背伸びして、エスプレッソを

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

初デートで飲むエスプレッソは、苦い。

「うへええ、苦えええ」



 初デートの日、オレはイキってブラックのエスプレッソを頼んだ。

「大人の味を知っているんだぜ」と。

 実際は、撃沈してしまったが。


「大丈夫?」



 リサエが気を使って尋ねてきた。


「へっへ、平気平気。どうってことねえよ」


 ウソダ。本当は超苦い。

 今すぐにでも舌を洗いたかった。

 調子に乗らず、おとなしくミルクとスティックシュガーをもらっとけばよかった。


 女の子の前で背伸びするって、このコーヒーみたいにほろ苦いんだな。



 ちなみに、彼女のリサエはノンシュガーの紅茶を飲んでいる。

 お茶請けは、紫芋と栗のモンブランだ。渋皮の栗が、またうまそうだなぁ。

 オレも、茶菓子くらい頼めばよかった。イキってエスプレッソだけ頼むんじゃなかったな。


「あたしのモンブラン食べなよ」


 食べかけのスイーツを、リサエが差し出す。

 

「いいの?」


 思わず、問いかけてしまった。


 女の子の食べかけをもらうなんて、めったにないイベントだ。

 しかし、ここで施しを受けるわけには!

 ちなみに、フォークは一つしかない!


 オレの中で、本能と理性とがせめぎ合う。


 

「いいよ。そもそもそのためのスイーツだし」


 聞くと、昔から苦いお茶にはお茶菓子がつきものだという。

 極端に甘いのも、苦いお茶に合わせているからだとか。


「四季を楽しむものだって言うから、季節のスイーツを楽しむって普通だよ」


「お前、物知りだな」


 昔から博識だとは思っていたが。


「うろ覚えだけどね。あと、エスプレッソってそのまま飲むもんじゃないから」


「そうなのか?」


「うん。エクスプレスって言ってね、元々駅員さんが、忙しい朝に飲むものだったんだって」


 じっくり抽出するコーヒーを、ぐっと圧縮することで一気に旨味を絞り出すために開発された製法なんだとか。


「ちなみに、向こうではアルコールをドボドボ入れて飲むんだってさ」


「そうなんだ」

「だからさ」

「なんだよ?」

「苦いコーヒーなんて我慢しなくていいんだよ?」


 バレテーラ! 全部バレテーラ!

 オレのがんばりはなんだったのか。

 

「わかったよ。じゃあ待っててくれるか?」


 オレは、ミルクと砂糖をもらいに行こうとした。



「だめ」


 リサエが、オレの手首を掴む。


「なんでだよ?」


 無理をする必要はないって言ったのは、リサエの方だ。

 やっぱり罰ゲームとして


「意味ないじゃん」


「なにがだよ?」

 

「だから、甘いものがほしいんだよね?」

 

「ああ」


「じゃあさ、あたしのモンブランを食べたらよくない?」

 

 何度も言うが、フォークは、一つしかない。 

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背伸びして、エスプレッソを 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2

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