第10話 彼女の豹変

 朝の気味の悪い出来事を何とか振り切って無理やり授業に集中して過ごした俺は、この昼休憩は空き教室で弁当をつついていた。もちろん真妃乃と二人で。


「朝はごめんね。昨日私がお願いしたばっかりなのに、日直ってこと頭から抜けてて」

「あーうん。いいよ。日直なら仕方ないし」

「登校してから何してたの?」


 微妙にちょっと引っ掛かる質問だったが、話題の一つかと思って何気なく返答する。


「普通にベアと話を――」


 言ってから、何気なく返答すべき言葉じゃなかったかと真妃乃を見れば、案の定彼女は箸を止めていた。真顔で俺を見つめている。


「ベアくんと?」

「あっ、いや、俺から行ったわけじゃないぞ? 大体ベアの方からやって来て、俺に色々オカルト話すもんだから。友達としては友達の話を聞いてやらなくちゃ、友達がすたるって言うか」

「……そっか。今日もオカルトの話ししたの?」


 真顔が解除されない。それにお互いのことを知ろうということなのに、やけにベアのことを聞いてくる。

 昨日の言い争いやベアに対する彼女の反応で真妃乃もまた、ベアのことをよく思っていないことが伝わってくる。……何てことだ。交際三日目にして彼女と友達の板挟みに遭うなど、誰が想像できようか。俺はできなかった。


 恐らくベアのことを聞いてくるのも、気に入らない人ほど何故か気になるという心理に基づいているのだろう。彼氏の俺のことよりもベアの方が無意識に気になるとか、アイツの友達である俺は複雑な心境だ。

 いやまぁ、うん。ついでにベアのことも知ってもらって、仲良くなってもらった方が良いか。


「したな。あぁでも、今日のはそんなに怖い感じの話でもなかったぞ? 奇抜な趣味かもしれないけど、オカルトもベアにとってはかけがえのない立派な趣味なんだ。男のロマンって言うくらいオカルトに激アツなヤツで、アイツにとってオカルトは人生そのもn」

「寿くん」


 強めの呼び掛けに言葉を止めざるを得なかった。真顔のまま、彼女はまだ瞬きをしていない気がする。


「どんな話だったの?」

「な、何が?」

「オカルト」

「オ、オカルト? ……あ、今日したのか。とおりゃんせっていう童謡の話で、要約すると普通に参拝していたのが城の中に神社移されて、スパイを見つけるために兵士がいて民は参拝しにくいって感じのことだったな」


 イヤなドキドキを抱きながらそう話すと、ここでようやく真妃乃が瞬きをしてくれた。


「……そう。ねぇ寿くん。やっぱりベアくんとはもう、話さないでくれる?」

「え」


 やっぱりって何だ。昨日はあまりっていう表現があったけど、それもなかったぞ。ひるがえして言われたのは何故だ。


「私、本当は怖い話とか嫌いなの。寿くんのお友達だから我慢していたけど、もう無理」


 俺は返答に詰まった。

 オカルト話聞いた後の昨日の反応でそうだとは思っていたが、すっぱり縁を切れとか。それはちょっと違うのではないだろうか?


「なぁ真妃乃。真妃乃は苦手かも知れないけど、ベアは俺にとって大事な友達だ。話すなとか言われても俺だって困る。怖い話が嫌いなら、もう真妃乃といる時はオカルト話すなってベアに言うからさ。だからアイツのこと、そんな嫌わないでやってくれないか?」

「嫌いとかそういう問題じゃないの」


 俺を見つめる真妃乃の顔は強張り、目を大きく見開かせている。

 どういうことなのか今のところ全く理解できないが、理解できない程、彼女の言っている内容が支離滅裂であることだけは分かる。

 一度小さく呼吸し、真妃乃と向き合う。


「ちゃんと、分かるように言ってくれないか?」

「ダメ。ベアくんは私と寿くんを引き離すから。邪魔なの。何で邪魔してくるの? 私は寿くんがいないとダメなのに。寿くんじゃなきゃもうダメなのに。ねぇ、寿くんは? 寿くんは何で私だけを見てくれないの? どうしてベアくんと話すの? ベアくんはただの友達で、私は大事な彼女でしょ? 何で彼女の私のお願い聞いてくれないの? ハンカチを拾ってくれた時から、寿くんは私の運命の人なのに!」

「落ち着け! 真妃乃、取りあえず頼むから落ち着いてくれ!!」


 段々と大きくなって最終的には叫ぶように訴える異様な様に、堪らず俺も声を張り上げて制止するために真妃乃の左手を握った。小刻みに震えているその左手は、声の熱量とは相反してひんやりとしている。

 突然の豹変に未だ俺の胸はドキドキしっぱなしだが、落ち着かせるために身を乗り出して、残った方の手で彼女の頭を撫でた。


「……浮気、されたことがトラウマになってるんだよな? 大丈夫。俺は、真妃乃しか見ないから」


 叫ぶ内容を聞いて、そうだとしか思えなかった。

 好きだったのに浮気されて、挙句付き纏われてストーカーされて。ずっと不安と緊張で押し潰されそうだったんだろう。


 俺だって今朝、あんなに恐怖心を煽られたんだ。女の子である真妃乃が感じていた恐怖は相当だろう。俺がベアと一緒にいて話をすることは彼女にとって一人にされたと、孤独を感じさせてしまったのかもしれない。


 言いにくいストーカー相談も俺だから話してくれたのに、そんな俺がベアとばっかりいるもんだから、真剣に受け止めてくれていないと思ったのかもしれなかった。

 人数は多い方がストーカー対策にもなるとは思うのだが、真妃乃が何を不安に感じて、そうしてほしいと願うのなら。そうしないと追い詰めてしまうと言うのなら、彼氏である俺は従うべきだろう。


「真妃乃。分かったから。もう、ベアとは話さないようにする」

「……本当?」

「うん。昨日、あれから帰りは大丈夫だったか?」


 ゆっくりと頭を撫でられる感触に、幾分か彼女も落ち着いた様子だった。


「うん。何もなかったよ」

「そっか。……昨日は、ベアと一緒で初デート、微妙になったよな。今日お詫びと言ったらアレだけど、行きたいところとかある?」


 不安を解消させるために提案したことに昨日同様、それまでの豹変が嘘のように真妃乃はパッと顔を輝かせた。


「本当? だったら私、あそこ行きたい! 昨日のカフェの近くに、ショッピングモールあったでしょ? お揃いのアクセサリーとか欲しいなって!」


 ニコニコと笑って言う彼女に、その上恋人らしいお願い事に二重の意味でホッとした。


「分かった。じゃあまた、帰りのホームルーム終わったら迎えに行くから」

「うん、待ってるね!」


 そうして彼女の機嫌も直り、途中になっていた弁当の存在を急激な空腹感を覚えたことで思い出し、続きを黙々と食べ進める俺であった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 と、五時限目が終了した六時限目までの十分休憩で事の次第を伝えた俺に、ベアはじっとりとした目を向けてきた。


「つまり、寿は一年半年の濃密な仲である俺よりも、交際歴たった二日ちょっとの彼女如きを取るっていうこと?」

「暫く! 多分暫くの間だけだから! 本っ当にすまん!!」


 この件に関してはどうあっても俺が悪いので両手を合わせて頭を下げれば、「けっ!」という悪態がベアの口から飛び出した。コイツの悪態とか初めて聞いたのだが。


「やっぱ美少女って性格悪いね! 俺から寿取るとかめっちゃ最悪!!」

「ベアどうした、ご立腹だなー」

「ひっどいの! 寿が俺を捨てて、京帝さんを取るって!」

「そりゃ仕方ないわ。俺でもそうするわ」

「聞き捨てならなぁい!」


 クラスの連中が怒るベアの様子に声を掛け、それに対応したベアへの返答は彼にとって非情なものであった。


 俺と真妃乃がよく行動をともにしていることから、俺と真妃乃が交際をしていることは最早周知の事実。やっかみとか妬みだとかで攻撃されるかと思えば、「多田野だからなー」「寿だしなー」という妙に納得されたことを言われて受け入れられている。謎だ。


「ベア、いつか埋め合わせは絶対するから! だから、な。この通り!」

「埋め合わせって何してくれんの」

「気の済むまでオカルト話聞く! 休みの日に泊りで夜通し聞いてやる!」

「乗った!」


 普段嫌々で渋々して聞いているからだろう、秒速で乗ってきた。

 取りあえずはベアの方も何とかなった。俺が悪いのは明白だが、しかし交際するとこんなにあちこち気を遣う羽目になるとは思ってもみなかった。


 何だか心持ちげっそりとしていると、機嫌が直った筈のベアがまだ俺をじっとりとした目で見ている。どうした。お前の機嫌は直ったんじゃなかったのか。


「ベア?」

「……寿さぁ。言っておきたいことがあるんだけど」

「もう時間ないからオカルト話は聞けないぞ」

「俺のオカルト話す時の言い出しは決まってんの! 取り替え子の話、覚えてるぅ?」


 イコール昨日話したこと忘れたぁ?と確認してくるとか、コイツはよほど俺を物忘れ激しい野郎扱いしたいらしい。これに関してはどこにも俺に悪いところはないので、憮然とした態度で対応する。


「みぃーんないなくなっちゃった! テヘペロ!ってお前がした話な」

「俺の声真似、地球が滅亡しそうなほどチョード下手くそぉ。っていうか、そこじゃなくて。言わなくていいこと言っちゃうってこと。寿チョーやらかしそうで俺チョー怖ぁい」

「言っておくが俺はそんな失言野郎では断じてないからな」


 つまりコイツが何を言いたかったかと言うと、真妃乃と二人だけで俺が彼女の機嫌を損ねるような何かを言う可能性を、コイツはチョー怖ぁいと言っていると。

 昨日のやり取りを覚えている限りでは、お前の方が失言をしていたように思うのだが。俺のメニューに関しても失言していたと思うのだが。


 そうしてこのタイミングで六時限目のチャイムが鳴り、俺とベアは各々の席へと戻って行ったのだった。

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