第21話 彼女 VS 友人 戦争勃発再び

 何でこんなことになった。



 現在、時は昼休憩。

 昨日と同様、天気の良い中庭で弁当を広げる俺と真妃乃に混じり、鼻歌を鳴らしながらパンッとパンの袋を破くベアがいた。


 カラッカラの天気なのに空気がどんよりとしているからと言って、雰囲気を軽くさせようとダジャレを言ったわけではないことは分かってほしい。うん、まぁ空気がどんよりしているの、俺だけなんですけど。


 真妃乃はベアがいても俺を見てニコニコしているし、ベアもベアでジャムパンを頬張りながらニコニコと俺を見ている。お互いがお互いの存在を無視し合っているような状況で、俺は一体どうすれば。

 平平凡凡な男子高校生なのに、何故こうも連日悩みが尽きないのか。人生というものは無情である。


 そういうわけなので、俺から何かしらのアクションなど起こせる筈もなく。

 真妃乃かベアどっちかに話し掛けても、何だか戦争になりそうな気がするのだ。無理。無理です。彼女と友人の戦争の原因(俺)がその引き金を引くなど、そんな間抜けな話があって堪るものか。


 今日も弁当に入っているブロッコリーを苦々しく思いながら、口に放り込んで咀嚼そしゃくする。と、ブロッコリーの何かの栄養分が脳に届いたらしく、パッとひらめくものがあった。


 ……別にどっちかに話し掛けなくても、両方ともに話し掛ければいいんじゃないか? そうか、そうだ! どっちかじゃなくて、どっちもだったら片方が片方に噛みつくこともない! だったら話題、話題だ……!


「あのさ!」

「「なに?」」

「今日ってなn」

「寿くんは私に話しているんだから、ベアくんは黙っていて?」

「なに言ってんの? 俺に話し掛けたに決まってるじゃん。そっちこそタコさんウィンナー黙って食べてな」

「ベアくんこそ、パン口の中に入れたまま話さないでくれる? 菓子パンに口の水分持っていかれていて」

「梅干し食べてあまりの酸っぱさに悶えていれば?」

「ホットドッグのマスタードの激辛に飛び跳ねたら?」

「けっ! マスタードじゃなくてハニーマスタードですぅ。辛くありませぇーん」


 戦犯……! 意図せず戦犯になっちまった……!

 つか俺、喋り終えてないのに!


 しかもカフェの時の再来で、幼稚な言い合いが繰り広げられている。例の如くこの時ばかりは人がいなくて助かった。俺はもうあの恥ずかしさに耐えられる自信がない。

 そして箸をポキッと折りそうなくらい、手に力を入れている真妃乃に話し掛ける勇気もない。あろうことか、食べていたジャムパンをグシャッと握りつぶしているベアにも話し掛ける気力もない。


 無力。何て俺は無力な男。マグロに激突されたマンボウのような目をして、黙って二つ目のブロッコリーを食べる。今度は何も閃かなかった。


「寿」


 ベアに呼ばれたので、弁当から顔を上げて見る。


「ナンデスカ」

「この女に分からせるためにも、皆の知っているお話を一つしてもいいよね。するね」


 遂に呼び方が京帝さんからこの女になった。

 そして相変わらず俺に拒否権がない。

 と、激突瀕死マンボウのような目から人間の目に戻った俺は弁当を置いて、すぐさまベアの口を実力行使で塞いだ。


「もがぁー!?」

「それはさすがにダメだ! 真妃乃は我慢ができないほどオカルト話が嫌いだ!」


 あまりの嫌悪にブチ切れて、お前の顔面に箸を投げつけられたらどうする! 眼鏡パリーンするぞ!

 手を剥がそうともがくベアと押さえつける俺の攻防に、しかし予想に反して真妃乃は穏やかな声で言った。


「寿くん、大丈夫よ。私ね、思い直したの。嫌いなものは克服しなくちゃ、ダメよね?」

「えぇー……」


 ベアを見て言うので、こっちもこっちでベア=嫌いなもの扱い。真妃乃の方を見た一瞬の隙をついて、俺の手が剥がされた。


「寿、人の話はちゃんと聞くこと! 俺、皆の知っているって言ったよ? 今回の、オカルトじゃなくて教訓を喰らわせるだけだから!」


 プンプン抗議してくるが、あの言い出しは絶対オカルト話し出すと思った俺、絶対悪くない筈。

 そしてベアはビシィッと、人差し指を真妃乃に向かって突きつけて。


「耳の穴かっぽじってよく聞きな! お前、ウサギとカメのカメだから!!」

「「は?」」


 いや、意味分からん。


 俺と真妃乃がポカンとする中で、ベアだけがフンスと鼻を鳴らしている。取りあえず人に向かって指を差すのは良くないことなので、俺は黙ってその指を掴んで引き下げておいた。


「は?じゃなくて。こんな有名な話も知らないわけ? 何年人間として生きてんの?」

「いや俺もは?言ったわ。お前真妃乃見ながら言っているけど、それ俺にもブッ刺さってるからな。解説ヨロ」


 解説を求めたら、ベアはやれやれというように首を振った後、紙パックのジュースをストローでちゅーと飲み始めた。ちなみにそのパッケージには、『100%ジンジャー!』と記載されている。

 お前それ辛くない? よく咽ずに飲めるな。ドリアンジュースよりかはマシ……か……?


 そうして一息ついたベアが眼鏡の奥の目を細めて、不敵な笑みを浮かべた。


「ウサギとカメが競争して、結果ウサギが負けた。チョー有名なイソップさんの寓話ぐうわ。これよくウサギが相手は鈍いカメだと思って侮って昼寝して、カメがコツコツ努力して歩いてゴールしたって怠惰と努力の話って言われているけどさ。本質ってそこじゃないんだよねぇ」

「本質? 話のか?」

「そうそ。視点が大事なんだよ。ウサギはさ、カメばっか気にして自分との開きが大きいから、油断して怠惰に昼寝したんでしょ。じゃあカメは? カメはウサギと自分の距離気にして歩き続けた? 違うよね? カメはゴールしか見てなかったから歩き続けたんだ。途中で寝こけているウサギなんかには目もくれずにね」


 解説を受けて、俺は顎に指を当てる。


「なるほど。そりゃウサギもゴールしか見てなかったら、とっくにゴールしてたよな。相手がカメじゃなくてチーター、は絶望的か。キツネとかだったらウサギもまっすぐゴールしか見なかっただろうな」

「うーん。さすが寿ぃ。俺の言いたいこと全然分かってなぁーい」

「えっ」


 マジで? え、これ違う?


「カメはゴールばっかり見て、ウサギが何してんのか気づいてない。ウサギはカメしか見てなくて、ゴールなんて見てないんだよ。分かる? ねぇ、分かる? ウサギ、まだゴールなんて見えてないんだよ」

「すまん、ベア。俺まだよく分からん」

「寿は一生分からなくていいよ」

「何で!? 一生!?」


 ベアにスッパリ切られた俺はじゃあ真妃乃はどうかと思って見たが、その顔は固く強張っていた。


 やっべ、分かってないの俺だけ! どういう仲間外れ!?


 そして意味が分かっているらしい真妃乃が、ギリッと歯ぎしりした。更に手にしていた箸をグッサ!と白飯の上に突き刺した。

 聞こえなかったことにしたいし、見なかったことにしたい。それでも世界は俺に現実を突きつけてくる。


「何なのアンタ……ッ!」


 すこぶる低く威嚇するような声が、小さなお口から零れ出た。あぁ……。

 それを受けてもベアは飄々とした態度を崩さない。


「寿の一年半年の、濃密な仲のお友達ぃー」

「ふざけてんの!?」

「あーあ、たぁいへぇーん。自分のことばっかで相手のこと見てないから、うまくいっていると思ってたのにとんだ勘違ぁーい。バーカバーカ!」

「…………!!」

「ベア! ベアもうそこまで! ストップ! お喋り禁止!!」

「俺が友達だったのが運の尽きだね! 寿! このまま言ってやりな!!」

「お喋り禁止いいいぃぃぃ!!」


 最悪だよ! 最悪の発表会になるよ!

 チキンハートなんだよ俺は! こんな空気地獄番地一丁目みたいなところでできるか! 空気読めないマイペース自重しろ!!


 再び実力行使で先程より強い力でベアの口を塞ぎ、すごい形相でベアを睨みつけている真妃乃へと呼び掛ける。


「真妃乃! こっち見て真妃乃! 真妃乃さん!」

「……」


 必死の呼び掛けの甲斐あり、俺を見る時はすごい形相から真顔にソフトチェンジ(?)した顔を向けてきた。

 この場を収め且つ、俺の重大発表を行うにはこの場がこんなカオスになってしまった以上、もう可能なタイミングは一つしか残されていなかった。


「帰り! 朝と同じように二人で一緒に帰ろう! な!?」

「……二人で一緒?」

「そう! 俺と! 二人!!」

「もが!!」


 黙れベアこの失言野郎! 何の教訓か知らんが、これ以上真妃乃を刺激するな!!


 下手したら自分の寿命が縮むような俺の提案に、真顔だった彼女の表情が緩んでいく。薄らと笑い、口が弧を描いた。


「うん、分かった。一緒に帰ろうね。二人で」

「ふ、二人で」

「約束ね」

「…………はい」


 自分から口にした筈の提案に、早くも挫けそうになる俺。口を開かず黙って弁当を食べていれば良かったと後悔しても、もう遅い。

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