交際 2日目
第5話 取り替え子とデートの約束
その後は午後の授業を受け、約束通りに真妃乃と途中まで一緒に帰った。
道中は元彼ストーカーが現れることはなく、俺は少し心配ながらも手を振ってヒョコヒョコ歩いて行く彼女を、姿が見えなくなるまで見送ってから帰宅した。
まぁあそこは住宅街だし、元彼ストーカーも大きな行動に出ることはできないのだろう。しかし一つだけ気になることと言えば、俺と別れる際に真妃乃が帰って行った道。いくら夕方でお山に帰る時間だとは言え、あそこ、カラスが多過ぎじゃないだろうか?
電線に止まっている数だけ確認しても、ザッと余裕で三十羽くらいはいた。呪われているのかと思った。
あれだけ数がいれば道に羽やら糞やらが多く落ちていそうなものなのに、しかしその道は綺麗なものだった。通行人が発見するたびに親切にも片づけているのかと思うほど、綺麗だった。
しかもそれ以上に不思議なことに、あそこにいたカラス達は飛んでいくこともなくカァーと鳴き声をあげることもなく、ただただ電線の上に佇んでいるだけだった。その光景は背後の赤と橙に染まった夕焼け空と相まって、不気味以上の得体のしれない何かを俺に感じさせた。
だからこそその中を進んでいく真妃乃に何事もないか、チキンハートでも我慢して俺は見守ったのだ。本当は今すぐにでもその場から立ち去りたかったけど。
そんな帰り道だったため行きも憂鬱な気分で向かったが、さすがに朝の時間帯はカラス達もご出勤しておらず、そこはシュワシュワと弾けるソーダのように清々しい爽やかな朝の道となっていた。真妃乃も普通にニコニコしながらやって来たし、ホッとして一緒に登校をして来たという訳である。
「カラス三十羽もいたの? 超常現象かもしれないねぇ」
「お前に話すと何でもかんでもオカルト化するな。いやまぁ、普通に昨日の光景はオカルトって言われても不思議じゃないけど」
昨日と今朝のことをベアに報告した。というのも、彼が真妃乃とのことを聞きたがったからである。ラブラブオープンな以上、友達だし隠すのも変だよなと思って話した。
俺の話を聞いたベアは席に座った俺の前でしゃがんで、机に
「でもさぁ。カラスって大半が悪いイメージあって不吉って思われているけど、あるところでは神の使いとして尊ばれていることもあったりするから、たくさんの神様に見守られているって考えたら楽かもぉ?」
「余計怖いわ。どんだけの神様に監視されてんだ」
イヤだわ、そんな神様。
「そぉ? 見えないものに見られているよりか、見えるものに見られていた方が俺は安心するなぁ」
「出たよ。オカルトマニアのオカルト話が」
「昨日言った神隠しだって、見えないものに連れ去られているじゃん? 俺はそんな意味不明なものに連れ去られたくないから、ちゃんとミー読んで勉強してるんだよ?」
「お前はそっちじゃなくて普通に勉強しろ。夏休み前の期末、赤点ばっかだったんだろ」
「それ言われると耳がいたーい!」
きゃー!と言って耳を押さえるベア。本当にコイツだけはどうしようもないヤツだ。ちなみに俺の成績は平平凡凡・どこにでもいる男子高校生らしく平均点ど真ん中。普通もいいトコである。
耳から手を外してニヤァとベアが笑い始めたのを見て、俺は無言で椅子を後ろに引いた。
「ちょ、何で離れるの寿」
「お前がキショ笑いしたから」
「ひっどぉー! ……ふふん。ここで俺が知っているお話を一つ。外国のお話なんだけど、取り替え子って知ってる?」
唐突にオカルト話が始まるのはいつものことなので、慣れた俺もいつもの如く話に乗ってやることにする。
「取り替え子ってあれだろ? ここじゃなくてヨーロッパとかの話だっけ?」
「そう。結構知ってるじゃん寿ぃ」
「お前がペラペラ話してるのに付き合ってるからな」
「やっさしぃー。で、チェンジリングっても言うんだけど、人間の子供を妖精が連れ去って、代わりにその妖精の子を置いてくるってやつ。これも誘拐だし、ある意味で行方不明だねぇ。そんなある日、双子の子を産んだ家族がいたわけよ。妖精も連れ去ろうとしたんだけど、生まれた子供が双子だって知らなかったんだよね。だから片方だけ連れ去ったの。見た目は連れ去った赤子そっくりだから、誰もそれが妖精の子だって分からなくて。でもね、気づいている人間は一人だけいたんだよ。誰だと思う?」
「……もう一人の残った双子の子か?」
「ピーンポーンだいせいかぁい! お腹の中でずうぅっと繋がってたのに、プチって切れちゃったんだよ。残された方は『えっ!?』ってなるよね? 子供ってさぁ、無邪気だから言わなくていいこと言っちゃうんだよね。聞いたんだよ、その子。妖精の子に。『貴女、私のお姉ちゃんじゃない。だれ?』って」
語り口調もいつもの感じなのに、何故だろう。
昨日不気味なことがあったせいか、それとも現実に近くで行方不明が発生しているせいか、妙に薄ら寒く感じてくる。
「……それで?」
「夫婦、可哀想だよねぇ。子供二人いたのに、みぃーんないなくなっちゃった」
それは妖精の親がまた連れ去ったのか、双子の子に妖精の子が何かをしたのかは、ベアの言葉からは分からなかった。
そして予鈴が鳴り、話もキリが良かったのでベアは自分の席へと帰って行ったが、俺はどうしてもその話が頭の中でチラついて、ホームルームで話す担任の連絡事項を碌に覚えられなかったのだった。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
「っていう話をベアがしてたんだよ」
「へぇ。ベアくん、見た目は可愛い系男子なのに、怖い話とか好きなんだ。何か意外」
昼休憩、今日は人の多い食堂で弁当を食べている。
ここなら多くの生徒にラブラブであることを知らしめられるし、元彼ストーカーだってどうにもできまい。ヒソヒソやザワザワが俺達のこととは限るまい。気にしないでおくこととする。
そんな中でホームルームどころか授業中でさえも話がチラついて碌に授業に集中できなかった俺は、普段食事中は会話しないのに真妃乃にベアがした話をしていた。こんなオカルト話で申し訳ないが、誰かと共有しないとずっと頭の中で巡りそうだったのだ。
「ベアのヤツ、不謹慎なんだよ。近くで行方不明が起きているからって、誘拐とか連れ去りの話ばっかしてきて」
そう文句を言ったら、ミニトマトを摘まもうとしていた真妃乃の箸先が止まった。
「……行方不明って、最近ニュースで報道された?」
「そう、それ。神楽坂高校の。それにしても近くでそれが起きてるって物騒だよな。行方不明の男子生徒、早く見つかるといいけど」
「そうだね。ねぇ、寿くん」
呼ばれたので真妃乃を見ると、ニコッと笑う顔と出会う。
「寿くんは私のこと、守ってくれるよね?」
「え? あぁ、うん。まぁ彼氏、だし。暴漢とか、立ち向かう、よ」
チキンハートで負け確定野郎なので、絶対に守ると断言はできなかった。俺の力量なぞそんなものである。俺は自分の能力を過信しない。
「ううん。立ち向かってくれなくていいの。寿くんが私の傍にずっといてくれたら、それでいいの」
何て出来た彼女であろうか。断言できなかった俺はクソ野郎である。そんなんだから、俺は平平凡凡の普通から抜け出せない男子高校生なんだぞ!
彼氏としての力量不足にジリジリとした罪悪感を抱いた俺は、彼女にこんな提案をした。
「あのさ。今日って放課後何か用事とかある?」
「ううん。ないよ?」
「だったら、駅前のさ。カフェ、あるじゃん。あそこで何か食べたりする?」
詰まりながら言うと、真妃乃はパッと瞳を輝かせて勢いよく首を縦に振る。
「うん! 行く!」
「そ、そっか良かった。帰りとかいつもより遅くなったらいけないから、後で家にちゃんと連絡してな」
「うん! 寿くんやっぱり優しい!」
笑顔で褒めてくれて、俺の抱いていた罪悪感も薄れていく。俺の彼女が素直で可愛過ぎるのだが。
と、箸を置いて両拳の中心に顎を乗せてテーブルに肘をついた真妃乃が、上目遣いに俺を見てきた。そしてニコッと笑って。
「ふふっ。初デートだね♪」
弁当箱に顔を突っ込まなかったこの時の俺を、死ぬほど褒めてやりたい。
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