第17話 彼女 VS 知人女子 修羅場勃発

 まさかという驚愕の思いと、中学の時の白兎を振り返ってそんな筈はと思う俺は、喉から絞り出すようにその問い掛けを白兎に発した。


「……今の話、本当か?」


 白兎はバッと顔を上げて、ふるふると首を振る。


「違うっ。違うわ! 私、彼に付き合っている彼女がいるなんて知らなかった!」

「嘘つき!! 途中で私がいるって分かったでしょ!? それなのにアンタが離れなかったから、だから私が今こんな目に遭っているの!!」

「は……。だから多田野くんなの? 何で多田野くんなの!? アンタの元彼はアンタがいても、私に告白してきて交際するような人間の屑だった! だから私はそうしたの!!」

「うるさいうるさいうるさい!! その屑が向けた矛先にいたのが私よ!! アンタのせいでッ、アンタさえぇッ!!」


 ド修羅場が始まった。平和の象徴とも言える、公園の一角で。

 元彼ストーカー(仮)は交際していた二人の女子から屑呼ばわり。それは自業自得だ。


 しかし話を聞く限りどうも白兎は初め、元彼ストーカー(仮)と真妃乃が付き合っていたことは知らなかったようである。


 そうだよな。中学の頃の白兎を思えば、そんな悪女染みたことをするような女子ではなかった。ん? 元彼ストーカー(仮)も真妃乃の犯罪予備軍ストーカー化を察知していたのであれば、真妃乃の矛先がこのように白兎に向かうのを恐れたから言うのを内緒にしていたのか?


 いやしかし理由はどうあれ、そこは誠実に話していたらこんな風に拗れたりはしなかったことだと思う。

 一夫多妻制でもない限り、やって良い浮気や二股はこの世にないしな。うん、そう考えるとやっぱり元彼ストーカー(仮)は屑である。


 とそんな考察を激しい女の舌戦を間近で見て半ば現実逃避をしていたら、もの凄い力で俺は白兎から引き離された。両手で腕を掴んできて、その細腕のどこにそんな力があるのか高校男児である俺を引き摺る。


「わっ、ちょ、真妃乃!」

「離れなきゃ。今すぐ。今すぐ離れなきゃ。ダメ。ダメダメダメダメダメ寿くんは私といなくちゃダメなんだから!!」


 ブツブツ小さく唱え始めた真妃乃に、俺もこれ以上は白兎の近くで彼女を居させておくのは危険だと判断した。ベンチに置いたままのリュックを慌てて掴み、未だ地面に座り込んだままの白兎を振り返る。彼女は泣きそうな表情で俺を見つめていた。


「多田野くん!!」

「寿くん早く来て!!」


 ギリギリと音がしそうなほど強く掴まれ、僅かに顔を歪めて白兎に声を返すことなく俺は公園から出ることになった。

 このまま力任せに引き摺られるのは本意ではないため、仕方なく彼女が向かう方向へと俺も足を動かす。


 暫く歩いて途中から俺が自分の意思で付いてきていることを感じたらしい真妃乃が、両手の力をようやく抜いた。……帰ったら確認せねば。きっと俺の左腕はとんでもないことになっている。


 力は抜いたが放されることはなく、口もお互い閉じたまま無言で歩く。真妃乃が先導して歩いているため、今の彼女の表情がどうなっているのかは不明。ただ俯いて足を動かしているだけ。


 ……何と声を掛けていいのやら。あの白兎に対する暴挙が嫉妬からくるものだったら、俺にも非がありそうなのでそれは俺も謝るべきかとは思うが、まさか元彼絡みでの暴挙など誰が想像できようか。俺はできなかった。

 そして彼女と知人の修羅場に交際四日目にして遭遇するなど誰が想像できようか。偉大なる予言者ではないのでできなかった。


 しかし結局、白兎が俺に聞きたいことって何だったのか。

 普通に自校で発生した行方不明知ってるかと、真妃乃と付き合ってるのかしか聞かれなかった。あとキーホルダー外せ。


 真妃乃が現れてあんなことになってしまったから、本当は他に聞きたいことがあったかもしれないのに。彼女にはとても悪いことをしてしまった。真妃乃の彼氏である俺の監督不行届きである。


「寿くん」

「はい」


 ガチトーンの声で呼ばれ、無意識に敬語で返す。

 ダメだ。四日目の俺はまだまだ彼氏という名の下僕スーパーマンのようだ。監督不行届きとかほざける立場ではなかった。


「なにを話してたの?」

「神楽坂の行方不明のこととか、昨日ショッピングモールで見掛けたよってことです」

「あの女、寿くんに密着してたよね?」

「俺に密着してないです。リュックに密着してました」

「リュックも寿くんの一部だもの。同じことよ」

「ソウデスカ」

「そうよ。寿くん無防備過ぎよ。私がちゃんと帰っているか確認に来なきゃどうなっていたと思っているの? ダメじゃない、私以外の女を近づけちゃ。寿くんは私の彼氏なのよ? もっと自覚してくれなきゃ困るの。あともう少しなのにこんなところでなんて絶対ダメなんだから。寿くんは私の運命の人なんだから。見ちゃダメなの。分かる? 私以外…………」


 恐怖のノンストップコメントを俺も俯きながら聞いていると、突如そのコメントがピタリと止んだ。そして同時に動かしていた足も止まった。


「ま、真妃乃?」

「ねぇ」


 グリンと急に振り返ったその顔は、まばたきをしていないのか目が充血していた。


「あの女、キーホルダー触った?」

「……いや。俺が庇っていたから、触ってない。それよりもその、瞬きしよう。な?」


 嘘を吐いていないか確認するかのようにジィっと血走った目で見つめられ、顔を引き攣らせながら再度瞬きすることを勧めれば、ようやくパチリと一つ瞬きしてくれた。足りない。それじゃ瞬き足りないです。


 けれどその瞬きで何かの気が抜けたのか、いきなりニコッといつものような笑顔で笑い出した。ダメだもう落差が激し過ぎて恐怖しか感じない。俺、ホッとできない。


「そうだよね。あのキーホルダー、私と寿くんの命だもんね。そう簡単に触らせたりしないよね!」


 ヤバい。いつの間にあの不細工カラスは俺と真妃乃、二人分の命を背負わされていたのか。責任重大過ぎる。リュックで揺れているカラスも買われた当初、そんな大役を担わされるとは夢にも思わなかったに違いない。

 背中で呑気に揺れているだろうカラスに同情していると、ニコニコと機嫌の直った彼女は次に身の凍りつくようなことを言った。


「寿くん。このままいつものところまで、一緒に帰ろうね!」

「え」


 慌ててバッと周囲の景色を確かめればそこは確かに、真妃乃を見送った後に俺が通るべき道のそれだった。しまった、行きと帰りで反転していて気づかなかった!


 しかも俺がここを通って帰る道のため、今回はあの突き当たりは突き当たりでなくなっている。真妃乃が帰る左の道がそのまままっすぐ視界に飛び込んでくるということ。

 マジかよ!? 検証するために正規ルートで帰っていたのに、どうして今日もあそこに行かなきゃならなくなってんだ!


「真妃乃、俺」

「今日もちゃんと、見送ってくれるよね……?」

「…………分かった」


 笑顔から緩やかに真顔になっていく様に、カラスよりも自分の彼女が怖いと感じる俺。……ハハハ、大丈夫だ。動かないカラスなんて俺の犯罪予備軍ストーカーかもしれないの彼女に比べれば、何て事。ハハハ。


 絞り出すように言った了承に再び笑顔が戻り、腕も両手拘束は解除されて手繋ぎにソフトチェンジ。最終的に首輪を付けられて、ロープで引き摺られる俺の未来予想図が……。あ、頭の中で子牛がドナドナ~と流れていく。

 そうして足音を気分的なもので表せば彼女はルンルンと、俺はトボトボとその道を歩く。やはりと言うか何と言うか、俺達の歩く道に人なんて誰もおらず。


 こうも毎日夕方だけ人がいないなど、一体全体どうなっているのか。何でここでも中庭現象が起きる。最早この時間だけ、別の通りで舌もとろける超絶品の石焼き芋屋台が大盤振る舞いして、ありとあらゆる人間を吸収していることくらいしか思い浮かばない。


 見えてくる、見覚えのありすぎる通り。しかし近づいてもいつもなら電線に止まっているあの黒い塊は、粒ほども見えなかった。目を擦ってよく凝らして見ても何もいない。一羽もいない。

 ……やったのか。俺は遂にヤツらの呪縛に打ち勝つことができたのか! やったぞベア! 俺はこれで病院に行かなくて済むぞ!!


 安堵通り越して気の抜けた俺の足音は、トボトボからヘタヘタへと変わる。そして本来なら突き当たりの場所で俺達は一度足を止めた。


「昨日はカラスって言っていたけど、今日は?」

「あー、何か今日はいないな」

「そっか。良かったね!」


 本当にな!


 繋いでいた手をパッと離して、タッと俺の前に回り込んだ真妃乃がふふっと笑う。


「じゃあ寿くん、また明日ね!」

「おう! 明日な!」


 不可解なカラス現象から抜け出た俺は、この道限定で今までにないくらいの明るい声で答えた。

 いつも通りヒョコヒョコと帰っていく彼女の背中を見送り、姿が見えなくなったところで、さて帰ろうと振り返り――……。



 振り、返り。

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