第4話 お昼ご飯と初邂逅
これは一体どういうことなのか、今日に限って中庭のベンチはがらんどうだった。
皆今日は教室なのか? 食堂なのか? 真妃乃に都合よく働き過ぎてないか? 平平凡凡な俺の運も平平凡凡なのか?
そんなことを脳内で忙しなく
「あそこが一番見晴らしいいし、あそこにするか?」
「うん! えへへ、寿くんとお昼~♪」
上機嫌で笑顔を振りまきながら俺にエスコートされる真妃乃、超可愛い。
うん。美少女で性格も純粋で発言も可愛いとなれば、元彼の先輩がストーカーしたくなる気持ちも分かる。というかこんなに可愛い子を彼女にしておいて浮気するとか、一体どういう神経をしているんだ。別れてストーカーになるくらいなら、初めから浮気なんかするなっての。
ベンチに並んで座り、俺が弁当を広げるのに合わせて真妃乃も小花がプリントされた包みから、薄い褐色色をした木製の小さな弁当箱を取り出している。
俺の彼女、弁当箱も可愛いか。そんな小さいので足りるのか。対して俺の弁当箱、ありきたりなステンレス製のやつ。
「寿くんのお弁当、お母さんが作ってるの?」
「ん? ああ。ウチ父さんが単身赴任してて母さんと二人暮らしなんだけど、父さんに作ってあげられない分、俺のを頑張って作るから!って」
「そうなんだ。息子想いのお母さんだね。寿くんも、この年の男の子って恥ずかしがって断っちゃう人とかもいるみたいだし、やっぱり優しいね!」
ニコニコしてそう褒めてくれて、何だか頬が熱くなってきた。
「そ、そうか? ま、まひ、真妃乃は? それ自分で?」
脳内ではストレートに真妃乃呼びしている俺だが、本人を前にして口に出したのは初めてで噛み噛みになってしまった。ラブラブを見せたいのなら、名前呼びして問題はない筈!
呼ばれた真妃乃は一瞬目を瞬かせはしたが、特にその件は突っ込まれることなく弁当のことを話し出す。
「うん。私は自分で作ってるの。料理するの好きだし、休みの日にもお菓子とか作ってるんだ」
「へぇ」
突っ込まれなかったことに肩透かしを食らったというか、拍子抜けというか。こんなことを気にする俺は、もしかしてみみっちい男だったりする?
そうしてパカリと開いた彼女の弁当の中身は、確かに手作りしているような色彩豊かで冷凍食品など一つも入っていないように見える、とても美味しそうなお弁当だった。俺も自分の弁当の蓋を開けて、真妃乃も気になったようで覗き込んでくる。
「わぁっ! 美味しそう!」
「母さんが張り切って作ってるからな」
俺のも中々に色彩豊か。ただしブロッコリーは頂けない。苦手だと言っているのに毎度入れてくるのは何故なのか。食べるけど。
頂きます、と言ってそれぞれ弁当に箸をつける。俺は基本的に食事中は喋らないタイプの人間なので、静かに黙々と食べ進めていく。
そして教室で食べる時に同じく教室で食べている女子の様子とかも視界に入ったりするが、彼女達は会話しながら食べるという器用なことをしている。
真妃乃も会話しながらの方がいいのかと思ってチラリと見ると、丁度ミートボールを口にしているところだった。小さい口に小さいものが入るの、超可愛い。
モグモグしている真妃乃が俺の視線に気づき、ゴックンした後、ニコッと笑ってミートボールを箸でつまんで俺の口許へと運んでくる。
「あーん♪」
俺の彼氏としての力量を試される時が来た。
交際一日目にして彼女からの「あーん♪」が来るなど、誰が想像できようか。俺はできなかった。箸には触れない方がいいだろう。俺の試練はどうにかしてミートボールだけを口にすること、ただそれだけに尽きる。
くっそ、まさかの初めてのあーん♪が丸いミートボール! 卵焼きだったら簡単だったのに!
ドキドキしながら寄せられているミートボールをどうにかして歯で上下に挟んで、口の中に入れることに成功。真妃乃の掴み方が左右でなく、上下だったらアウトだった。
「あ、先輩だ」
「ぐっふ!?」
ミートボール噴き出しそうになった。
待って、先輩ってあの先輩!? ストーカー野郎の!? なんてタイミングで現れやがる!!
口を押さえてどこだと慌てて探すも、「せんぱーい!」と彼女が手を振る先にいたのは、複数人の女子だった。先輩(?)らしき彼女達は手を振り返しながらも近くに来る気はないようで、その場から「仲良いねー!」と声を掛け、そのまま校舎へと姿を消した。
「……せ、先輩?」
「うん! 私元々吹奏楽部でね、その時にお世話になった先輩達なの。初心者の私に丁寧に教えてくれて、トランペット吹けなかったのにブーッて吹けるようになったんだ」
「へ、へぇ」
何だよ紛らわしいな! ……元々吹奏楽部? 今は帰宅部なのか。
「先輩も優しくて部活楽しかったんだろ? どうして辞めたんだ?」
「……元彼に、一緒にいたいから辞めてくれって」
途端暗い顔をして、そう呟いた。
独占欲の強いストーカーである。いや、強かったからストーカーに成り果てたのか? 本当に元彼先輩が浮気をした理由が不明過ぎる。普通な男である俺には理解できない。
箸を弁当箱の中に置いた真妃乃がギュ、と俺の腕の制服を握ってくる。
「……先輩がいる」
あーハイハイまた部活の先輩かと、何気なく首を巡らして一人の男がこちらを見ていることに気づく。
距離は大分離れていて、どんな表情をしているのかは分からない。けれど背が高く、茶髪に染めた髪をサラリと揺らしている制服を着た男子がそこにいた。平平凡凡な俺と違い、遠目から見てもイケメンな雰囲気を醸し出している。
「……元彼?」
コクリと小さく頷くその表情は、彼女が顔を伏せているため窺えない。そしてその男は俺達のところに来るでもなく、ただその場に立って俺達の様子を見ていた。
付き纏われていると聞いている。何かされたことはないのかと昨日確認したが、ただ遠くだったり、近い時には三メートル程の距離からジッと見つめてくるのだと。
見つめてくるだけで何か被害を被っていないのなら、確かに警察に行くのも大げさな話だ。しかし精神的苦痛を受けている以上は、悪質な行為でしかない。
……俺の彼氏としての真の力量は、ここで試されている。ここは勇気を出してどういうつもりかと言いに行くべきか、今日は様子をみるべきなのか。俺としてはチキンハート野郎なので、ケンカ沙汰になるのは負け確定なので御免である。
と、元彼先輩の口許が何か動いたような気がした。
何かを話したようだが遠くにいるために声は届いてこず、何を喋ったのか分からない。けれど俺の制服を握っている真妃乃の身体が、ビクリと震えた。
え、聞こえたのか? 驚異的な地獄耳なのか!?
真妃乃の様子が気になってストーカーから視線を剥がして彼女を見ると、青い顔色で俺を見上げていた。小刻みに震える口を何とか動かそうとしている。
「ね、ねぇ。き、聞こえた?」
彼女の様子を見るに、聞こえていて欲しそうな言い方だ。しかしチキンハート野郎の俺には嘘を吐くことなど、そんな大それたことはできず。
「何かを喋ったみたいだけど、俺は聞こえなかった」
「……!」
泣きそうな顔をして俯く彼女に、俺のした選択は間違ったのかと少し罪悪感が沸く。
けど聞こえたって、先程の部活の先輩のように大きな声を出さない限りは、普通はあの距離からじゃ聞こえないと思う。実際聞こえなかったし。それとも読唇術なのかとも頭に浮かんだが、再度ストーカー先輩を確認しようとして、しかし彼はもうそこにはいなかった。
ストーカー先輩を見てからの一連が何だか気味が悪くてこれ以上は中庭で食べ続けることなんてできず、俺と真妃乃はそれぞれの教室に戻って弁当を食べることになったのだった。
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