第13話 ドナドナとベアの見解
あまりにも怪奇現象過ぎるそれは、一人では解消することなど不可能で。真妃乃との約束を破ってまでベアに相談するしか他に道などなかったのだ。
「元々そのストーカー、真妃乃のストーカーで。けど最初に目撃して以降、何か俺単体の時にも目に映る場所に現れるようになったんだよ。今日なんか、俺に何か言おうとしてた。それまで俺と真妃乃しかいなかったのに、俺が帰る道の先に振り返ったらパッといてさ。気配なんか全然感じなくて。真妃乃が帰る道の先なら分かるけど、俺の帰る道の先だぞ? 言おうとしていたって言ったけど、言ってたんだよ何か。聞こえなかったけど。本当は聞こえてたけど脳が理解するのを拒否して、耳の機能を停止させたのかもしれなくて。だって考えてもみろよ。彼女のストーカーだったヤツからある日いきなり、『元カノじゃなくて、元カノの今彼な貴方のことが好きになりました』とか言われてみろ。俺は絶望で世を儚むかもしれない。カラスは更にとんでもない増え方してるし、黒猫は……だし、もう俺一人じゃどうしようもないって言うか」
『寿が困り過ぎているくらい困り過ぎているのは分かった。ていうか俺に相談するべきって、最後の一文が本命じゃない? てか黒猫どうなったの』
言われ、終始落ち着いていなかった黒猫の様子を思い返す。
俺には普通に観察しているみたいに見ながら道を横切ったのに、今日のアイツはずっと元彼ストーカーを威嚇していて暴れていた。走って逃げる最中に猫の悲鳴が聞こえてきたけど、それはあの黒猫のものとは限らないじゃないか。どこかで別の猫が車に撥ねられたとか、そんな可能性だってある。
「分からない。でも、何かあの黒猫は今日見た限りだと俺を守ろうとしてくれたような、そんな気がする」
『ふぅん。で、カラスはとんでもない増え方していて、京帝さんのストーカーが寿に乗り替えたと。難儀だねぇ』
「そんな一言で俺の現状を済ませてほしくないのだが」
やっぱりお前のオカルト電波の災厄が本人じゃなく、俺に来ているんじゃないのか? ふざけるなよ。
『てゆーか本当にもう京帝さん、やめたら? 告白してきて次に告白するのが元彼にストーカーされてるって。ふざけてんの?』
「そう言ってやるなよ。真妃乃だって勇気を振り絞って、言いにくいことを俺に言ってくれたんだぞ」
『寿が優し過ぎるのも考えものだねぇ。今さぁ、告白されてから何日目?』
何日目。
俺は顔を廊下の天井へと上向かせ、スマホを持っていない手で数えてみる。
「告白されてからだと、四日目になるな」
『じゃあ五日目の明日で縁切りね。えんがちょ』
「縁切りって言われても。真妃乃自体はいい子だと思うぞ? ストーカーだってストーカーする方が悪いんだし、そのせいで不安定になっているのかもしれないし。今日だってショッピングモールでお揃いのキーホルダー買ったし。取りあえずベアに相談したかったのは真妃乃との関係じゃなくて、俺に乗り替えたかもしれないストーカーをどうしたらいいかってことで」
『……お揃いのキーホルダー?』
スマホの向こうから聞こえてくる声が、尖ったような気が。そして何か急に声が遠くなって、何か悪態を吐いているような気が。
「ベア? ベアー?」
『マジ美少女性格わるっ! 寿も寿! 何でそんな簡単にお揃いのキーホルダーとか許しちゃってんの!? 俺が一緒に買おうって言って見せたヤツ、寿拒否したくせに!』
「あれはお前が俺の許容範囲外のやつ持って来たからだわ」
覚えてるぞ。精巧に製造された、リアル過ぎる首から上しかない目が虚ろな落ち武者のキーホルダー。
これ買うヤツいるのかと本気で思った。恐る恐る触った髪の感触が、リアルに人毛だった。即座に元あった場所に返してきなさいと言った。
あんなん付けたら確実に呪われるわ。あと男のお前とお揃いのキーホルダー付けるのもな、とも思った。
『ホント信じらんないんだけど! ここで俺が知っているお話を一つするよ!』
「どういう流れだよ。言い方に俺の拒否権がない」
スマホの向こうで何か知らんが怒れるベアの様子にここは鎮めさせるべきかと、黙って話を聞くことにする。
『何か歌系のお話続いちゃうけど、ドナドナって知ってる!?』
「キレながら聞かれるとか。それは結構有名な歌だろ。中学で音楽の授業にリコーダーで吹かされたの覚えてるぞ」
『だよね!? でもそういう教科書に載ってるやつって、大分表現柔らかいの! 原曲はもっとはっきり現実を見ろ!って感じの歌詞なんだよ!』
「あ、そうなんすか」
『そうなの! 子牛がロープに繋がれて横たわってるとか、その上でツバメが楽しそうに笑いながら飛んでたとか! そのツバメ超性格悪いよね! しかもしかも! ロープに繋がれてどこにも行けない子牛が泣いてるの見て、農夫のおっさん何て言ったと思う!?』
感情が高ぶりに高ぶっているベアの向こうの俺は、現在すこぶる冷静。感情的になっているヤツが他にいたら冷静になるって、本当だな。
「知らんがな」
『「牛になれとか誰が言ったぁ? お前は鳥とかツバメになれなかったのかぁ? おおん?」って、泣いてる子牛に向かって言ったんだよ!? さいってー!』
「お前の言い方に悪意があると思うぞ俺は。同情して背中撫でながら、一緒に泣きながら言ったのかもしれないだろ」
『でもそうだったら逃がせばいいじゃん! 結局売るとか悪魔の所業してんだよ!?』
「そこは生活のためだろ。農夫のおっさんにだって家族を養う責任と義務があるんだぞ」
そう言うとベアは通話口の向こうで、『けっ!』と悪態吐きやがった。お前はどれだけ農夫のおっさんを悪者にしたいんだ。
『んで、前振りはそこで終わりと』
「今までのただの前振りかよ」
『だぁって原曲の話知っといてもらわないと、通じないんじゃないかと思って。実はこの子牛の意味ってさぁ、牛に生まれちゃった運命と、ロープに繋がれたってことで抗いようのない運命ってことを意味してんの。ツバメは自由に空飛んでるじゃん? ツバメに翼があるように、子牛にも翼があれば飛ぶ力でロープぶちって千切って、自由になれたかもしれないのにねぇ』
「そんな軟なロープは子牛が全力疾走しても千切れるんじゃないか?」
『今日は突っ込みが冴え渡ってるね、寿! ただ、この歌はそれを人になぞらえていたりもしていてさ。とある大陸諸国の、とある人種の歴史を暗示しているともされているんだ。見つかったらどこかに収容されちゃう、そういう当時逃れる術のなかった人達。この人達のことを、子牛を例えにして歌ってるんだって』
そこから先は続く言葉がなかったため、今回のオカルト話は内容としてはここで終わりらしい。そうして話されたことを踏まえ、ふむと考える。
しかし、これはどういう方向性で話された内容だ? 真妃乃とお揃いのキーホルダー買ったって話を聞いて怒り出したから…………あっ!
「ベア! 何でお前は俺があれほど言ってんのに不謹慎するんだ! 行方不明の行き先が人身売買ってことが言いたいのか!?」
『寿がどうしてそうも俺のオカルト話を行方不明と結び付けたいのか、俺には理解できないんだけどぉ』
お前がオカルトする直前を、今までの全ての瞬間を振り返れ。それを踏まえて言うのであれば、俺はお前に土下座してもいい。
『つまりさぁ、俺は寿にこう言いたいわけ。早くえんがちょしなって』
「どゆこと」
『かぁーっ! 分かってない。ホント分かってないね寿!』
今日だけで同じ台詞二回も言われるとかどゆこと。
頭上にハテナが飛び交っているのはベアには見えていない筈なのに、『はぁ~あぁ~あぁ~あぁ~』とリズムに乗った溜息が聞こえてくる。
『ストーカーもカラスも黒猫もさぁ。そーゆう寿からしたらメンタル崩壊案件って、全部京帝さんに告られた日から始まってんでしょ? だったらその始まりの元を切れば、元の平和な日常に戻れるって説』
「あ、なるほどそういう意味か」
言われてみれば確かに全ては真妃乃の告白から始まっているが、ストーカーはアレとしても、カラスと黒猫もか? 動物に関しては真妃乃の告白からとも言い切れないとは思うが。
それにどうもあのカラスは俺にしか見えていないようだし。いや、それを普通に受け止めてるの俺、おかしくないか?
「ベア、言い忘れてた」
『なに?』
「カラス、俺にしか見えてなかったっぽい」
『だからそれオカルトマニアの俺に何より最初に報告すべき問題。何やってんの寿』
普通に呆れられた。
いやだって、俺にとったらストーカーの方が死活問題だった。だってアイツらは見てくるだけで動かないし、襲ってこないもん。
「真妃乃に今回初めて聞いたけど、カラスなんていないって」
『寿ぃ。幻覚見えるようになっちゃったら、一旦病院行きな』
「何で急な現実思考!? オカルト追究は!?」
結局ベアからはカラスのことに関してはオカルト追究されず、元彼ストーカーのことに関してもただ真妃乃と別れろとしか言われなかった。
実になったのか、ならなかったのか。ただベアとの会話で俺の頭に残っていたのは、泣いている子牛がドナドナされていくことぐらいだった。
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