第8話 彼女 VS 友人 戦争勃発

 チョボチョボと苺パフェを食べ進めるのに対し、案の定後から注文した真妃乃の方が食べ終えるのは早かった。

 最初に待つこともなくパクパク食べていたベアなど、とっくの昔である。俺がベアをシメる予定だったのに、俺がベアにシメられているとはこれ如何に。


 現在俺らのテーブルには干からびたフグの目をした俺と、そんな俺をニコニコと見つめながらレモンティーを飲んでいる真妃乃だけ。ベアは「寿チョー遅いから、俺トイレ行ってくる!」と言って席を立ったままだ。俺がチョー遅いのは誰のせいなのか分かっているのかアイツは。


「ねぇねぇ寿くん」


 まだ半分以上残っているパフェを少しずつ口に運んでいる俺に、真妃乃が話し掛けてきた。


「ん?」

「ベアくんのことなんだけどね。寿くん、ベアくんとはいつからの友達なの?」

「ベア?」


 望まぬことを強いられているせいか、頭の回転が遅い。クリームに水分持っていかれて、脳まで干からびてしまったのだろうか?

 お冷を飲んで口の中を一度すっきりさせると、目が冴えてシャキンとした。


「アイツとは高校入学してからの付き合いだな。同じクラスになって、学年上がっても一緒になって。ほら、ああいうマイペースで取っつきやすいヤツだろ? 結構誰とでもフレンドリーで、自然と仲良くなっていった感じ」

「寿くんは、ベアくん以外に誰か特別な友達っているの?」

「んん? いや、特にこれといっては。普通な友達付き合いで、教室とかでワチャワチャする程度だけど。俺部活にも入ってないし。真妃乃も昨日の昼、教室で俺達がふざけてるの見ただろ? 大体あんな風だよ」

「そう」


 そこで彼女はその手に持っていた陶器のカップを、カシャンとソーサーの上に置いた。


「寿くん」

「ん?」



「私とベアくん、どっちが大事?」



 真妃乃を見つめる。

 彼女はにっこりと微笑んで俺を見ている。俺はパフェをスプーンですくって食べた。クソ甘い。


 ……これはどういった意図の質問だ? またしても俺は、彼女の彼氏としての力量を試されているのか? 初デートなのに空気読まないマイペース野郎を連れて来てしまった、その責めをいま受けているのか?


 というかこれが世に聞く、「私と仕事、どっちが大事なの!?」か。交際二日目にしてそんなことを彼女に問われるなど、誰が想像できようか。俺はできなかった。


「……大事。大事な。えっと、俺らはお付き合いしているとは言え、まだ知り合ってちょっとだろ? お互いのことをもっとよく知ってから、そういう質問をした方がいいんじゃないかと俺は思う訳で」

「私、ベアくん以下なの?」

「決して! こちらとしては決してそう思ってはおりません!」

「じゃあ、ベアくんより私、大事?」


 俺はちょっとしたことでも嘘が吐けないタイプの人間なんだよ! 何で急にこんなこと言い出したのこの子!?


 冷静になるために再度パフェを食べる、あ、間違ったここで選択するのお冷だった。選択ミスをしたことで既に冷静さは失われていた。

 ドロリとした甘さが舌を侵す中で、どうにか俺は彼女への返答をひねり出す。


「しょ、正直に言うと、知り合ってちょっとの真妃乃よりは、付き合いが長くて知っているベアの方が、まぁ話しやすいと言えば話しやすいです。一緒にいるのも、緊張したりしない分、楽と言いますか」


 変な緊張に自然と敬語になってしまう俺の返答を聞いて、真妃乃の顔から微笑みが消えた。


「私といて寿くん、緊張するの?」

「えっ。まぁそりゃ真妃乃って美少女だし、俺は女子との交際経験なんて一ミリもないし」

「私が寿くんの初彼女?」

「あ、それはハイ。そうです」


 プレッシャーに押し潰されそうになりながらも、ようやく普通に答えられる問いに問題なく首肯したら、しばらくしてから彼女は笑った。


「良かった」


 それは俺に今まで彼女がいなかったことに対する安堵なのか、どうなのか。イヤな胸のドキドキに、最早惰性だせいでスプーンを動かしてパフェを食べる。クソ甘い。


「あとね、寿くん。お願い事があるの」

「……ナニカナ?」


 待って何それ聞いてない、は二度と来るな。俺は今変な重圧プレッシャーと苺パフェのダブルコンボで死にそうだ。

 黙々とパフェを食べ進める俺に、ニコニコと可愛らしく彼女が笑う。



「もうベアくんと、あまり一緒にいないで?」



 真妃乃からそっと視線を外し、周囲をこっそりと見る。トイレに行ったベアはまだ帰って来ない。アイツ大でもしているのか遅すぎるぞ。

 俺は何と返事をするのが正解なのか。平平凡凡どこにでもいる男子高校生である俺に、独占欲みたいなものが芽生えてしまったのだろうか? そんな馬鹿な。


「……あ、あんまり一緒にいるなと言われても。同じクラスだし」

「うん、それは分かっているの。朝とか休憩時間とか、放課後とか。ベアくんよりも私と一緒にいてほしいの。寿くん、言っていたじゃない。お互いのことをもっとよく知った方がいいって。だったらよく知っているベアくんよりも、よく知らない私と一緒にいて、もっと私のことを知ってほしいなって思ったの!」

「あ、そういうこと」


 俺が言ったことを踏まえた上での、関係向上のためのお願い事だった。

 ちょっとした恐怖を感じる言葉の裏に隠されていた可愛い真実を知って、内心ホッとする。あーびっくりした。そうだよな、自意識過剰すぎだな俺は。彼女に対してまだまだな彼氏だな。


 安堵してパフェを食べるスピードも若干アップするものの、真妃乃との会話はまだ続く。


「ベアくん、あんな風にいつも怖いオカルトの話をしているの?」

「そう。アイツ、オカルトマニアだから。未確認系とか心霊系とか都市伝説系とか、オカルトだったら話に底はないな」

「俺の話ぃ?」


 と、ここでようやくベアが戻って来た。

 会話が聞こえていたのか、ニヤニヤしながら飄々として座っていた椅子へと小柄な身体を納める。


「やだぁー。その場からいなくなっても俺、チョー人気者じゃん」

「遅かったな。腹壊してたのか?」

「普通にスルーされた。うんにゃ? トイレの壁に意味怖特集されたポスター貼ってあったから、考えながら熟読してた」

「他の客にとったらある意味お前が怖い存在だわ」


 というかこんな洒落たカフェのトイレによくそんなポスターを貼ろうと思えたな、店側も。あれか? ギャップを狙ったのか?


「てゆーか寿、まだ食べてないの? 俺が意味怖熟読している間、何してたの?」

「パフェ食べてた」

「激遅なんだけどぉ」


 そんなことを言われても、俺の激遅の原因の一旦は確実にお前にあるのだが。俺を揶揄やゆるベアをジト目で見ながら食べていると。


「ベアくん。寿くんの食事の邪魔になるから、話し掛けないであげて?」


 極めて普通に言い放たれた言葉に、俺のスプーンが止まった。ついでにゆらゆら左右に揺れていたベアの動きも止まった。

 静かにそっとお冷を口にし、真妃乃を見、次いでベアを見た後、俺はパフェの残量を確認した。……このパフェ、お持ち帰りできないだろうか?


「京帝さぁん。寿との付き合いは俺の方が長いんだけどぉ? 交際歴二日目の彼女如きが、友達歴一年半年の俺と寿の仲に割り込まないでくれるぅ?」

「話し掛けて邪魔していたのは事実でしょ? 私と二人だったから、寿くんもここまでパフェ食べ進められたのよ? ベアくんがトイレに行かずに残ったままだったら、会話ばっかりして一口も減らなかったと思うの」

「うっわそれマジで言ってる? 寿聞いた? 俺いま寿の交際歴二日目の彼女如きに、邪魔って言われたんだけど?」

「ほらまた寿くんに話し掛ける! ベアくんが話し掛けるから、寿くんのスプーンも止まっちゃってるじゃない! 食べ終わったんなら先に帰って!!」

「はぁー? それ言うんだったら京帝さんも帰ればぁ?」

「私はまだレモンティーが残ってるもの!」

「俺だってお冷がまだ残ってるもんねー!」

「あー!! すみません店員さん!! このパフェって持ち帰り可能ですか!?」


 聞くに堪えない言い争いに俺は思わず二人よりも声を張り上げて、近くを通った店員に確認を取った。


 段々と程度が幼稚になっていく恥ずかしさに耐えられなかった。真妃乃だって俺にかなり話し掛けていたぞ、という注意のできない俺の不甲斐なさに耐えられなかった。

 周囲の客の目が俺達のテーブルに集中するのも耐えられなかった。「あの人、限定苺クリーム特大パフェ頼んでる。男子で勇気あるね」、とか聞こえてきたのにも耐えらなかった。やっぱりかベア貴様!!


 しかしそんなわらにもすがるような俺の確認は、


「すみません、お客様。当店、持ち帰りは衛生上できないことになっております」


 という無情な返答によって希望を失った。希望を失った俺の目は、茹でられたカニの目となった。


「寿、がんば!」

「寿くん、頑張って!」


 その後何故そうなったのか、彼女と友達に応援対決されながら苺パフェの皮を脱ぎ棄てた、限定苺クリーム特大パフェを必死こいて食べる羽目に陥る。


 俺はまさか丼より何より、パフェを超スピードでかきこむことになるとはカフェに入った当初、露ほども想像していなかった。

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