第24話 その話に名前をつけるのなら

「俺は真妃乃に別れ話を切り出せませんでした」

『何やってんの寿』

「それどころじゃなかったんです。これは本当の話です」


 現在十九時三十四分。

 俺はベアと違って一般常識ない野郎じゃないので、夕ご飯も食べ終わって風呂にも入っていないだろうまったりとしている可能性の高い時間帯に、報告という名の連絡を入れた。ベアもすぐに出て、一応確認したらやっぱりまったりしていたそうだ。

 ちなみに今日の夕食は普通にブタの生姜焼きだったらしい。お前昼に百パーセントジンジャー!飲んでたろうが。生姜足りなかったのか?


『はぁ~あ。お察し。俺挑発し過ぎちゃったかなぁ~』

「し過ぎるほどし過ぎていただろうが。俺がお喋り禁止って言っても、喋り倒してたのどこの誰だ」

『俺ぇ』


 俺ぇ、じゃないわ。反省文五枚書いて明日俺に提出しろ。

 小柄で黒髪もっさりで赤縁眼鏡な一見大人しそうに見えるヤツなのに、意外に好戦的な性格してるんだよな。全体的に受け身の俺とは大違いだわ。


『じゃあ明日? 明日すんの? おし、朝一アパートの前でぶっ放してやんな!』

「いや、多分明日は来ないだろ」

『……ん?』


 俺の返しに、恐らくスマホの向こうで首を傾げている。


『なに? 別れ際にケンカでもしたぁ?』

「してない。というか、ケンカどころの話でもなかった。結論として俺は真妃乃にとってはただのスーパーマンで、俺はその役目を果たしたと思われている。だから多分来ない」

『……は? それマジ?』


 嘘言ってどうする。俺はちょっとしたことでも嘘が吐けないタイプの人間だって、お前知っているだろ。


『まさか寿やっちゃったの!? 俺があれだけ余計なことは言うなって、オカルト通して発信してたのに!?』

「何やらかし断定してんだ。失言マシンのお前と一緒にするな」

『だってだって!』

「だってもクソもないわ」


 何歳だお前は。

 はぁ、と息を吐いてあの時俺が口にした言葉を告げる。俺の真妃乃への救いの手。


「ずっと先輩か元彼って言っている。あれは誰だ?って、そう言った」

『寿!!』

「スマホ耳に当ててんだから怒鳴るなお前! ったく白兎もお前も本当何なんだよ!? 先輩の名前知らなかったから今更だけど聞いたことの、何がそんなにヤバいんだよ!?」

『……は?』

「いや俺がは?だわ」


 納得のいかない返しの数々に憮然としていたら、白兎と同じく黙りこくっていたベアが突然笑い出した。


『ヒィーッヒッヒッヒ!! 寿めっちゃオモロいね!』


 コイツのツボがよう分からん。

 取りあえず魔女みたいな笑い方キショい。


「何がオモロいのか知らんが、俺はオモロくないぞ」

『だろうね!』

「……なぁ。今日はオカルト話しないのか?」


 聞くとキショ笑いがピタッと止まり、不思議そうに聞いてくる。


『めっずらしいねぇ。寿が自分から俺のこと求めてくるなんて』

「お前求めてない。オカルト話求めてる。キショい」

『シンプルにひどい。うーん、どうしよっかなぁ。なぁーんの話がいいかなぁ?』


 うーんと悩んでいるベアの様子に、肩の力を抜いて待つ。

 最近のベアが話すオカルト話は頭の中に残って引き摺ることが多い。だから放課後に起こったすべてのことを、一時でも忘れさせてくれるのではないかと期待した。

 そして少しして決まったようで、『じゃあこれにする!』と喜色の声を上げて語り始めた。


『俺の知っているお話一つ。むかぁーし、むかし、あるところに、チョー家族仲うっすい家庭がありました。父親と母親と兄と弟の四人家族。産ませたくせに子供に見向きもしない父親と、産んだくせに子供に見向きもしない母親。兄は兄で血の繋がった自分と同じ境遇の弟に食べ物を分け与えず、独り占めする始末。いやー弟チョー大変だったろうねぇ。それでも何とか死なずに生き延びたわけよ。それでさぁ、ある日仕事から父親が帰って来たのね』


 何やら普通ではなさそうな家族の話をし始めた。

 コイツはいつも始まる時に話のタイトルとか歌の題名を言ってくるので、パターンが違う始まり方を疑問に思いながらも聞き入る。


『帰って来たんだけどさ、その父親。弟の目から見てそれ、父親じゃなかったんだよねぇ』

「父親じゃなかった?」

『うん。父親じゃない別のモノだった。姿形はそっくりなんだけどねぇ。弟さぁ、生き延びるのに必死だったから、色々観察眼が鋭くなっちゃってて。あ、何か違うなってすぐに気づいちゃった。でさ、観察続けてたら父親っぽいもの、次は母親っぽいものに変わってた。そのタイミングで父親っぽいものは消えた』


 消えた。消えた?


「……行方不明とか、そういう?」

『うーん微妙だねぇ。まぁどっかには連れてかれたんだと思う。それで母親っぽいものから次に、兄っぽいものに変わっていった。何で弟が最後になったかってゆーと、ずっと息を潜めてたからねぇ。生きることに貪欲だったから生き延びてた。で、まぁお察しだと思うけど、次に狙われたのは弟。でもこの時点で親二人とも消えていて、幼い兄弟二人って生活無理じゃね?って近所の人が連絡入れて、施設の人が兄弟引き取っちゃってさぁー』


 俺は黙って続きを待つ。

 結構喋っているから昨日みたいに途中で飲み物を飲むかと思ったけど、ベアはそのまま話を続けた。


『兄っぽいモノとそれに狙われている弟が入った施設は、結構同じような境遇の子供も多かったわけ。弟は生きることに貪欲だったから、考えた。このままじゃ弟も弟っぽいものになる。そんなの嫌だなぁって。でも弟チョー悪運強くて、その施設の中に、特別なモノが見える子がいたの。……あの子にターゲット変えられないかな?って。それから弟はずうぅーっとその子に付き纏って離れなかった。そうしたら、ハハ、ちゃぁんとターゲット、移ったの。それから暫くして分かっちゃった。それっぽいモノがそれに取って代わる時ってどういう時なのか。子供が多かったからさぁ、観察対象が多くて困らなかったよね。ある意味勉強?みたいな』


 聞いたオカルト話の中では一番胸糞であるが、ふざけた発言が一番出てもいなかった。


『結局その施設の中の子供、まともなのは弟だけしか残らなかった。いやぁとっても醜かったね! 人間同士の壮絶な擦りつけ合い! 例によって最初に擦りつけてから、弟は息を潜めていたから狙われることはなかったよ。観察対象いっぱい居たから、パターンとか条件とか、色々分かった。たくさんの尊い犠牲を間近で見てきて、犠牲にした子達の分も頑張って生きなきゃなぁって思った!』

「……で、そのパターンと条件って?」

『狙われる期間は一週間。その間に他の誰かがある言葉を言えば助かる。逃げられないのはある言葉を言っちゃうことと、もう一つ』


 もう一つ。


『逃げられたのに、それっぽいモノにまた見つかること。それの場合はもう、一発アウト』

「一発アウトって、どういうことだよ」

『一週間の期限なく、すぐに連れていかれちゃうってこと』

「…………」


 スマホを握る手に、力が入る。


「結局、一人残った弟はどうなったんだよ。施設の人だって、他の消える前の子供だって、そんなことになったら騒ぐ筈だろ」

『それが不思議なんだよねぇ。弟はその子達が存在していたことは覚えているのに、他の子は消えた子供のこと、それっぽいモノが別の子に取って代わった瞬間に忘れてた。記憶自体が消えたって言うのが正しいかな? だから多分さ、一度狙われたらずうぅっと付いて回る。確かにその存在は生きていた。居たんだって。忘れるな、これがお前のやったことだって。仕方ないよね、自分が生き残るためだったんだから。……あぁ、弟がどうなったかって話だけど、やっぱり悪運強くてさ。子供のいない、結構お金持ちの夫婦に引き取られたよ。幼少の頃の食事のひもじさでチョー栄養不足だったから、身体はあんま成長しなかったけど。まぁ健康体にはなってる』


 ベアは結構いいところのマンションの、その七階に一人で暮らしている。両親は悠々と世界の色々なところを旅していると、前に聞いたことがあった。


「フィクションか?」

『フィクションだと思う?』


 ガチトーンで返された言葉に、眉間に皺を刻み強く目を瞑る。頭が痛い。マジで頭痛してきた気がする。


「……俺さ、もっと楽しいオカルト期待してたんだけど」

『あり、俺の選択間違った? だぁーって、そろそろいいかなぁって思ったんだもん。明日で一週間だし』

「……お前さ」

『クレームは受け付けないよ! 俺、チョー自己中だから! 寿も人のこと言えないよ!』

「何でだよ!」


 俺のどこが自己中だ!

 平平凡凡、どこにでもいる普通の男子高校生だぞ!



 ――けれど聞いて腑に落ちた。


 真妃乃がどうして俺に告白してきたのか、どうして犯罪予備軍ストーカー化していったのか。あんなに狂ったように笑い続けていたのか。全て、理解した。


 あぁ、だとしたら俺の救いの手は、



「ベア。今回のオカルト、話の名前を付けるのなら?」



 スマホの向こうで、酷薄に笑う気配がした。




『――イミテーションゲンガー』

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