絵がばらした
日本の警察は殺人事件の捜査をするときに、トリックやアリバイよりも、動機から追うらしい。
そもそも何らかのトリックが使われている事件なんて、ごく単純なものを含めても年に数回あるかないかだし、普通に成立していたら都合良くアリバイが成立する方が珍しいのだ。
「いえ、みなさんとお会いするのは今日が初めてでした」
市民ホールで開催された絵本づくりのワークショップに参加しただけの関係で、殺人なんて起きるわけがない。
「ミサキちゃんのお母さんに誘われて、ええ、うちの子が絵本に興味を持つかはわからなかったのですが、ほら、こういうのって幼いころの経験が大事っていうじゃないですか」
渋る息子を無理矢理連れてきたので、その点は怪しまれるかもしれないと警戒していたが、教育熱心だが少しズレている父親を演じることで、うまくかわすことができた。
参加者はほとんどが母親だった。父親と参加しているのは、うちともう一組だけだったので、それなりに目立っていた。
しかし、その程度で怪しまれるはずがない。
犯行現場は女子トイレだ。子供連れの母親が行き交うこの会場で、心理的にも男が犯人だとは考えにくいだろう。
そして何より、私とあの女の関係は完全に痕跡を消している。あいつが死んだ以上、我々の関係を知っているのは私だけだ。
私からあの子を奪った憎いあいつを、殺しても怪しまれることはない。
◆
「……いつから、私が犯人だと?」
私のあの子の繋がりを知っている人間はいない。絶対にばれるはずがなかった。
「あなたは絵を、褒めましたね」
つるつる頭を撫でながら、刑事は言う。どうみても切れ者には見えないこんな男に、まさか追い詰められるとは。
「どういうことですか?」
あの絵が関係するはずがない。小さな子供が描いた絵なのだ。褒めるのが自然で、貶す方が不自然だ。
「私には、ただの色のついた丸にしか見えません。強いて何を描いたか当ててみるなら、お寿司の玉子と、ネギと答えます」
刑事が持参したあの子の絵を見る。言われてみれば、そう見えなくもない。
「しかし、あなたは、あれを一目でよく描けた宇宙船だと言ったのです」
「いえ、その、たまたま、タイトルを見る機会があって……」
「絵にタイトルをつけて飾っていたのは、展示会があった一週間だけなのは、ご存じだったはずでしょう」
市民ホールに来たのは、今日が初めてだと言ってしまった。
「あなたは、赤の他人でしかない子供の絵を、わざわざ見に行ったんですか?」
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