第3話 交際はオープンするようです

 その後何とか現実を受け入れて、いつもの調子とは程遠いものの、口端を引きつらせながら渾名呼びの許可を出したベアに真妃乃は、とても嬉しそうに笑っていた。

 そしてどうして二人きりで理科室で話していたのかを聞かれた俺は、彼女との関係のことを一番の友達には伝えたかったと話すと。


「あ、そうなの? 私は寿くんが彼氏なこと皆に知ってもらいたいから、全然オープンだよ? さっきもクラスの仲良い子には喋っちゃったし」


 待って何それ聞いてない(二回目)。

 オープンな感じで良かったのか? 俺が彼氏って自慢されているのか? ……いや、真妃乃としてはむしろラブラブなところをストーカー先輩に見せたいわけだから、オープンするのは全然有りなのか。


「ねぇねぇ寿くん」


 手をギュッと握ってこられ、突然のスキンシップにギョッとする。思わず同じ場にいるベアを見ると、彼の眼鏡の奥の瞳は干からびたフグのような感じになっていた。


「寿くんってば!」

「え、あ、なに?」


 注意を向かせるように繋いだ手を引いてきた彼女の方を見ると、こちらは膨らんだフグのような顔となっている。


「私達、家の方向違うから家まで一緒には登校したり帰ったりできないけど、途中までなら一緒でしょ? いつもとルート変わっちゃうけど、出来るだけ寿くんと一緒にいたいから。ダメ?」

「ダメじゃない。途中まで一緒に登校して帰ろう!」

「良かった!」


 美少女のウルウルお目めの上目遣いおねだりには、交際初心者の俺にはお断りするには高すぎる壁だった。思考するまでもなく即答した。


 さすが俺、彼氏と言う名の下僕スーパーマン……! まぁ、途中までだしな。それなら途中で力尽きて死ぬことはないだろう。

 と、彼女の嬉しそうな顔を見つめてニヤニヤしていた俺の耳に予鈴が鳴る音が届く。


「あ、そろそろ時間だね。私は一限目体育なんだ。寿くん達は?」

「俺らは数学」

「そっか。朝から頭使うねー」


 そう真妃乃と話しながら理科室を出ようとしていたら、彼女と繋いでいない手の制服の袖をクンと引かれた。

 見れば、ベアが俺をジッと見つめていた。男のお前に袖を引かれて見つめられてもな。


「ベア?」

「ごっめーん京帝さん。俺まだちょっと寿と話したいことあるから、先に戻ってもらってもいーい?」

「え? ……あ、うん」


 言われた真妃乃は目を丸くしながらも、にっこりと笑うベアに俺を譲ってしまった。……何かコイツ、変な圧出して真妃乃を追っ払おうとしてないか?


「じゃあ寿くん、またお昼休憩にね!」

「あ、うん」


 明るい笑顔で理科室を先に出て行った真妃乃の背を見送り、俺は未だ自身の袖を掴んでいるベアを見る。


「何だよベア。早く戻らないと俺ら遅刻扱いになるぞ」

「ちょっと確認したくてさ。寿と京帝さんが信じられないことに付き合っているのは、見ててあぁこれ現実なんだって理解したけど。告白、京帝さんの方からなんだよねぇ?」

「そうだけど?」


 普通に返したら、目を細めて薄らと笑う。


「何て告られたの?」

「え。さすがに言うの俺、ちょっと恥ずかしいんだけど」

「まぁまぁ。俺も今後の参考に聞いておきたくて」


 今後の参考? お前にも俺のようなSSR級事件が起こる可能性を夢見ているのか。お前は既に名前がSSR級だろう。……いや、俺の事件に衝撃を受けてオカルトマニアが醒めて現実を見出したのなら、友人として俺は彼を応援すべきである。


「普通に、お付き合いして下さいって」

「それ恥ずかしがる内容? 寿を彼氏にする理由とかは?」

「理由。あー、一昨日外にフラッと出て道歩いていたら、麦わら帽子被った女の子がハンカチ落としてな。それを拾って渡したら、その子が京帝だったっていう」


 理由まで言ったら、ジトっとした目をする。


「それ偶然?」

「偶然に決まってるだろ失礼なことを言うな。ハンカチを拾った俺の優しい人間性を見染めて、それで告白してくれた見た目通りの純粋な子だぞ!」

「いや疑ったの寿の方」

「偶然に決まってるだろ失礼なことを言うな!」


 俺かよ!? いつどこで何時何分何秒の時に真妃乃がハンカチ落とすとか、計算の限りを尽くして行うような犯罪者臭漂うヤツをお前は友達だと思ってたのか!? 応援したいと思った俺の純粋な気持ちと時間を返せ!


「まぁそれは冗談として。ふぅーん。寿の優しい人間性を見染めてねぇ」

「冗談かよ。お前だってさっき俺のことやっさしぃーって言ってたよな」

「うわそれ俺の口真似? ド下手くそなんだけどぉ。うん、寿は優しくて真面目な男だと思ってるよ。京帝さん、美少女だから今まで性格悪そうって思ってたけど、男を見る目はあるんじゃない?」

「何でお前が上から目線」


 しかしベアの言った男を見る目、というのは賛同しかねる。いや俺がということではなく、ストーカー男を引っ掛けてしまっている以上はその評価も半々だ。



 キーンコーンカーンコーン



「「あ」」


 ヤバい。遅刻確定した。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 猛ダッシュして理科室から教室へと急いで帰還した俺とベアは、まだ担任が来ていなかったこともあって無事遅刻をまぬがれた。

 担任が来るまでの間、「二人で出てってあれから何してたんだよー」とか悪ノリ男子達に冷やかされたりもしたが、俺が何か言う前にベアが「二学期は俺のオカルト話減らせって脅されちゃってー」とか事実と異なることをテヘペロしながらお茶目に言ったため、「そっかー大変だったなー」と言われてお終いになった。女子はそんな男子達(俺含まれる)を呆れた目で見ていた。本当に仲の良いクラスである。


 そうして授業が始まってああ本当に夏休み終わったんだなとしみじみ実感していたら、あっという間に四限過ぎて昼休憩の時間に。教科書やらノートやらをしまいつつ、リュックから弁当を取り出していると、そのタイミングで教室内がザワッとする。


 どうしたと思って弁当箱片手に顔を上げたら俺の教室の扉の前で、気づいた俺に真妃乃が笑顔で手を振ってきた。彼女の視線の先を辿って、クラス全員の視線が俺に辿り着く。あ、ヤバい。


「どどどどどういうことだよ多田野! 何で京帝さんがお前に手を振ってるんだよ!?」

「寿! お前ベアだけじゃなくて、京帝さんまで脅したのか!?」

「何で平凡を型に詰め込んで人にしたようなお前に京帝さんが!」

「事情聴取だ! 皆コイツを囲め!!」


 逃走を図る前に男子の徒党に道を阻まれ、逃げ場を失ってしまった俺は弁当箱を抱えてジリジリと後ずさる。つか二番目に発言したヤツ誰だ表に出てこい名を名乗れ、今すぐ決闘だ!


「皆鎮まれ! これには海よりも谷よりも深い訳がある!」

「どんな訳だ!」

「俺は彼女にとってスーパーマンなんだ!」

「意味が分からん! いつから平凡野郎から厨二病になったんだ多田野!」


 俺はこのクラスの弱点を知っている。どんなに真面目な空気から始まっても、誰かが悪ノリすれば全体がそれに汚染されてしまうことを。

 案の定、俺の悪ノリに悪ノリが広がっていく。


「いいか、俺の邪魔をすることは正義の邪魔をするということだ。悪の手下になり下がる気かお前ら!」

「逆だろ! 悪の手先であるお前から、我らがプリンセスをお守りするのだ!」

「そうだ! その手に抱えているもの、それはまさか……!」

「まさか?」

「…………ダイナ・ミックス!!」

「「「何じゃそりゃ」」」


 悩んで出てこず、苦し紛れに言ったヤツは他の男子達から突っ込まれた。男子高校生のノリなんてこんなものである。女子達はそんな俺達を以下略。

 囲みから外れていたベアは、『ミー』というオカルト雑誌を開いていた。おいオカルトマニア空気読め。というかオカルト醒めてなかったのか。


 一通り悪ノリして興奮が冷めたのか、一番教室の扉に近かった男子が真妃乃に、「多田野に用事だよね? 今すぐ引っ張ってくるから」と声を掛け、先程の仕打ちとは逆に俺は真妃乃に受け渡された。全てを見ていた真妃乃は理解が追いつかないようで、目をパチパチと瞬かせている。


「混乱させてごめん。お昼誘いに来てくれたんだよな?」

「え? あ、うん。……寿くんのクラス、皆仲良いんだね」


 そう言った彼女の顔は、何だかあまり喜ばしそうではない。これはどういう反応だろうか? 考えたくはないが俺がクラスの連中と仲が良いことは、彼女にとって良くないことなのだろうか?

 そんな考えが頭を過ぎったが、まさかと首を振る。優しい人間性を見染めて告白してくれた真妃乃が、そんなよろしくない考えを抱く筈がない。


 教室から出て廊下を歩き始めた俺達に多くの同学年の視線が飛び交う。ヒソヒソザワザワしている声が多過ぎて内容が拾えないので、正常なメンタルを保つために隣を歩く真妃乃に話し掛けた。


「昼、どこで食べる?」

「中庭がいいな。今日お天気も良いし、昨日よりは暑くないでしょ?」

「中庭」


 俺は瞬時に真顔になった。

 確かにケヤキの木が植えてあって、木陰になる位置にベンチも複数設置されてある。しかし学校の校舎の形としてコの字型の真ん中の凹んだ位置に、中庭と呼ばれる場所がある。それは即ち、全階の校舎の窓から中庭の様子を目撃することができると。


「俺は本来あまり目立ちたくないタイプの人間なのだが」

「寿くん?」

「ああうん、中庭。中庭ね。どれくらい人がいるかなぁ……」


 遠い目をしてベンチよ人で埋まっていろ!と念じる俺の弁当箱を抱えていない手に、真妃乃の小さな手が触れた。彼女はニコニコと笑っていて。


「ベンチ、まだ空いているといいね!」

「そうだな!」


 交際日一日目、昼。俺は絶対的彼氏と言う名の下僕スーパーマン

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