交際 3日目
第9話 とおりゃんせと、2度目の
カラスが増えていた。
カラスが増えていた。
カラスが増えていた。
明らかにカラスが増えていた。
昨日と変わらず真妃乃の背中を見送る俺を、あのカラスどもは微動だにせず、ジッと見つめていた。ただでさえ三十羽近くいたヤツらが、十羽くらいその数を増やしていた。
動かない。ヤツらは動かない。カァーと鳴きもしない。
ただそこに佇んでいるだけで夕闇に染まる中、無数の黒い目が青白い顔をした俺を見つめていた。俺は動けない。まだ真妃乃の背中が見えている。俺は彼女にとってのスーパーマン。何事もないように、見守らなければならない。
カラスはやって来ない。これ以上カラスは増えもしないし、減りもしない。
何故ヤツらは俺を見ている。ヒョコヒョコと動いている真妃乃ではなく、何故俺だけを。俺が何をした。生まれてこの方カラスに何かをした覚えはない。
真妃乃の姿が見えなくなった。視界から消えた。俺はこの場から去れる。俺はその瞬間振り返った。
今すぐ家へと帰らなければならなかった。ヤツらの視線から逃れなければならなかった。しかし振り返って瞠目する。
待てよ。何で、そんなことが起こりえるのか。
黒猫がいた。
一匹の黒猫が、俺が進むべき道の先に。
アイツもジッと俺を見つめている。俺は動けない。
どれだけ時間が経ったのだろうか? 長かったような気もするし、短かった気もする。一分のような、十分のような。
動いた。俺ではない、あの黒猫。
のっそりのっそりと、ゆっくりと歩いてくる。よく見たらこの黒猫の目も黒かった。あの黒猫は一体どこへ向かって歩いているのか、俺の目はアイツの信じられない動きを辿っていた。そして、衝撃的な光景を目撃する。
……信じられない! 待てよ。何で、そんなことが起こりえるのか!?
――アイツ、俺を見ながら、俺が進むべき道を横切りやがった。
不吉。不吉過ぎる。学年一の美少女が彼女になったというSSR級の運が、平平凡凡の運を地の底まで引き摺り落としたとでもいうのか。
帰らなければ。今すぐ俺は家に帰らなければ。
グルグルする。胃がグルグルしている。
苺パフェ……いや、限定苺クリーム特大パフェが俺の胃の中で暴れ倒している。
帰らなければ。今すぐ俺は家に帰らなければ。
人の通るこんな往来で、ピンクやら白やらクリーム色の何かやら苺やらをリバースする前に――……。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
「リバースしたのぉ?」
「ギリギリだった。あれは本当にギリギリだった。夕闇が迫る中、俺は必死に家路を辿った。あの扉まであと一歩、あと一歩と」
「語り口調のままて。だから俺言ったじゃん。結構量多めみたいだけど、食べれんの?って」
「マジでそれ聞いてねぇーんだよおぉぉぉっ!!」
ダンッと拳を机に叩きつけた。
本当にヤバかったんだぞ! あと一歩遅かったら本当にリバースしてたぞ俺は! 胃薬必死に飲んで、胃との闘いに勝利した俺をマジでお前は称えろ!
「てゆーかさ、カラスは増えてるわ黒猫はいたて。寿、動物に好かれ過ぎじゃない?」
「あれを動物に好かれると括られるの、俺納得できないわ」
有り得ないだろ。本当にあの道呪われているんじゃないのか。
というか何で真妃乃はあの道を普通に帰れているんだ? 怖がるだろ、普通。あんな数いて動かないカラスとか、気味悪過ぎだろ。
「もう本当あの道イヤだ。朝もああだったら置物説で納得できたのに、全っ然一羽も電線に止まってないとか。何なんだよあそこ」
「神様に見守られるの、数増えてありがたいねぇ」
「ちっともありがたくないわ!」
俺の机に腕を乗せてその上に顎を乗せているベア。やっぱり顎だけじゃ痛かったのか。
今は朝の登校時間で、俺は約束通り真妃乃と一緒に今日も登校して来た。彼女からのお願いでベアとはあまり一緒にいないでとは言われているが、今日は真妃乃の方がクラスの日直で色々と仕事があって、俺はいつものように教室で過ごせている。
そうしていつもの如くベアがやって来て、昨日のその後の報告をしていた訳であると。
「俺さ、やっぱり京帝さんはやめといた方がいいと思うよぉ。昨日話して思ったけど、束縛系女子じゃない?」
報告を終え、唐突にそんなことを言われる。
目を細めて口を尖らせているその表情から、発言通り真妃乃のことをあまりよく思っていないことが窺えた。……うーん、まあ昨日のあの言い合いじゃなぁ。
「お前だって真妃乃に結構トゲトゲしく言ってただろ。俺はお互い様だと思う」
「かぁーっ! 分かってない。ホント分かってないね寿!」
ブブンと首を振って否定されても、お前だって交際経験ないだろうが。お前が女子を語れるとでも言うのか。
「何が分かってないって?」
「ちぃーっとも分かってない! 寿はもっと視野広げて色々なこと見た方がいいよ! 俺のミー貸そうか!?」
「いらん」
「即答しなくてもいいじゃん! もうちょっとくらい悩んで!?」
女子を語ると抜かして俺をオカルト道に引き込もうなど甘いわ。
「寿ぃ。真面目な話、まだ行方不明続いてるじゃん」
「お前話変わり過ぎだぞ。確かに見つかったとか、まだ報道されないけど」
「でしょ? ここで俺が知っているお話を一つ!」
「やめろ馬鹿不謹慎野郎が!!」
何の捻りもないオカルトパターンにベアの頭をベシッと叩くが、ヤツはどこ吹く風で喋り始めた。俺の攻撃が効かない!?
「とおりゃんせっていう童謡は、もちろん聞いたことあるよね?」
「くっそ喋り始めたらコイツは止まらない! ……聞いたことはある。あれだろ、行きはよいよい帰りは怖いって歌」
仕方なく、本当に仕方なく話に乗れば眼鏡の奥の瞳が細まって、にっこりと口が笑みを
「そうそ。歌はここでは歌わないけど、意味だけ。あっ、ちゃんと全歌詞覚えてるよ!」
「どうでもいいわ。続きはよ」
「後で証明する! まぁこの歌にも色々意味が考察されているけどぉ、俺が話すのは一つだけ。とおりゃんせの舞台って、とある神社なんだ。その神社って、昔はお城の中に移されていたって話で、一般の人達は碌々気軽に『あっ今日行こー』って、できなくなっちゃってさ。参るにしても時間制限されちゃうし、見張りの兵士もつけられちゃうしで、皆堪ったもんじゃないよね。でもね市民にとっては迷惑な話でも、やっぱ仕事与えられてる兵士にはちゃんと意味があってさ。他国のスパイが城に潜り込んでないか、見張ってるの。お参りに来た客が変なことしてないかとか、ちゃんと帰ったのかなーとかって。まぁスパイって見破られちゃったら、当たり前だけど帰れないよねぇー。だから行きはよいよい、帰りは怖いって言うんだってさ」
話し終えたベアの顔をジッと見る。ベアも俺の顔をジッと見る。暫くして、俺は首を傾げた。
「つまりお前はこの行方不明、連れ去りの線って考えてるわけだな?」
「何でもかんでも俺が話すの、行方不明と結び付けないでくれるぅ?」
「お前が行方不明の話持って来てオカルト始まったんだろうが!」
バンバン机を叩き始めて、「もぉ! 寿、視野狭過ぎ! 俺語り損!」とか文句つけられる謂れはない。プリプリするベアに俺は溜息を吐いて、時計を見遣る。
八時二十六分。……ん? あれ、予鈴鳴ったか? あれでもベアの話に引き込まれて、チャイム聞こえなかった説あるな。
「ベア、本鈴鳴るぞ。そろそろ席に着いた方が――……」
時計から視線を戻す、その過程で。
俺を見ている。廊下から――――制服を着た背の高い、茶髪の男子生徒が。
遅刻が頭にあるのか何人かの生徒がバタバタと廊下を走っていく中で、ただジッと俺を。その顔には何も浮かんでいない。無表情で、ただ俺だけを。
ドクドクとうるさく鼓動が鳴り始めた中で、俺は何とかそこから視線を引き剥がし、まだ俺の前にいるベアへと視線を戻す。戻、せた。
キョトンとした顔でベアが俺を見つめている。その眼鏡に反射して映って見える俺の顔は、若干引き攣っていた。
「俺、戻るよ?」
「……おう。一時限目、古典だぞ」
「知ってるー」
飄々とそう口にして、ベアは自分の席へと向かって行く。机の中から教科書とかノートを取り出すことに集中して、廊下の方は見ないようにした。
……何で俺? 元彼ストーカー、真妃乃のストーカーだろ? ターゲット変更して俺のストーカーになったのか? 嘘だろ?
けど他の生徒は遅刻で焦っていたのに、何であんな余裕そうな態度で俺を見ていたんだ? 三年生は一つ上の階で、残り四分ならギリギリの時間で。
――うるさい。
心臓の音が鳴りやまない。
やめろ。考えるな。
似ていたとか、思うな。
カラスの目と、黒猫の目と。元彼ストーカーの目が、似ていたとか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます