交際 5日目

第20話 謎の警告、想定外の朝

 改めて、その色々のところに収納したらしいオカルト部分を引っ張り出してくる。


『太陽と月は「知らんがな」って一刀両断だったけど、星だけは違ったんだよ。親切にお兄ちゃん達はガラスのお山にいるって教えてくれたし、そのお山に入るための道具も渡してくれた。その道具を娘は小さな布に大事に包んで、そこに向かったんだよね。で、お山に辿り着いたけど、門が閉まっていたと。開けるための道具をここで使うのかって思った娘は包みを解くんだけど、想定外のことが起こっちゃったんだよ!』


 想定外。

 門はその道具じゃ開かなかったとか? 娘、良い星の振りをした悪い星に騙されたのか。


『中身が空っぽだったんだよ! 「あ、ヤッベ。どこかに落っことして来ちゃった!」』

「その娘も馬鹿なのか。包み自体落とさずに包んでたもの落とすとか。大事に包んだ筈だろ」

『それで娘がどうしたかってゆーと、ナイフ取り出して、自分の指をチョンパしたんだ』


 急なグロ来るのやめてマジで。


『チョンパした指を落とした道具の代わりに門にグイグイ差し込んで、それで門開けたの』


 急な痛いグロ来るのマジでやめろ! 俺のスマホ持つ手が既に痛い!! つか門お前それで開くな! お前のセキュリティはどうなっている!!


 収納してくれたままで良かったと後悔しながら想像して身震いしていた俺に、ベアが今回の解説を語り出す。


『すごいよねぇ。自分の指をチョンパしてまで、お兄ちゃん達助けたかったんだねぇ。怖いものに遭遇して帰りたかったと俺、思うよ? 自分のせいだって思っていたからって、顔も知らない話したこともない聞いただけのお兄ちゃん達の存在に、指を犠牲にしてまでよく助けたいって思えるよねぇ。俺はちょっと無理だね。血は繋がっているけど、他人みたいな存在に指はチョンパできない』

「ア、ソウデスカ……」

『うん。ちなみにね、隠された意味として、その時代には戦争がよくあったらしいよ。だから多くの男達が戦争に駆り出されて、家を継ぐ後継者ってヤツが家にいる娘に回ってくることが少なくなかったって。だから家を継ぐんだったらちゃんとした立派な婿を!って、娘の行動や結婚にかーなり強く口を出すようになったんだ。チョーうざぁい。だから娘は戦争に行ったお兄ちゃん達の帰りを待って、農夫のおっさんの束縛から自由になりたいって願った話を元に作られたのが、七羽のカラスって言われてるの』

「突如として再び呼び出された農夫のおっさん」


 ベアの話すオカルトはやっぱりオカルトだった。

 それにお兄ちゃんカラス行方不明になっていることで、やっぱり行方不明と関連している。俺はもう不謹慎だと注意できる気力がない。


『だからさ、寿』

「ナンデスカ」


 ゴクゴクとドリアンジュースを飲む音を聞いて、次に聞かされた言葉に俺は頭上に疑問符を飛ばすこととなった。


『白兎さん。指チョンパさせないようにね?』

「は? え、いやそれどういう」

『じゃあね寿ぃ。おやすみぃー!』

「あっ、ちょ、お前待てっ……!? コイツ切りやがった!」


 ホントに自由人マイペースだなベア! 何で白兎と指チョ……あーうあーもー最悪なんですけどぉー。


 指が嫌に痛む想像で現実逃避としかけていたものは現実逃避と化し、俺はスマホの電源を落として絶対に布団から腕を出さないようにして就寝するのだった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 大変なことが起こった。



「あ、寿くん。おはよー!」


 おはよー!じゃないよ。

 ここ、俺の住んでいるアパートの前。俺、いま階段から降りてきたところ。ナンデイルンデスカネ??


 清々しい朝の空気が一瞬の内におどろおどろしい空気になったのを、肌で感じる。ニコニコ笑顔なのは交際当初からのデフォルトだが、俺は二度とその笑顔で癒しを得ることはないだろう。


「……お、おはよう。あの、何でいるんデスカ?」

「え? 昨日言ったじゃない。寿くんのクラスの人に、寿くんのお家聞いたって。だから朝ずっと一緒に登校したくて、早起きして来ちゃった!」


 嬉しそうに言われても、もう怖いとしか言いようがない。来るところまで遂に来てしまったようだ……。


「真妃乃、あの……!?」


 言うなら早い方がいいと切り出そうとした俺の視界に、更にとんでもないものが飛び込んできた。


 ――白兎が、白兎が少し先の街路樹から顔を出してこちらを見ている!


 お前ダメだよそれ、絶対気づかれるぞ!? つか何でお前までこんな朝早くから、俺ん家のアパートの近くで待ち伏せしてんだよ!? 変なところで女同士意気投合するな!!


 今のところ真妃乃が白兎に気づいた様子はない。昨日の修羅場が甦り、別れを切り出すより何よりまずはこの場を去ることの方が先決だと、俺は自ら真妃乃と手を繋いだ。


「寿くん?」

「行こう、学校。今すぐ。アハハー、真妃乃が家まで来てくれるなんてな。俺、ひっくり返りそうなぐらいびっくりした」

「ふふっ。でしょ?」


 右手で手を繋いだ俺は昨日と真逆に自身が先導するように、左斜め前が真妃乃の死角となるように歩き始めた。

 白兎にだけ分かるように彼女の方を見て僅かに首を振り、この場では無理だと意思表示する。街路樹に隠れながらも微かに出した顔を縦に揺らしたのを見て、白兎の方は俺の意思が通じたことにホッとした。


「……あれ? 真妃乃、手、冷たくないか?」


 アパートから離れたところまで歩いたところで、不意にそのことに気づく。まさか、三十分以上あそこで待っていたとか言わないよな?


 聞くと、彼女はフルフルと首を振る。


「私、そんなに待ってないよ? せいぜい五、六分くらいかな」

「それにしては冷えていると思うけど……」


 今こうして繋いでいても、俺の熱が移っていかない。普通、繋いでいる内に体温が移って温かくなるものだろう。けれど彼女の手はずっと冷たいままだ。

 本人にそんな自覚はないのか、不思議そうな顔をしている真妃乃。


「冷え性だったりする?」

「ううん、違うよ。それよりも寿くん、今日ねー……」


 彼女が世間話をし始めてしまったため、話に集中するために一旦手の冷えのことは頭から切り離した。

 楽しそうに歩く真妃乃の話に相槌を打ちながら歩き、結局登校するまでに俺は彼女に別れ話を切り出すことはできなかった。





 いつ、どのタイミングで切り出すべきか。昼休憩だと昨日の二の舞になると思うので、やはり放課後か。

 三時限目が終わって四時限目が迫る中、移動教室のために廊下を歩く俺の隣にベアがやって来た。


「悩んでるね、寿ぃ。どうやってケリつけようかって?」

「いや、それは普通に正直に言う。俺が今悩んでいるのは、どのタイミングで切り出そうかってことで」

「昼休憩は?」

「俺は二日連続で昼食を中途半端にするつもりはない」


 昨日のあの後は男子達をシメるのに大忙しだった。

 気づいて五時限目まであと三分の時に急いでかきこんだ。母よ、すまん。


「あ、あとベア。お前すごいな。予言的中」

「なんの?」

「白兎のこと。朝、俺のアパート近くの街路樹で待ち伏せしてた」

「うわぁお。俺チョーすごぉい。で、話したの?」


 その時のことを思い出してげんなりする。


「無理だった。アパートの前で真妃乃が待ち伏せしてた」

「敵もやるね」


 ベアの中で俺の彼女は最早敵扱い。どうしてこんなことになった。

 そして前方に、目的地を同じとするクラス公認カップルが仲良く会話しながら歩いている。隣の芝生は青い。俺達もああなりたかったものである。


「俺、昼休憩そっち混ざろうか?」


 ベアからそんな提案が放たれ、目を丸くした。

 コイツは昼休憩に限ってはオカルト雑誌・ミーを熟読する時間だと言って憚らず、人間の輪には混ざらない。クラスの連中もその時間ばかりはベアのことを放っておいている。


「ミー読まなくていいのか?」

「勉強する時間を失うのは痛いけど、寿のためだからね!」

「だからお前はそっちの勉強じゃなく、いま手に抱えている方の勉強をしろ。ありがたいけど、遠慮しとく」


 えっ、という顔をされた。


「何で?」

「本人に言うのはアレだけど、真妃乃のお前に対する印象が悪過ぎる。お前が攻撃されて嫌な思いをするのは、友達として俺も嫌だからな」

「俺感激! 寿マジで優しい!!」


 褒めるな褒めるな、照れるだろ! ……バシバシ背中叩くな痛いだろうが!


 そんなやり取りをしている中で、ふと視線を感じた。

 このパターンだと先輩か? いやでも、先輩とは昨日ちゃんと……話してはいないが、俺の気持ちはぶつけたのでもう大丈夫だと理解してくれた筈だ。


 そう思って感じる視線の先を見て、それは勘違いだったと俺の顔が真顔になる。


 真妃乃だった。


 目的の教室より先の家庭科室の前にいる彼女が、俺とベアを見ていた。友達らしき女子と数人でいるが、他の子が会話している中でまっすぐに俺とベアを見つめている。

 ……いくら何でも友達の前で豹変することはないだろうが、見られてしまったという事実に俺の胸がドキドキとし始める。彼女から見て、俺が約束を破ったのは何度目なのか。しかも今回は現行犯である。


 俺が米神からヒヤリとしたものを流す横でベアも真妃乃がこちらを見ていることに気づき、彼女に向かってあっかんべーをし始めた。馬鹿やめろお前、真妃乃を刺激するな!!


 しかしそんなベアの暴挙に対して、自分にされた行為に彼女はただにっこりと笑った。しかも軽く手を振り返すという余裕まで見せつけている。

 これはカフェの時の再来かと恐る恐るベアを見れば、ヒクッと口端を引き攣らせていた。今回に関してはベアの敗北で違いない。


「……日がないからって余裕見せてんな。バカめ、寿が別れる気満々でいるのも知らずに余裕ぶっこきやがって」


 あまりの悔しさからか、ブツブツと小声で何かを呟いている。何て言っていたのか聞こうと思ったら、グリンっと顔をこっちに向けて。


「寿!! 俺、絶対昼休憩はひっつき虫するから!」

「何で!?」


 お前の頭の中でどうなってそんな宣言をすることになった!? 遠慮しただろ!?


 しかし怒れるベアの前では、コイツのアドバイス等を一度もその場で聞き入れていない俺は、それ以上お断りの意思を見せることなどできず。

 腕をグイグイと引っ張られながら、目的地である美術室へと足を踏み入れるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る