空っぽの墓場



「おい、新入り」

 ここの人たちは名前を呼んでくれない。

「これ全部、片付けとけよ」

 吐き捨てるように言って、リーゼントの男は去って行った。粗暴な彼らにも同情するべき余地はある。政府の失策で治安が悪化し事件が続き、もう何日も家に帰れていないという。

 ここは警察施設内にあるゴミ置き場だ。私の仕事は清掃員。大学を卒業してからいくつかの仕事を転々とし、ようやく見つかった職場なので、どんなに雑に扱われても辞める気はなかった。堪えるしかない。

「あーあ、こんなに散らかして。すみません」

 強面のリーゼントと入れ違いにゴミを捨てに来たのは、山田さん。階級は巡査だったか巡査部長だったか、以前一度聞いたが忘れてしまった。

「いえ、おつかれさまです」

 珍しく物腰の柔らかい彼とは、たまに雑談を交わすことがあった。

「そういえば、ここのダンボール、なんで全部空なんですか?」

 ここにはたまに大量の空の段ボールが運び込まれてくる。

「中身が入ったのは証拠として扱われるから、こっちには回ってこないんですよ」

「いや、だってカッコつかないじゃないですか」

 意味がわからず首を捻っていると、少し呆れたように尋ねられた。

「家宅捜索のニュースって見たことあります?」

 私の家にだってテレビくらいある。

「せっかくテレビも来てるのに、押収する証拠物件がダンボール一箱だったら、カッコつかないでしょ。だから空のダンボールでも何でもいいから、とにかく現場から大量に何か運び出すポーズをしなくちゃいけないんです」

「そういうものなんですか」

 呆れながら相づちを打つ。そうして小道具として使われた後、ここに捨てられていくのか。

「面子ってやつですね」

 山田さんは爽やかに笑って、出口に歩いて行った。

 後ろ姿を目で追っている途中、気になるものが目に入った。空のはずのダンボールの中に、紙が入っている。手に取って内容を確認すると、人の名前と金額が記されたそれは、何かの名簿のように見えた。もしかしたら、何か重要なことが書かれているのではないだろうか。

「あの、山田さん!」

 立ち去ろうとした山田さんを、慌てて呼び止めた。

「どうしました? 業者さん?」

 書類のことを伝えようとして、なぜか言葉が出てこなくなった。

 ここの人たちは名前を呼んでくれない。山田さんは私にも優しいが、名前は覚えていないだろう。

「いえ、何でも」

 とっさに隠した書類を、後ろ手で握りつぶした。

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