん、先生。俺はちょっとしたことでも嘘が吐けないタイプの人間なんだ。
そんな俺のせいで担任の授業は半ば中断された形となり、授業も中途半端に終わってしまった。すまん、皆。
そして三時限目までの十分休憩中、ベアが席を立った俺の背中に勢いよくベチャッと貼りついてきた。
「寿ぃー! 無遅刻無休皆勤賞だったのに初黒星ぃー! おめでとぉー!!」
「おーい、誰か背中にいるヤツの頭かち割ってくれ。俺が許可する」
「なんて残酷な子!!」
しかし、いつもなら悪ノリに参加してくる男子達は反応せず。皆、「今日はちょっとなー」と言って遠慮してきた。何故に。
その理由も俺の背中を木にしたままひっついているクマゼミが、ミーンと鳴いたことによって知る。
「だってさ、いっつも一緒に登校して朝ずうぅーっとベッタリだった二人の様子というか、態度?が変なんだもん。そりゃ何かあったんだろうって、逆にそっとしてんだよ」
「……まぁ俺のは担任の反応で分かるけど。真妃乃の態度も変なのか?」
聞いたらやっとクマゼミは木から飛び立ち、ベアに戻って不機嫌そうな顔を見せた。
「自分のクラスの女子とキャッキャウフフしてる。今日の間でこのクラスに寿の様子とか見に来ない。あの女、やっぱカメだね。ホントぜぇーんぜん分かってないわ」
「何で不機嫌」
「勘違い女って無条件でムカつかない?」
「勘違いって条件ついてるだろ。いや、朝で待ち伏せないんなら、来ないだろうなとは思ってたぞ?」
「ふーん!」
ふーん!て。そんな力強いふーん初めて聞いたわ。
と、ここでベアのジットリとした視線が俺を突き刺してくる。
「何だよ」
「……一応さ、心配してたんだけど。寿来ないから」
「あぁ、なるほど」
ベアも何だかんだ言って、俺のことを助けてくれていたみたいだしな。コイツには連絡しておいても良かったかもしれない。
「ちょっとした野暮用で」
「中身プリーズ」
「…………白兎の家。確認に行ってた」
自然と小さくなった言葉を聞いて、ベアの目が見開かれた。そしてテテテッと俺の席の椅子に座った。何故だ。
「昨日、それ聞いてないけど」
「言ってないからな。それに衝撃的なオカルト話聞かされて、頭痛発症したし」
「俺のせいにされたぁ。……なるほどね。やっぱ、寿のこと助けに行ったんだ。俺と同じこと聞いてきたって寿言ってたし、日数もあまりないって分かっちゃったんだね。ふぅーん。……残念だね」
最後、ポツリと寂しそうに呟いたベア。
俺が確認しに行って大遅刻したことから察したのだろう――彼女の結末を。会ったことも話したこともない筈なのに、何だかベアは白兎に対しては好意的だ。
「真妃乃と違って、白兎には好意的なんだな」
「ん? 俺からしたら同志みたいなものだし。やっぱ中々さ、同じような経験している人っていないんだよねぇ。だからそれっぽいモノから逃げられた者同士、話とかも弾むのかなって」
「弾むか馬鹿。……ベア、確認なんだけど」
俺の席に座られたので、仕方なく前に回ってしゃがみ込む。
背がクラスの方でも真ん中より高い俺は、ヤンキー座りをしても難なく机の上から顔が出せた。
「確認?」
「昨日の話。取って代わられて消えたヤツの周囲の記憶はなくなるんだろ? 白兎の母親は、白兎のことを覚えていた」
ベアが鼻白んだ顔になった。
「あーそれ、あーねぇー。はぁ~~~~」
「ベア?」
「俺、信じられんのは自分の観察眼だけなの」
「うん?」
「そーゆーのとトンとご縁がなかったからさ、マジで信じらんなかったわけ。引き取られてもぽいモノ、見掛けたりしてさ。突然何かの拍子にフラッと出てくるからチョービビる。で、また身近で起こった時にさ、消えた子の記憶、その家族には残ってたんだよ」
両手で頬杖をついてフイッと窓の外へと顔を向けた横顔は、どこか遠くを見ている。
「ぽいモノに狙われて、連れて行かれて取って代わられている間。それがもうその人間じゃなくてぽいモノでも、最後までそれに気づかない人間はいる。連れてかれた人間に対して愛情があれば、その人の記憶にはちゃんと残ってる。神楽坂高校の行方不明事件の、母親みたいに」
「! それって」
「周りの反応で分かるんだよ。ぽいモノに何らかの形で関わっていると、その人間にだけそれ関連のニュースが見えるようになる。だから俺、よく寿に聞いてたじゃん。あの事件じゃなくても、行方不明のニュース知ってるかって」
確かに聞かれていた。オカルト話をするついでに、当たり前のようにニュースは見たかと。コイツ行方不明好きだなとしか思ってなかったけど。
「だから俺、あのニュース知ってるって寿から聞いた時にすぐ把握したよ。あ、寿やってんなって」
「言い方。……そっか。だから白兎の母親、白兎のこと」
インターホン越しでの短い会話でも伝わってきた。
白兎が、愛されていたこと。
タスッ タスッ
俯いて口を閉ざした俺の頭に、何やら積み重ねられているような重しが。
「ベアお前いま何してる」
「次の授業の準備ぃ。英語だから用意するものたくさんあるよ。寿の頭平だから積みやすいね!」
「マジで空気読めお前積むな!!」
頭に乗ったものを取って顔を上げたら英和辞書持ってやがった! 首折る気か!?
「帰れ! 散れ! 自分の席にハウス!」
「冗談じゃーん」
「お前の冗談は本気との境界線が混ざり合って結局一つになってんだよ!」
「どーゆーこと?」
「言ってる俺も意味分からんくなった!」
もう頭がゴチャゴチャして纏まらん!
ぽいモノのこととか、白兎のこととか。つか、ぽいモノ。イミテーションゲンガーって言っていたのに、それで通さないのは何故だ。長いからか。
「はい! 俺からも寿に確認事ありまーす!」
「それ三時限終わってからでいいか? もう本鈴鳴るぞ?」
「えー?」
不満そうに言われてもな。
取りあえずお前は早く俺の席からどけ。
あ、ほら鳴った。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
「何度も何度も言ってるカラス外さないのなーんーでぇー?」
三時限目終わってすぐに来たベアから、顔を左右に揺らしながら聞かれた怖い。
「コイツの本当のお役目知ったのに外さないのなーんーでぇー?」
ちら、と視線を向けた神の使い。
どこを向いているか分からないので、俺と神の使いの視線は合わなかった。
「……愛着沸いてるし」
「愛着と命懸かってる危険性の
「神の使いが俺を守ってくれると信じている」
「…………」
眉間に思いっきり皺を寄せ、鼻にも皺を寄せている。お前いまチョー不細工な顔になってるぞ。
「変なこと考えてない?」
「変なこととは」
「変なことは変なこと。言ったら俺、一発アウトなりそう」
その言葉を聞いて、微かに頭に疑問が沸く。
何でコイツ、今一発アウトって――……。
「寿くん」
…………俺を呼んだのは一体誰デショー?
目が無になりそうな俺に教室の男子の、「多田野ー。京帝さんに呼ばれてるぞー!」という善意の声が耳に届く。ベアの顔見たら、ああん?って顔してた。
俺もゆっくり扉の方を見たら、今日は初めて目にした真妃乃がにっこりと笑って俺に手を振っている。
「何しに来たカメ女」
ボソッと低い声出した怖い。俺もお役目終わったと思われていると思っていたので、あの子が来たの予想外です。
仕方なく席から立ち上がって向かおうとしたら、ガシッとベアに腕を掴まれた。
「俺が行ってくる! 寿がぶっ放せなかった分、俺がぶちかまして来るから安心しな!!」
「一番安心できないわ。今までお前失言しかしてないわ。これに関しては俺の問題だから、俺がケリつける」
「寿格好良い!!」
ぴーぷー下手くそな口笛吹かれながら見送られ、扉の外で待っている真妃乃の前に立つ。
「今日初めてだね、寿くん」
「……そうだな。何か用か?」
「うん! あのね、今日一緒にお弁当、どこで食べようかなって」
「弁当?」
ニコニコと笑っている顔を見つめ、微かに眉間に皺が寄った。
どういうつもりなのか。スーパーマンの役目は終えても、彼女の中でまだ俺の彼氏という立場は健在なのか?
少し考えて、昨日と同じ中庭を告げる。真妃乃は頷いたが、その後ジッと俺の顔を見つめてきた。
「もう、一緒に食べてくれないかと思った」
「まだ立場的には彼氏だしな。あと、俺からも話があるし」
「そう。……ベアくん、来る?」
「いや。ベアには遠慮してもらう。アイツは教室でミー読ませとく」
ミーと雑誌の名前に聞き覚えがなかったのか首を傾げていたが、苦笑して彼女は自分の教室へと帰って行った。俺も自分の席へと帰り、ベアに迎えられる。
「で、あのカメなんだって?」
「カメ言うな。弁当一緒に食べることになった」
「はぁ!!? どの面下げてんの!? 俺また行くよ!?」
「来んでいい。お前は教室でミー読んどくこと。絶対厳守」
「そんな殺生な!!」
どこがだ。自分でケリつけるって言っただろ。失言マシンは留守番だ。
真妃乃が始めたこと。
彼女ができないのなら、彼氏の俺が終わらせる。
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