第15話 ちゃんと彼女にお伝えした結果

 今日の昼休憩は、最初に真妃乃と一緒に弁当を食べた中庭で摂っている。本当に一体どういう理由なのか、何故か俺と真妃乃が食べる時に他の生徒が誰もいない。人っ子一人、姿形さえもない。

 おかしい。昨日の空き教室への行き帰りで見下ろしたここはまばらではあったものの、確かに何人かの生徒が過ごしていたのを見た。


 あの時と今日で教室でしか食べちゃいけないゲームでも開催されているのか、食堂のスペシャルメニューが八十パーセントオフにでもなっているのか。そうでもない限り、この人気のなさは由々しき事態だった。


 食事中は基本的に喋らないタイプの人間である俺に合わせて真妃乃も黙々とだが、楽しそうに弁当を食べている。彼女の弁当は今日も色彩豊かで、今は焼き鮭の切り身を更に箸で切って食べやすいサイズにしている最中。

 口に含んでもいない状態で、話し出すタイミングとしてはここが最適かと感じた。


 いや食べ終わってからでもいいだろうという意見が出るのは当然だと思うが、俺の気持ち的に早めに切り出すべきだと俺の直感が告げたのだ。俺がする話は真妃乃にとって意に沿うものではないのでこのまま時間がズルズルいくと、必ず俺の喉は塞いで流れるままにあの道を帰ることになるだろう。


 人の何割かはお付き合いというものをすると、相手の色に染まってしまうと言う。俺に関しては基本的に俺のままだが、真妃乃のようにヒョコヒョコと歩いたりすることはないが、カフェでの時のことと今から行動を起こすことを含め、ちょっとしたことでは俺も変わってしまったような気がする。

 これは良い変化なのだろうか? 自分の殻を破るという意味では成長しているような。


 後から思えばそんな無駄なことを考えている内に、真妃乃が切った鮭の欠片を口に入れてしまった。しまった、話し出すタイミングが……!


 しかし考えている間にも真妃乃の方を見ていたからか、彼女の方が俺の視線に気づいた。モグモグしている口をゴックンした後、小首を傾げてニコッと笑って聞いてくる。


「なに?」

「あ、ごめん。えっと、真妃乃に話したいことがあって」

「話したいこと?」


 キョトリと目を丸くする彼女に、俺は一度唾を飲み込んでから話し出す。


「今日の帰りは俺、久しぶりに元のルートで帰るから」


 帰ろうと思う、とか曖昧な表現でなく断定としたのは、意志の強さを伝えるため。あと俺自身が自分の発言を撤回しないよう戒めるため。


 言って、妙に緊張感の漂う中庭にドキドキとし始めた心臓を意志の力で抑えつけながら、返事を待つ。彼女は小首を傾げたまま、言われた言葉の意味をかみ砕いて理解するかのような間を開けた。

 今までのことを鑑みて真顔になるかと思ったがそうはならず、真妃乃はニコッと笑った。そして。


「ベアくんと話したの?」


 そんなことを言われた。


「何で」

「だってそんなことを急に寿くんが言い出すのなんて、そうとしか考えられないもの。どうして? 約束してくれたよね? ベアくんとはもう話さないって。どうして私との約束守ってくれないの? ダメじゃない話しちゃ」

「あの、真妃乃」

「どうして? ねぇどうして? 何で寿くん、私を見てくれないの? 私のこと真剣に見てくれないの? 真剣に見てくれていたら分かる筈なのに。寿くん優しいから、彼女になったらすぐに私のこと見てくれると思ってたのに。なんで? ねぇなんで? 私のなにがそんなにダメなの? ベアくんと私でどうしてそう違うの!? なんでなんでなんであともうすこしなのに!!」


 目を見開いて、口は笑みの形を象っている。それだけでも異様なのに、そんな彼女の口から飛び出すのは限りなく俺を責める言葉で。

 一緒に帰れないと言っただけで、そこまで言われてしまうのか。真剣に見てくれないという発言はしかし、俺の胸に棘を刺す。


 俺だってどうにかストーカー問題を解決してあげたいと思っているし、登校も下校も一緒に帰っている。

 デートの誘いだって俺からだし、いつだって真妃乃の問いには誠実に答えていた。嘘なんか一つも吐いていない。

 ギリギリ許容範囲の不細工なキーホルダーだって、彼女の喜ぶ顔が見たいから付けている。本当は行きたくないあの道も彼女が俺と一緒にいたがったから、我慢して通っているのに。


 いくらストーカーのせいで不安定になっているとはいえそうまで言われるのは、俺にしては珍しいことに心外さを覚えた。宥めるという気も起きないほどに。


「一日でもダメなのか?」

「だってだってだって!!」

「真妃乃のために俺ができそうなことだから、俺は一人で帰るって言ったんだけど」

「…………え?」


 不思議そうな表情へと変化したその顔を見つめ、溜息を吐く。


「確かにベアとは話した。それは約束を破ったから謝る。ごめん。でも、真妃乃には相談できないことだったからベアに相談しただけだ。ストーカーのことをどうこうなんて、被害を受けている真妃乃には話せないだろ」

「……ストーカーの、こと?」

「そう。何かあの元彼ストーカー、俺しかいない時にも現れるようになって。だから真妃乃から俺に乗り替えたんじゃないかって思って、それは俺一人じゃどうにも頭が混乱したからベアに相談した。放課後によく現れるし、ベアからじゃあ一人で帰ってみて検証してみたら?ってアドバイスくれたから。あのストーカーのターゲットが俺に移ったんだったら、一応真妃乃も安心だろ? でもそうじゃなかったら心配だから、真妃乃は友達と帰ってくれって、言おうとも思ったんだけど」


 ポカンとしているそれは、予想してもいなかったというもので。


 不思議だと思う。中庭で一緒に目撃した時はあれほど怯えていたというのに、あれ以来、真妃乃はストーカーのことなど忘れたかのように振舞っている。

 気丈に振舞う健気な子だと今まで認識していたのだが何だかここにきて、それは違ったのではないかとも感じている。


 一点集中型なのか? ストーカーのことはもう頭にはなくて、俺のことだけしか見えていないのか? 何だかこのままでは、俺の身が危うくなるような気がする。



 ――このままでは彼女という名の、犯罪予備軍ストーカー化してしまう恐れが。


 この数日間でストーカーが二人になるなど御免である。

 ……もしかして、逆なのか? あの元彼ストーカー、ストーカーじゃないんじゃないか? 真妃乃の束縛に耐えきれずに浮気して、彼女の新たな彼氏となった俺に注意を呼び掛けるために俺の近くに現れていたんじゃないか?


 そうなると、元彼ストーカー(仮)の行動は辻褄が合う。やはり今日は俺一人で帰り、もし元彼ストーカー(仮)が現れたら、今度は逃げずにちゃんと話を聞いてみよう。


 難しい顔で黙った俺の様子に真妃乃はオロオロし始めてしまったし、俺もそんな恐怖しかない可能性をたった今見出してしまった以上もうここで、というか同じ空間で弁当を食べるのは難しくなった。


「ひ、寿くん?」


 いそいそと早急に弁当を仕舞いベンチから立ち上がった俺に、真妃乃が弁当箱を膝の上からベンチに置いて腕を掴んで縋ってくる。


「待って寿くん! 私、私が間違ってたから! だから、だから行かないで!!」

「ごめん。ちょっと食べる気分じゃなくなったから。ストーカーのことを解決するために絶対俺、今日は一人で帰るから」

「寿くん!!」


 腕を掴んでいる手をやんわりと引き剥がし硬い声でそう告げて去る俺を、真妃乃はどんな顔をして見ていたのか。

 若干顔色を悪くして教室に戻って来た俺を、教室にいた男子達はそれを見て何と言ったか。



「遂に別れたのか、寿」

「学年一の美少女を振ってくるとか、この学年の男子全員をお前は敵に回したぞ!」

「ベアが顔面アタック決めたせいで、正常な判断能力まで吹っ飛んでいったのか!?」

「俺達は分かっていた。平平凡凡なお前では京帝さんは手に余るだろうな、と」

「現実が早くに分かって良かったな、多田野。よし皆! 今日の放課後は、『多田野の失恋よ、お前も吹っ飛んでいけ!会』を開催してやろうぜ!」

「「「おっしゃあぁぁーーーーッッ!!!」」」



 おっしゃあぁぁーーーーッッ!!!じゃねーんだわ。振ってもないんだわ。俺は今日一人で帰るっつってんだろうがあぁぁ!!


「お前ら全員今すぐ表に出てこいやあぁぁーーーーッッ!!!」



 中庭が校舎の窓から様子を目撃することができる場所だということは、既に分かっていたことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る