交際 4日目
第14話 朝の様子とベアの提案
「おはよ、寿くん!」
「おはよう」
笑顔でタタッとやって来る真妃乃と挨拶を交わし、あの道を離れる。
やはり朝の時間帯は何の変哲もない道で、カラスもいないし黒猫もいない。そしてここは俺と真妃乃の二人ではなく、ゴミ出しのおばさんもいるし、楽しそうにはしゃぎながら走っていく小学生達もいる。
昨日のベアとの会話の中で、隣を歩く彼女との縁を切れと言われてしまったが、お揃いのキーホルダーを買っておいて翌日に別れを切り出すなど、そんな鬼通り越して鬼畜な所業などできる筈がない。
この件に関しては友達の忠言ということで頭を悩ませはしたものの、やはりストーカーのことがあるので、それを解決するまでは俺は真妃乃の彼氏であることに決めた。
俺の始まりは一生に一度のあるかないかで交際を決めてしまった訳だし、俺のことを好きになってくれている彼女に対して申し訳ない。
ストーカーのせいで不安定になっているせいか危うい発言は多少見られるものの、解決さえしてしまえばそれも解消されるだろう。
真妃乃は美少女で、ベアは性格悪いとか言うけど俺はそうは思わないし。むしろ花のような香りはするし料理上手だし、仕草や可愛い発言もしたりするし。
ちらりと見ると、ショルダーバッグでゆらゆら揺れている不細工カラス。俺もリュックの取っ手部分に付けたまま。
と、俺の視線に何を見ているのか気づいた真妃乃が、「えへへ」と笑ってそれを摘まんだ。
「私達、どこからどう見てもお揃い付けたラブラブカップルね!」
「ソウダナ」
ちょっと同意しかねるため、返事がカタカナになった。今更だがお揃いのキーホルダーを付けたくらいで、ラブラブカップルを語れるものだろうか?
「今日は教室着いても、ちゃんと私のクラス来てね!」
「うん、分かってる」
「昨日ね、面白い動画見つけて――」
ニコニコと笑いながら話す真妃乃の顔は、とても幸せそうなもので。
夕方になったら様変わりする道を背にし、普通の恋人同士がするだろう会話をしながら、ゆっくりとしたペースで朝を登校して行った。
その後言われた通り教室で荷物を降ろしてすぐに真妃乃の教室へと向かい、彼女が昨日見つけたという動画の感想を予鈴が鳴るまで延々と話し合ったのである。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
そうして現在授業三時限目、俺達のクラスは体育。
空は某トゲトゲした頭の口が異様に大きい少年が目印の、棒アイスのソーダ味を敷き詰めたかのような爽やかな水色をしていると言うのに、何と勿体ないことか屋内でバレーボール。しかも男子だけ。
女子はガリガ……某棒アイスソーダ味な空の下、元気にフットサルをしていることだろう。サッカーでないところがミソ(?)である。体育は二クラス合同で行うので、隣のクラスの男子と一緒にわいわい楽しくバレーボール中。
「ブッ!?」
「あっ! 寿ごっめーん」
前言撤回。ベアのアホ垂れが俺の顔面にアタック決めやがって楽しくないバレーボール中。
タンッ、タンッ、タン、タンタンタンコロコロ……とボールが誰にも拾われず寂しく転がっていく中、顔を手で押さえた俺の周りを味方コートの仲間が囲んでくる。
「多田野無事か!?」
「顔面陥没してないか!? 今すぐトイレからすっぽん取って来るぞ!?」
「京帝さんへの遺言はあるか。一字一句漏らさず伝えてやる……!」
「保健室行くか?」
「敵はとってやるからな。今は安らかに眠れ」
まともな発言してんの、隣のクラスの男子だけってどういうことだ。上から二・三・最後のヤツ俺のクラスなんだが。よし分かった。お前ら表に出ろ、今すぐ決闘だ!
該当者の首根っこをまとめ掴みしたところで、顔面アタック決めてくれやがりやがったベアがテテテッとこっちに来た。男のお前がそんな可愛らしい足音立ててもな。
「寿ぃ、鼻無事ぃ?」
「鼻だけじゃなくて俺の顔全体を心配しろお前は」
とせっかくまとめ掴みしていた俺の手に「てぇいっ!」と言ってベアが手刀し、俺の愉快な決闘仲間達は解放されてしまった。何てことしやがる!
「お前。俺にボールぶつけるだけじゃ飽き足らず、決闘の邪魔をするとはどういう了見だ!」
「隣のクラスの男子達に迷惑だから」
「限りなく正論がキタ!」
そこでピッピー!とホイッスルが鳴ってしまい、点数制でなく時間制だったこの試合は同点の引き分けで終わった。
選手達は互いを称え合い、次は観戦していたチーム同士で試合を行う。逆に俺達は観戦側に回る。
コートを出て未だヒリヒリする顔を撫で擦れば、何だか余計にヒリヒリするような。コート外に座っている俺の手から無事に逃れた愉快な仲間達の隣に俺も座り、その隣にベアも座る。
「お前は敵チームだろ。自分のチームで親睦深めとけ」
「今回だけのチームじゃぁん。俺は寿の近くが落ち着くー」
「……あっそ」
そう言われて悪い気はしない。
仕方がない、今回だけだぞ!
「寿ぃ」
「何だよ。ちゃんと観戦しろ」
「京帝さんのこと」
マジなトーンで言われ、ドキリとした俺はチラリと隣を見た。目を細め、不機嫌そうに俺を見ている。
「なぁんでまだ一緒にいるわけ? あの不っ細工なカラスも付けっぱだし」
一応声は潜められていて、話が話であるため俺も自然と声量を落とす。
「あの、あのな。取りあえず例の件が片付くまでは、俺も彼氏として責任持って解決すべきと思い」
「どっちかってゆーと、責任はあっちの方にあると思うけどぉ? 寿は巻き込まれただけじゃん」
俺が昨日頼んだことと電話した内容で、ベアの真妃乃に対する好感度は限りなくマイナスになってしまった。こうなってしまったのも俺のせいだが、ベアの態度を見る限りちょっとこれはもう修復不可能かもしれない。
「ストーカー、今日は見たのぉ?」
「いや、まだ」
「ふーん。……本当に考えものだね。じゃあさ、帰り道変えたら? 今日だけどーしても外せない用事あるからって言って一人で帰ったら、乗り替えたかもストーカーもカラスも黒猫も見ないかもよ」
提案に少し考える。
帰りだけ、か。確かに告白された日は一緒に帰ることはなく、以前のバスに乗って数十分歩くルートで帰宅した。やはりあの道でしか、おかしなことは起きていない。
もし交際以前のルートでも同様のことが起こるのなら、それは俺自身の問題である可能性が高い。検証するには確かに良い案かもしれなかった。
「そうだな。理由は……理由…………顔が想像以上に痛いからとかでいいか?」
「俺の胸にグサッ! てかそれ理由弱過ぎ。今三時限目。六時限目まであるのに苦しみ続ける顔面の痛みは嘘っぽい」
「だよな」
思った。しかし俺はちょっとしたことでも嘘がつけないタイプの人間。どうしたものか。
「正直に言ってみる。今日は気分変えて、今まで帰っていたルートで帰りたいって」
「……うーん」
ベアは微妙そうな表情をしたが、俺は真妃乃に誠実でありたい。ちゃんと話せば分かってくれると思う。
それに心的負担を掛けさせたくなくて元彼ストーカーのことを黙っていたが、俺に乗り替えたかもしれないと白状すれば罪悪感を抱いてしまうだろうが、自分からターゲットが外れたという安心感は得られるのではないか。
そこは確定的ではない分、はっきりとしたことではないが。一人が不安だと言うのなら、今日は彼女の友達と一緒に帰ってくれたら俺も安心する。
そう思い、昼休憩の時に真妃乃にそう告げることを決めた。
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