密室の壊れた鍵



 どんなものにも名前はある。

 窓によく使われている半月型の鍵は『クレセント錠』というらしい。鍵について調べていくうちに、どんどん知識が増えていった。

 何かについてこんなに詳しくなるのは初めてかもしれない。

 クレセント錠にワイヤーをかけて、窓の隙間から外に出す。ゆっくりと引っ張れば、外から施錠することが可能だ。

 つまり、密室をつくれる。

 だから、あいつも殺しても私が犯人だとは証明できない。

 生まれてこの方、望むものは何でも手に入れてきた。両親に愛されて育ったのはもちろん、周囲の人はみんな「かわいい」と口にしながら、私に出会えた幸運を喜んだ。同じクラスになった男子も女子も大はしゃぎで、違うクラスになった人たちは前世での行いを呪った。

 街を歩いてスカウトされるのは当たり前。雑誌のモデルでトップになって、女優デビュー。自然な演技が評価されて映画の主演に抜擢されたときも、それくらいは当然だと思った。当然、カメラの前では感激した演技はしたけれど。

 だから、そんな私をフるなんて、絶対に許せない。

 あの男は死んで当然なのだ。そう繰り返しながら、何度も何度も密室をつくる練習をした。ワイヤーをひっかけて外から鍵をかけるのにはコツがいる。絶妙な力加減と繊細な動きが要求されるうえに、やり直しはきかない一発勝負だ。

 犯行までの一ヶ月、どんなに疲れて帰ってきた日も最低一時間は自宅の窓で練習を続けた。あまりに何度も練習するので、犯行前日にはとうとう鍵が壊れてしまった。こんなに努力をしたのは、生まれて初めてだ。もちろん、人を殺すのも。

 そうして私は絶対に捕まらない技を手に入れた。多少痕跡が残っても問題はない。本当に外から鍵がかけられるか検証しても、数回試しただけでは絶対に成功しないからだ。

 警察には、私の犯行を証明できない。

 だから、絶対にうまくいくはずだった。


   ◆


「……いつから、私が犯人だと?」

 私がつくった密室は完璧だった。なのに、こんなうだつの上がらない中年刑事に見抜かれるなんて。

「最初にお目にかかったときからです」

 つるつる頭を撫でながら、刑事は言う。

「どういうことですか?」

 バレるはずがない。私の演技は完璧だった。

「あなたは最初に連絡をしたとき、自宅の窓の鍵が壊れてしまって外出できないとおっしゃっていました。鍵なんて滅多なことでは壊れません。たとえば、密室をつくるための準備でもしない限り」

 反論しようと思っても言葉が出てこない。こんなこと生まれて初めてだ。

「つまり、あなたは練習なんてしてはいけなかった」

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