交際 1日目
第2話 オカルトマニアな友人と行方不明
京帝 真妃乃との交際が始まって一日目。
告白された日を交際日にカウントしてもいいのかどうかは、初めて経験する俺には分からない。というかぶっちゃけ、彼氏としての力量を試されるには些かハードルが高過ぎるお願い事をされてしまった俺は、京帝 真妃乃が告白してきた動機に妙に納得した。
そりゃ元彼からストーカーされて悩んでいる時に颯爽とハンカチを拾ってもらえれば、例え平平凡凡な俺でも彼女の目にはスーパーマンとして映し出されていたに違いない。そしてそんなスーパーマンに助けを願うのは、彼女にとっては当然の帰結かもしれない。
ちなみにその元彼とは、何と俺と彼女が通うこの学校の先輩だという。先輩から告白されてお付き合いを始めたものの、浮気されていたことが発覚。京帝 真妃乃はそんな先輩の屑な所業を許せず別れを選択したものの、付き纏われているらしい。
警察に相談するかと提案したものの、彼女は力なく首を横に振って。
『あまり大事にしたくなくて。それに私に好きな人がいるってラブラブなところを見せつけて、先輩が私のことを諦めてくれるのが一番良いと思うの。だってそれが一番平和な解決方法でしょ?』
うん。先輩に逆上される可能性を一切考慮していない、純粋なお考えである。
純粋な子ほど相手を疑うことなく、悪いヤツに引っ掛かるものなのだろうか? 『だからお願い。出来る限り一緒にいてね?』と上目遣いに第二のお願いをされて、お断りの意思を奪われてしまった俺はどうしようもない
そんなことを朝の教室の片隅(俺の席は窓際先頭)で思い出しながら、自分の意思の脆弱さと今後のことについて憂いていたので、静かに接近していたヤツの存在に気がつかなかった。
「おっはよー! ひっとしー!!」
「どぅわっ!!? いった!?」
耳元で大きな声が発せられ、大きく仰け反って横に引いた椅子の勢いのまま、頭が窓とガッチンコした。予想してなかったから結構痛い!
ジンジンする後頭部を片手で押さえ、ニヤニヤしている目の前の人物をギッと涙目で睨みつける。
「ベア! 人の耳元で叫ぶな! おはよう!」
「あっははー。怒りながらちゃんと挨拶返してくれるって、ホント寿やっさしぃー」
うるさい! 挨拶は人としての基本だ!
もっさりとした黒髪と、重そうな分厚い
ちゃんとした名前は
普段抜打ちで行われる小テストとか中間だとか期末だとかのテスト用紙に名前を書くたびに、時間制限が頭を過ぎって発狂したくなりそうな名前である。字画が多い分、多田野 寿である俺も発狂しそうになる。渾名の由来は熊だからベア。実に単純。
とそんなベア、
「寿さー、ちゃんと朝と夜にニュースとか見てるぅー?」
「何かいきなり真面目な話題キタ。まぁ、一応な。公民の橋本、テストで時事問題メッチャ出してくるしな」
「うんうん。それでー、アメリカでまたUFOが目撃されたって映像とか流れたのも見たぁ?」
言われ、頷く。コイツの好きそうな話題だったから、何となく見ていた。
「でもあれホントかよ。どこも似たような映像ばっかで、二番煎じにしか思わなかったけど」
「うっわ寿、夢ない発言だわー。それ夢ない発言だわー。あぁ言うのが男のロマンってものでしょ」
「男のロマンを未確認飛行物体で
「えー?」
俺が昨日頭沸いて冷静になろうとした時にオカルトマニアの友人の話を米粒程度に出したと思うが、それはコイツのことである。口を尖らせるベアをあしらい、壁に掛かっている時計を確認した。
八時十八分か……。
交際経験皆無な俺は、真妃乃のところに行った方が良かったのかと未だに悩んでいる。ちなみの俺の真妃乃呼びは、彼女が俺を寿と呼ぶのなら俺もそうするべきだと勝手に決めた。
住んでいる場所はまったくの逆方向だったため、登校とか下校を共に行動することは難しい。俺が頑張って早起きして迎えに行き、遅くに帰る生活は必死になったら何とかできるだろうが、多分力尽きて死ぬ。俺は自分の能力を過信しない。
「寿ー寿ぃー」
「うるさいベア。俺は今、スーパーマンとしてどうするべきか悩んでいる」
「なに厨二病みたいなこと言ってんの? あとさ、ここらで発生した行方不明事件も報道されてたの、知ってるぅー?」
「行方不明事件? ……あぁ、
それはさすがに近くで起きたことだから、UFOのニュースよりも覚えている。
俺が通っているこの
それを見ながら父親が単身赴任で母親と一緒に暮らしている俺は、あんな風に母親を心配させないようにしないとな、と思っていた。しかしそれも、真妃乃からのお願い事で早くも崩れ去りそうだが。
「あれ俺も見てたんだけど、なーんかあぁいう目撃情報とかなくて理由不明な行方不明って、未知の存在が絡んでる気しない?」
「は?」
声を潜めて発言されたその内容に、思わず顔を
「お前それ、さすがに不謹慎だぞ」
「そう? 考えようによっては俺の説も一理あるような気がするけどぉ? 過去に宇宙人に誘拐されたとか。ほら、この日本でだってそういう話あるじゃん。神隠し、とか」
「神隠しって」
「心霊スポットに出掛けた子達が消息を絶ったとか、公園で遊んでいた筈の子供が目を離した瞬間にいなくなってた、とかさ。皆頭でっかちで、そういう可能性もあるんだってこと見逃しちゃってたりぃー」
普通だったらこんな話聞かされる方は気味が悪く感じると思うが、ベアの緩くふざけたような物言いがそれを軽減させている。オカルトマニアだからと言ってクラスでハブられたりすることはないが、ベアがこういう話を俺によくしてくるのは、俺がコイツの話を一番よく聞いているからだろう。
それにしても、世間で報道される身近で発生した行方不明と、昨日交際することになった彼女からのストーカー相談。
ベアのオカルト電波で引き寄せられたものが災いとして俺に降りかかっているのだろうか。ストーカー先輩に俺が消されることになったら、真妃乃じゃなくてお前の前に化けて出てやるからな。
「覚悟しとけベア」
「え? 俺なにを覚悟するの? 突然意味不明なこと言うのやめてくれる寿?」
うるさい。スーパーマンが無事に生還を果たせるよう祈っておけ。
……いや待てよ。俺に何かあったとして、真妃乃はともかく他に事情を知る人間がいた方がいいのでは。そうじゃないともし真妃乃にも何かあった場合、どこにでもいる普通の男な俺の行方不明は神隠しとして処理される可能性が。
「ベア、ちょっと来い」
「え、なに? 寿? ……キャーみんなぁー! 俺、寿に誘拐されちゃーう!!」
「大丈夫かベアー?」
むんずと腕を掴んで引っ張っていくが高い声を出してケラケラ笑いながら言うベアの悪ノリに、クラスでそれを受けた男子達も悪ノリして返す。女子は呆れたような目で俺達を見ている。本当に仲の良いクラスである。
ベアを引っ張って連れて行った先は、同じ階にある理科室。薬品関係は隣の準備室に保管されているので、この教室自体には鍵は掛かっていないのだ。
「やだー、寿ぃ。こんなところに俺を連れ込んで何するつもりぃー?」
「悪ノリやめい。頬に手を当ててクネクネするな、気色悪いぞ」
「うわーひどぉーい」
言いながらもすぐにナヨナヨした仕草を止め、「よっこいせっ」と机の上に乗る。机は乗るものじゃなくて物を置いたりする場所だ。お前は物か。
乗った振動でずれた眼鏡をクイッとし、コテリと首を傾げてベアが俺を見る。
「で? 何のお話? 夏休み俺のオカルト話聞けなくて、こっそり聞きたくなっちゃった?」
「お前と違って俺はオカルトマニアでは断じてない。いや、ベアくらいには最初に言った方がいいのかと思ってな。友達だし」
「え、何それ内緒話? 寿的ビッグニュース?」
頭を掻きながら言ったら、眼鏡の奥の瞳を輝かせて前のめってくる。机から落ちるぞお前。
「ビッグニュースはビッグニュースだ。平凡などこにでもいる普通の男である男子高校生の俺が、一生に一度起こるか起こらないかの大事件だ!」
「わぁお、大事件起こっちゃったんだ!」
俺は今一度背後を振り返って誰もいないか確認し、ベアに向き直る。そうして声を潜め、そのビッグニュースを告げた。
「俺は昨日の放課後、京帝 真妃乃に呼び出されて告白された」
「うんうん。……うん?」
「結果、男女としてお付き合いすることになった」
「うん!?」
「ちょ、待って。え? 京帝 真妃乃って、あの京帝 真妃乃!?」
「俺らと同じ学校に通い
「それ現実!? 寿あんまりに暑過ぎて、頭沸いて妄想したのと現実がごっちゃになってんじゃないの!?」
「クソ失礼なこと言うな! 現実だわ!」
ローリアクションから驚愕に染まった表情で確認してきたことに反論を返せば、「えぇー、そんな……。あの寿に……?」等と、この世の終わりかというような青い顔で呟いている。
本当に失礼なヤツだ。いや、俺も最初頭沸いて幻覚見てんのかとか思ったけど。同じこと考えるって、やっぱ俺とベアは仲が良い友達だな。
うんうんと内心頷き、ストーカー先輩の件はどう話を切りだすかと悩んでいた時、ガラ……と控えめな扉の開く音がした。振り向いて見ると何と、京帝 真妃乃ご本人が扉から遠慮がちに顔を出している。
「えっと。寿くんが入っていくのが見えたから、気になっちゃって」
「え。あ、おはよう」
「おはよ。入ってもいい?」
「あ。どうぞどうぞ」
これが一夜明けた恋人同士の会話だろうか。取りあえず挨拶は人としての基本なのでそれはした。
彼氏である(ここ重要!)俺の許可を得て、ヒョコヒョコとやって来る真妃乃。超可愛い。
俺の傍まで近づいた真妃乃は目を見開いて固まったままのベアを見て、にっこりと笑った。
「寿くんのお友達? 私、京帝 真妃乃です。昨日から寿くんの彼女になりました!」
「……」
「ベア? あー、俺と同じクラスの友達。熊戸外 黒都って言って、皆ベアって呼んでる」
「へぇー! 可愛いニックネームだね! 私もベアくんって呼んでいい?」
真妃乃が笑顔でそう聞いているのに、固まっていたベアは何故か俺を見る。
「寿? 現実?」
「紛れもない現実だぞ、ベア」
「何の話?」
きょとんと首を傾げる真妃乃と、現実を中々受け入れられないベア。そして現実をしっかり受け止めている俺の、ある意味カオスな三人の空気が、今日の理科室の早過ぎるハイライトであった。
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