第6話 ベアとの攻防とラ・ヨローナ

「俺も付いてっていーい?」

「ダメに決まってんだろ馬鹿か」


 六時限目が終了して掃除の最中のこと。


 教室班である俺は、廊下&トイレ班であるベアに絡まれた。俺が教室扉の窓を雑巾で拭いていたのと、トイレでなく廊下で雑巾がけをしていたベアで場所が近かったことから発生した悲劇である。俺はちゃんとその時間はそれに集中したいタイプの人間なので、おい誰か助けろ。

 救いを求めてあちこちに顔を向けるも、誰とも目が合わない。こんな時に限って掃除に集中して余計なことで時間をロスしないウチのクラス、本当に優秀である。


 「ねーねーねーねー」と話し掛けマシンと化したベアをそのまま無言放置するには隣のクラスの迷惑だったため仕方なく注意しながら応じれば、いつの間にか真妃乃との初デートの話になっていた。もちろん手はちゃんと動かしている。

 そして冒頭のベアの台詞である。本当にコイツはどうしようもないヤツだ。


「いいかベア。これはデートなんだぞ。恋人の有する正当な権利だ。邪魔をすることは断じて許さん」

「えー? どうせ二人きりって訳じゃないじゃん。お店の中に人いるじゃん。俺一人いても別に関係なくなぁい?」

「あるわ! 腐るほどあるわ!」


 何を言っているんだコイツは! オカルトに脳を侵されて一般的な常識もないのか!? おい誰か助けろ!

 しかしこんな時に限って掃除に以下略。


「いいじゃーん。俺だって駅前カフェの限定モカプリンスペシャルたべたぁーい!」

「そっちメインで行くんじゃないわ! 一人で勝手に休みの日にでも行ってろ!」

「寿寿寿寿寿寿寿寿寿寿寿寿寿寿寿寿寿寿∞」

「俺の名前連呼すな! 怖いわお前、早く廊下雑巾で拭け!!」


 その後俺の名前連呼マシンと化したベアにホームルーム終了後、背負ったリュックにぶら下がられ、引き摺りながら真妃乃を迎えに彼女のクラスへと行けば。


「え、ベアくんも?」


 出てきた真妃乃から、当然のように目を丸くして聞かれてしまった。友達一人振り切れない俺の力量不足がここで露呈してしまった。


「……何か、どうしてもモカなんちゃらスペシャルっていうのが食べたいそうで」

「限定モカプリンスペシャルね!」

「……が食べたいそうで」


 ベアからせんでもいい訂正が入り、俺は力なく言う。


「ベアくん、甘いもの好きなの?」

「んー? そーでもない」

「じゃあ帰れお前!!」


 振り向いて若干キレながら言えば、未だリュックにぶら下がっているベアはぷーと口を尖らせた。


「モカは甘くないじゃん! だからプリンも甘くない!」

「どういう理屈!?」

「たーべーたーい! たぁーべぇーたぁーい!!」

「何歳だお前は高校男児だろうが!?」


 上下に揺らされ、リュックを背負う俺の身体も振動で揺れる。馬鹿ベアお前、俺が乗り物酔いすることを知っての所業か!?

 ベアを振り落とすかリュックを犠牲にするか、はたまたこのまま我慢するか(こんなヤツでも友達なので)を決めかねていると、困った表情で真妃乃がベアをなだめ始めた。


「ベアくん、寿くん困ってるよ。そんなに一緒に行きたいの?」

「行きたい!」

「…………じゃあ、一緒に行こっか」


 本当に仕方なさそうな顔と声だった。

 真妃乃だって俺と二人の方が良かったという、そういう反応である。


「ごめん」


 謝ると眉を潜めながらも、「ううん」と横に首を振っている。……うわー。初デートに水を差されて、ちょっと不機嫌になってしまったかもしれない。

 本当は二人きりが良かったのにベアが俺の友達なものだから、イヤと言えずに我慢してしまったのだろう。彼女に気を遣わせるとか何て不甲斐ない彼氏。そして空気の読めない友人。


 付いて行っても良いと許可されたベアは俺のリュックから剥がれて何故か俺の横にひっつき、どういうことなのか俺が彼女と友人の間に挟まれる態勢となって下校することになっていた。俺がこの中で一番背が高いので、挟まれているという違和感が半端ない。


 下駄箱で靴を履き、同じ帰宅部の生徒がわらわらと校門から出て行くのを俺達も通って、道なりに歩く。今日は駅前まで行くので校門近くのバス停からバスに乗車し、最終地点であるそこへと赴く。

 丁度良いタイミングでやって来たそれに乗り込み、一番後ろが空いていたのでそこへと並んで座った。並び順は変わらずである。


「良かったねぇ。一番後ろが空いてて」

「最後に降りるしな」


 呑気な声で言うベアに相槌を打ちながら、前に抱え直したリュックから酔い止めを取り出す。それに気づいた真妃乃がキョトリとした。


「それ酔い止め? 寿くん、乗り物ダメなの?」

「ああ。小さい頃からちょっと。バスとか電車とかに乗る時は必ず飲んでる。面倒だけど、飲まなきゃ大変だし」

「じゃあ、あんまり遠出するのとかは嫌い?」

「うーん。そうだな。家から結構近場の方が楽と言えば楽」

「もやしだね、寿ぃー」


 馬鹿を言うなベア。俺は自因的もやしではなく、他因的もやしだ。夏休みの最後に外に出て、真妃乃と出会ったSSR奇跡を忘れたのか。

 水無しで飲める酔い止めを口に入れ、すぐに飲み込む。駅前の停車場までは時間的に二十分以上は掛かるので、他の乗客に迷惑にならない程度の声量で俺達は会話をし始めた。


「限定モカプリンスペシャル、楽しみだねぇ」

「それお前だけな。真妃乃は大体何にするか決めてる?」

「えっとね。あるか分からないけど、モンブランがあったらいいなって」

「あー、そろそろ季節だもんな」


 頼むものも可愛い真妃乃。隣に座っている彼女からは、花のようないい香りがしてくる。


「秋と言えばさぁ。ここで俺が知っているお話を一つしてもいーい?」

「やめろお前それ絶対秋関係ないだろ。真妃乃を怖がらせるな」

「え、なに? ベアくんのオカルト話? 聞きたい!」


 TPOもわきまえずに話し出そうとしているベアを止めようとしたものの、真妃乃が乗っかってしまった。俺だって話を聞かされた最初の頃は気になって、夜は部屋の電気を豆電球にして寝る程だったのに、彼女に耐えられるのだろうか?

 しかし先程不機嫌そうな様子だったのが楽しそうな顔をしているため、止めきれずに渋々ベアの話を聞くことに。


「これも外国のお話で、ラ・ヨローナね。とある富豪と結婚した、まっずしぃー女性がいたの。まぁ結婚したってことは、身分とか釣り合いとか関係なく愛に生きる!って感じだったんだろうけどぉ。でもその夫婦に子供が生まれちゃうと、旦那の方が奥さんに興味を失っちゃってね。元々そんなの関係ないって結婚したのに、『興味を失うってどゆこと!?』って奥さんブチ切れ。愛していたのに疎ましく思われて、プッチンきちゃったんだよ。キレたんなら矛先旦那に向けろって話しなのに、頭トんじゃったのか産んだ子供を道連れにしちゃったんだ。川に身を投げて。でもやった後で後悔しちゃって、『私の子供はどこ?』って探してんの。それからその川の近くで、絶対に子供を一人にさせないようにって決められたんだ。どうしてって? ……その奥さんに、子供が水辺に誘い込まれるからだよ」

「……」

「……」

「……あっれー? どうかしたぁ?」


 相変わらず呑気な声で言うベアに、俺は青筋を立てそうになった。いや立てた。


「ベア、お前と言うヤツは! こんな公共の乗り物の中でよりによってそんな怖い話すな! 見ろ、聞く前は楽しそうな顔をしていた真妃乃の顔が青褪めちゃっただろ!?」

「えー? それ俺のせい?」

「お前以外に何があると!?」


 ベアを叱りつけていたらクンと袖を引かれる。見ればまだ青褪めた顔をした真妃乃が、ふるふると首を振っていた。


「……いいの、寿くん。私が聞きたいって言ったから、ベアくん話してくれたんだもの」

「大丈夫か?」

「……うん」


 明らかに大丈夫じゃなさそうなのだが。しかも前に俺が聞いたオカルト話ではもっと恐怖度が軽いものもあったのに、何で最近はちょっと強い感じのやつをわざわざ選んで……あ。

 目を細めて見たら、見られていることに気づいたベアが飄々とした態度で首を傾げる。


「なに? 寿」

「お前、今度からベアじゃなくて不謹慎野郎って呼ぶわ」

「え。何で!? そんな可愛くない渾名で呼んで欲しくないよ!?」

「何回言っても不謹慎するからだろうが!」


 分かっちゃったんだぞ! いま話したオカルト話も結局は子供いなくなってんじゃねーか! 絶対行方不明事件の影響だろ!


 そんな感じで俺とベアで言い争い、以降静かになってしまった真妃乃を連れ、バスは最終地点の駅前まで緩やかに運行して行ったのだった。

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