第19話 報告と七羽のカラス

 アパートに帰る前に手前の公園に寄って、水道で顔を洗ってから帰宅した。こんな時間なので当然だが、公園にもう白兎はいなかった。


 いつも通りな普段の俺でアパートの玄関を鍵を開けて入れば、いつになく帰りが遅かった俺を母親が今まで何をしていたのかと聞いてきたのであちこち寄り道していたと答えれば、高校生ということでそういうこともあるかと納得された。

 ただ寄り道はしてもいいが、こんなに遅くはならないようにしてねとお願いされてしまった。それは勿論。本当なら今日だって、とっくの昔に帰宅していた筈だった。


 夕食を母親と二人向かい合って食べて風呂に入った後、もう何もする気など起きなかったが宿題はしなければいけないので惰性で行い、早々にベッドに転がった。

 ベアに真妃乃のことを相談しようかとも思ったが、アイツのアドバイスを無碍にする形になってしまったし、カラスの件は病院に行けと言われているので止めた。というか、あの出来事を話すことの億劫さの方が勝って止めた。


 本当にどうするんだ俺。このままおかしくなっていくのか? 平平凡凡どこにでもいる普通の男子高校生から、オカルト電波災厄高校生へと変貌を遂げるのか? 何も解決できない……いや、一つだけ解決はしたか?

 元彼ストーカーは俺に乗り替えたかも元彼ストーカーとなり、更に元彼ストーカー(仮)から先輩となった。明日言おう、真妃乃に。もう先輩はストーカーじゃないって。ハハハ。


 その時、枕の横に置いていたスマホがバイブ音を鳴らして振動し始めた。メッセージアプリだと短いが、振動は続く。

 現在の時刻二十一時十七分。誰だ、こんな夜中に電話してきたヤツは。


 スマホを手に取って見れば、ベアからだった。まったく本当にコイツはどうしようもないヤツである。

 向こうから掛けてきたし、俺も部屋の明かりを豆電球にしていてもすぐに寝つけそうにはなかったので、通話をタップして耳に当てる。


「もしもし」

『もっしもーし寿ぃ? 俺は寿がまだ起きてるって信じてた!』

「あっそ。何か用か?」

『んんん? いつにも増してテンションひっくいねぇ。帰り道どうだったのかなって思って。報告プリーズ』


 最悪だ。マジで本当にコイツだけはどうしようもないヤツである!


「俺にあの状況を再び口にしろと!?」

『ん? あれ、普通に今までの寿ルートで帰ったんでしょ? 何かあった?』


 ああああああああ俺の馬鹿野郎! 自分から暴露してんじゃねーよコンチキショウ!


 しかし事実を口に出してしまったため、もう何を言っても一緒かと思いベアに全てをぶっちゃけた。


「もう俺本当にダメかもしれない。色々な意味で。ちゃんと正規ルートで帰ってたんだよ。そしたらアパート帰る途中の公園で、中学の同級生に会って。白兎って言う女子なんだけど。昨日真妃乃と行ったショッピングモールで俺のことに気づいたから、昔話でもしたかったのかその公園で俺のこと待っていたらしくて。それで色々話とかしてたら真妃乃が来て、何か修羅場になって。俺、真妃乃は友達と一緒に帰ったもんだと思っていたから、俺がちゃんと家に帰っているか確認のために俺が乗ったバスの後便に乗って来たって聞いて、もう戦慄して。俺の家の住所もクラスのヤツに聞いたって。もうこの時点でもちょっとアレなのに、真妃乃に引っ張られて結局あのおかしなことしか起こらない道まで来ちゃったんだよ。何で正規ルートで帰ったと思うんだよ。俺ちゃんと元彼ストーカーのこと解決したいからって言ったじゃん。人の話聞いて下さいよ。俺元彼先輩にも言ったけど、自分のことは自分でちゃんと解決したいんだよ。真妃乃のことだけだったらもうストーカー問題解決したけど、もうマジで俺病院行きたい。行きたいけど母親に心配掛けたくない。どうすればいいのか分からない。夏休みに戻りたい。あの頃は楽しかった。家に引きこもってゲームして宿題してゲームして、たまに散歩したりして。途中犬連れてる散歩中のおじさんにバッタリ会ったりして。撫でさせてくれてあのおじさんは優しかった。犬の名前はクロって言うんだ。色白かったけど。お前の名前も黒都だけどアイツは熊でベアだしなって薄ら思った」


『寿。寿。脱線してる。現実逃避したいのは分かるけど、話すっごく脱線しちゃってるから。あと夏休み俺とも出掛けたりしたのに俺との思い出が話されず、犬との触れ合いで薄ら思い出される程度ってどーゆうこと?』

「出掛けた? ……あーそう言えば世界の不思議ミュージアムで、落ち武者キーホルダーお揃いで買おうって言われたっけ」


 お前との夏の思い出なら昨日のお前との電話で思い出していたぞ、ちゃんと。

 遠い目をしてそんなことを思い返し、覚悟を決めて数時間前に起こった出来事を口にする。


「今日は俺が帰る方向を進路で歩いていたから、本当なら突き当たりで曲がる道は今日はまっすぐだったんだ。だからいつもならカラスが電線に止まっているなら、歩いている時点で分かる。けど今日はいなかったんだ。それで安心して真妃乃とも別れて、いざ帰ろうと振り向いたらいた。カラスもだし、俺がストーカーって言っていた先輩も。何でそんな瞬間的に出現したのか意味不明だろ? 先輩の足音なんかも聞こえなかったし。もうその時、俺頭麻痺しちゃってたんだよ。何が怖いことなのかもよく分からなくなって。普通に先輩に話し掛けてた」

『話したの?』

「うん。何て言ったっけ? えぇーと、俺を心配して出現してくれていたとか、ケジメはつけた方がいいとか、俺は俺で解決するとか。そんな感じのことを言っていた気がする」


 それを聞いたベアからは数秒ほど応答がなかったが、何だかその間がベアにしては緊張しているかのようなものに思えた。ベアに限って緊張? そんな馬鹿な。やっぱり俺はどこかおかしくなっている。


『……先輩、何か言った?』


 ようやく言葉を発したかと思えば、そんなことを聞かれたので。


「喋ってたんだけど、聞き取れなかった。二回も繰り返してくれたのに、全然分からなくてさ。今度こそよく聞こうと思って近づこうとしたら、今まで俺を見てくるばっかだったカラスが全羽鳴き始めたんだよ。鼓膜破れるかと思った。……あ、今思えばあれ、俺カラスに怒られてたのか?」


 昨日も先輩はあのカラスを背にしていたし、先輩はカラスを味方につけているのかもしれない。すごいな先輩。カラスマスター。


『アホなこと言わないの寿。ふーん。そっか。話聞いていて俺、ちょっと気になることあるんだけど、聞くよ?』

「だから言い方に俺の拒否権がない。何だよ」

『寿の中学の時の同級生。白兎さん?だっけ。何で修羅場ったのぉ?』


 気になるのそこかよ。オカルトマニアならカラスと先輩のことに喰いつけよ。


「真妃乃の元彼の浮気相手だと。あ、いやでも、白兎は元彼先輩と真妃乃が付き合っていたことは知らなかったらしい。白兎も元々そんな他に彼女がいるのに付き合うとか、そういう性格とは程遠い子なんだ。だから俺も今でも半信半疑なんだけど」

『ふぅーん。白兎さんとは何話したのぉ?』

「真妃乃かよ。同じこと聞かれたぞ。別に、ただの世間話。白兎はあの神楽坂高校に通っているんだけど、そこの行方不明事件とか、俺と真妃乃が付き合っているのかとか。あとキーホルダー外せとか」

『……ふぅーん』


 ふぅーん、て。聞いてきたくせに興味なさそうなその返事は何だ。


『寿ぃ。あと三日で交際日、一週間になるねぇ』

「何か急に話変わったな。まぁそうだけど」

『このまま京帝さんと付き合うの、やめないの?』


 聞かれ、頭が重くなる。

 色々なことが重なって、もう正直俺には荷が重いと感じている。一旦目を閉じて整理し、答えを返した。


「――別れようと思う」

『おっ! やっとその気になったの!?』

「嬉しそうに言うな。何か腹立つぞそれ。……先輩にケジメつけろとか言ったし、俺もケジメをつけなきゃなって。今日の真妃乃の態度とか行動で、ちょっともう無理だと思った。平平凡凡の俺の手には負えない。ストーカーのことも解決したし、もう俺が見守らなくてもいいっていうのが、免罪符だな。それに俺自身が幻覚見えたりしてちょっとおかしくなっているし、そんなおかしな状態になっている俺と付き合い続けるのも、真妃乃に良くないことだと思う。だから別れる」


 整理したことを話してみると、気持ちが軽くなった気がする。荷物を一つ降ろせたような。実際には何も変わっていないけれど。

 ベアの様子も何だかウキウキしたような感じで、どんだけ真妃乃のことが嫌いだったのか。俺も最初、学年一の美少女があんな犯罪予備軍ストーカー化するとは思わなかったけど。


『もう寿チョーやっさしぃ。寿ぃ、俺一つ予言してもいーい?』

「お前いつからオカルトマニアじゃなくて予言者になったんだよ。何だよ」

『白兎さん、絶対明日も寿に会いに来ると思うよぉ?』

「は?」


 素っ頓狂な声が出た。

 白兎が俺に? 何で? 普通あんな目に遭ったら、元彼取り合った相手の今彼の俺に会いたいとは思わないだろ。


『元々二股とか許す子じゃないんでしょぉ? その子にとって寿がどんな存在なのかはさすがに分かんないけど、でも不っ細工カラス外せって言って来た時点で俺、親近感沸いちゃった! それに京帝さんの本性って言うか、裏の顔って言うか? 知ってるんだったら俺みたいにえんがちょー!って、注意しに来ると思うなぁ』

「あ、そういうこと」


 なるほど。ベアの親近感の沸き方は謎だが、確かにその考えはアリだと思った。

 俺は真妃乃と別れることを決めたが、白兎はそんなこと知らない。もしベアの予言通りのことが起きたら、彼女にもちゃんと言わなきゃな。


「お前の言う通りに白兎が来たら、ちゃんと説明するわ」

『うんうん』

「電話してくれてサンキュ。これで俺、ぐっすり寝れそうだわ。おやすみ」

『ここで俺が知っているお話をひとぉつ!』

「おやすみって言っただろふざけるな」


 しかし言い出したら止まらないのがベア。

 なんてヤツだ。俺を寝させない気か。既に豆電球なんだぞ。


『七羽のカラスって知ってるぅ?』


 くっそコイツだけはマジでホントにちくしょう!!


「カラスの勝手でしょー!?」

『それ七つの子だし。しかも替え歌の方。本当のやつ、カラスはやーまーにー。歌続いたけど、今回のは童話。グリムね。どういうお話かってゆーと、農夫のおっさんには七人の息子がいたわけよ。七人も息子いるのに、更には娘まで生まれちゃってさ。ちゃんと家族計画しないから子牛売ることになるんだよ』

「そのおっさん同一人物か? 違うだろ」

『生まれた娘は娘で病弱でさ。おっさんが自分で行けばいいのに、息子全員に娘のために水を汲んでくるように言いつけたの。それで真面目な息子達は急いで水汲もうとしたんだけど、焦って水汲む道具、水の中に落として取れなくなっちゃって。おっさんが自分で行ったらそんなことにならなかったのにね! もう水持って帰れなくて息子達お手上げ。そんなこと知らないおっさんは帰って来ない息子達に、「サボって遊んでんのかアイツらは! 俺が汗水流して子牛売って来たのに信じらんねぇ! どいつもコイツもカラスになっちまいな!!」って、とんでもない暴言吐いたわけよ』

「だからそのおっさん、同一人物じゃないだろ。何でそんなにおっさん悪者にしたいんだよお前は」


 何かそのおっさんに恨みでもあるのかコイツは。

 それともコイツ、子牛の生まれ変わりなのか?


『そしたらあらビックリ。息子達は全員、カラスになってしまったとさ』

「終わり? 終わりなのか? 俺はもう寝るぞ」

『そんなわけないじゃーん。カラスになった息子達はどっかに飛んでっちゃった。そして年月は過ぎて、病弱だった娘も順調に成長。お兄ちゃんが行方不明になったこと、最悪なことにそれ農夫のおっさん、娘に隠してたんだよね。本当にクソだよね。でもお兄ちゃん達が行方不明になったこと、その娘が兄達を犠牲にしたから元気に成長したって町の人が噂してたの、聞いちゃったんだよ。「クソ親父! 私にお兄ちゃん達がいたって本当!?」って詰め寄った結果、本当のことを知っちゃってね。胸を痛めた娘はそこで、お兄ちゃん探しの冒険に旅立つことを決意したと』


 そこで一旦言葉が止まったので俺も黙って耳を澄ませていたら、カチップシュ! ゴクゴクという音が聞こえてきた。何かを飲み始めたことは一目瞭然だった。


「なに飲んでる」

『めっちゃ話してたから喉乾いちゃって。これ、あるところから通販したドリアンジュース。明日持ってってあげるね』

「いらん。超絶いらん。あとお前寝る前と朝起きた時に五回は絶対歯磨けよ。続きはよ」

『オッケー。冒険の道中どうやって行ったのか、娘の方に子牛に生えなかった翼でも生えちゃったのか、お空まで行っちゃったんだよねー。太陽とか月に助けてほしいって頼んでも、「知らんがな」って一刀両断にされちゃってさ。怖くなって逃げ出して、まぁ色々あって目的地のガラスのお山に着くことができたわけ。そのお山の中には小人が住んでいて、お兄ちゃんカラスは暫くすると戻って来るって教えてもらったの。飲まず食わずで来た娘はもうお腹ペッコペコ。カラスに用意された食べ物勝手に食べて、気づいてくれるように家から持って来た指輪をコップに沈めたんだ。戻って来たカラス達は、「俺達の食事が!」ってショック受けたけど、指輪を見つけたんだ。それで、「妹が助けに来てくれたら、人間に戻れるのに」って言ったら、知らないけどどっかに隠れてた娘がカラス達の前に出てきて、それでカラスから人間に戻ってハッピーエンドってお話』


 最後にはハッピーエンドで締め括られた、今回のオカルト。


 聞いていて思うが、これは一体どこがベアにとってオカルトにカテゴライズされているのだろう? あれか? 農夫のおっさんが暴言吐いて、本当にカラスになっちゃったからか?


「これ、どこが怖いんだ?」

『色々あって、のところに収納しちゃった』

「馬鹿。お前ホント馬鹿。だからテストで赤点ばっか取るんだろうが!」

『耳がいたぁーい!』


 ホントのホントにコイツだけはマジでクソ程どうしようもないヤツである。

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